第5話

 三十分もしないうちに旭が戻って来た。

 食事を終え既にシャワーも浴びたと言う。

 僕は、あんパンをひと口とプリンを食べてうとうとしてたのだけど、熱もあるからか汗をかいて気持ち悪く、着替えたいと思っていた。

 それに気づいた旭に、濡れたタオルで丁寧に身体を拭かれる。

 拭き終わると新しいTシャツを着て、再びベッドに寝転ぶ。

 すると旭が、また当然のように僕のベッドに入ってきた。


「…旭、僕熱があるみたいやし、風邪かもしれへん…」

「うん、それで?」

「うつしてまうで?」

「いいよ。でも俺は頑丈だから、そんな簡単にはうつらないし」


 僕の隣に寝転び、ニコリと笑いながら言う。


 ああ、普段はイケメンやけど笑うと可愛いなぁ…。


 旭の笑顔に見惚れていると、僕の肩に手が回されて抱き寄せられた。


「え?は?え?」

「ほら、こうしないと乃亜が具合悪くなった時に気づけないからさ」

「いや…、え?」

「…なんてウソ。ほんとはさ、俺が乃亜に触れたいんだ。だって俺は…乃亜が好きだから」

「……え?ええっ!あ…兄弟、として…?」

「違う。傍にいたい、触れたい、抱きたいの好きだ」


 一瞬間を置いた後に、ボン!と音が出そうな勢いで僕の顔が熱くなる。

 体調が悪くて幻聴でも聞いたのかと首を傾げて旭を見ると、チュッと唇にキスされた。


「なぁ、乃亜は?俺のこと兄弟としか思えない?」


 顔が熱くて目が潤んで胸が締めつけられて言葉に出せないから、ブンブンと首を横に振って否定する。


「じゃあ…好き?」


 今度は何度も首を縦に振る。

 旭が「そっか」と呟いて、さらに強く僕を抱きしめた。


「あのな、乃亜が初めて家に来た時からさ、俺にとって乃亜は特別だったんだ。最初は可愛い弟ができて嬉しくて『俺が守ってやらなきゃ』と思ってたんだけど。すぐに『弟じゃない。弟にこんな感情は抱かない』って気づいた。俺は、一目見た時から乃亜に囚われてたんだよ。乃亜、好きだ。愛してるよ…」

「ぼ、僕も、初めて会った時から…好き。これからも、ずっと僕のそばにいて欲しい…」

「当たり前だろ?乃亜、ありがとう」


 旭の顔がどんどん近づき、僕の唇に旭の唇が触れる。そっと目を閉じて押しつけると、何度も食まれた。チロリと舐められて驚いて開いた唇の隙間から、舌が入ってきた。

 歯列をなぞり伸ばした僕の舌を絡めて強く吸う。


「んっ、ふぅ…っ、ん」


 旭の肩を掴み必死に舌を追いかけていたけど、遂に息が苦しくなった僕は、目を開けてすぐ目の前の茶色い瞳を見た。

 旭は目を細めると、ゆっくりと顔を離して笑う。


「はあっ…可愛い。もっとしたいけど、続きは乃亜が元気になってからな?」

「…え?あ…うん…」


 呼吸を整えている僕に、旭がそんなことを言うから、心臓のドキドキが中々落ち着いてくれない。

 今日は怖いものを見て、認めたくない事実を確信して、深い所まで沈んでいた気持ちが、今は飛べそうなくらいにまでフワフワと浮かんでいる。

 僕は旭の胸に頬を寄せて、力強い腕の中で幸せを噛みしめていた。


 そこへ、いきなりガシャーン!!!と大きな音が響き渡り、二人して飛び起きた。

 驚いて音がした窓を見ると、割れたガラスを踏みしめて、昼間に見た男が、昼間と同じように抜き身の日本刀を片手に立っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る