第7話

 男とすれ違いざまに振り抜いた右腕を切られ、左手で押さえてうずくまる。

 倒れた旭を見て、怒りに突き動かされて突進したけど、武器を持ってる相手に適うわけがない。それに自分の腕から流れる血の甘い匂いに、酔ったようになって気分が悪い。


 なんやねん…。せっかく旭と両想いやとわかったのに。僕の人生、悪鬼だとか罵倒されて、こんな変質者に殺されて終わりなんか…最悪…。


 あまりにも悲惨な最後に、悲しいのを通り越して可笑しくなってくる。

 僕が、はは…と乾いた笑いを漏らしたその時、ドアが勢いよく開いておじさんが飛び込んで来た。


「まっ、待てっ!この子は違う!大丈夫なんだっ。俺がずっと監視してきた。覚醒しないように薬の投与も続けている。普通の優しい良い子なんだっ。だから今回は引いてくれ!俺が、これからも絶対に人を襲わせないようにするからっ!」

「…それは、おまえの独自の判断か?」

「そうだ。頼む。この子は誰一人として殺していない!」

「この先も殺さないとは限らない。殺されてからでは遅い」

「わかっている。だがっ…」

「こっ、殺さへんっ!」


 男が刀の柄を握り直し、僕を抱きしめていたおじさんが「乃亜…」と呟いた。


「人の人生を勝手に決めんなっ。僕は、今日まで普通の人間やと思ってたんやっ。身体の弱い人間やと…っ。だけど何となくわかった。僕は、鬼…?吸血鬼…?どっちかわからんけど、人間やない。だって恐ろしい爪に牙も生えてる。それに今、ものすごくあんたの首に噛みつきたいと思ってる。でも僕はそんなことはせえへん。今まで通り、普通に暮らしていく。…おじさん、定期的に病院でしてた点滴って、僕がこうならんようにするためやろ?」

「…そうだ。あの中には、興奮を沈める成分と血の成分が入っている。あれのおかげで乃亜は今まで人を襲わずにこれた」

「うん、ありがとう。じゃあこれからも続けてくれる?そしたら僕が人間を襲うことはないんやろ?」

「もちろんだとも。それに、おまえは俺の大切な家族だ。もしも人を襲ってしまうことがあったとしても、俺が全力で止めるさ」

「おじさん…ありがとう…」


 話しているうちに爪が元に戻り、僕は引き寄せられるままにおじさんの胸に抱かれて涙を流した。


「その点滴とやらは、そいつの吸血鬼化を抑えるのだな?吸血鬼化を抑えるということは…、まあいい。しっかりと見張るんだな。何かあれば即座に始末しに来る」

「そんなことにはならない」

「そこに倒れているのはおまえの息子か?三十分もすれば目覚める。親子して悪鬼を庇うなど愚かなことだ。…ところで、そいつの名はなんと言う?」

「…白波瀬だ」

「は?なんだと?そうか…生き残りがいたのか。おいおまえ、他の者に狩られるなよ。いざという時は、俺が狩る」


 そう吐き捨てると、男は窓から出て行った。

 極度の緊張と腕からの出血でひどい貧血を起こした僕は、「大丈夫か?」と言うおじさんの声を聞きながら意識を失った。



 次に目覚めた時には、僕は旭のベッドで点滴に繋がれていた。

 ベッドのすぐそばで、旭が僕の手を握りしめて泣きそうな顔をしている。


「旭…」

「乃亜っ、気づいた?…ごめんな。俺、乃亜を守れなくて。父さんがあいつを追い払ったって聞いた。乃亜に怪我がなくて良かった…」

「旭こそ、殴られてたやん。大丈夫なん?」

「首の後ろを思いっ切り殴られた。でも骨に異常はないし、打撲だけだよ。紫色になってめちゃくちゃ痛いけどな…」


 苦い顔で笑う旭を見て、ふと気づいて自分の右腕を見る。

 確かに切られて血が流れていたはずなのに、僕の右腕は、いつもと同じように白い肌に血管が透き通って見えていた。


「ああ…そうか」


 ポツリと呟いた言葉に、旭が首を傾けて僕を見る。


 そうか。すぐに治ったんだ。僕は本当に吸血鬼なんだ。


 旭の瞳を見つめ返して、考える。


 旭は、本当の僕を知ったらどうするだろう。それでも好きだと言ってくれる?それとも怖いと離れてしまう?

 僕は、叶うならこの先もずっと旭といたい。でもいつか、血の匂いに狂って旭を襲ってしまうかもしれない。

 そう考えると、とても怖い。


 旭が黙り込んだ僕を心配して、何度も「大丈夫だ、俺が傍にいる」と繰り返す。

 僕はニコリと微笑むと、忌まわしい現実から逃れるように、再び目を閉じた。

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