第3話

「乃亜っ、大丈夫か?」

「…はあっ、はあっ、旭…」


 思いっ切り走ったせいで、頭がフラフラとして立っているのが辛い。

 僕は旭に頼んで身体を支えてもらい、近くの公園にあるベンチまで連れて行ってもらった。

 まだドキドキと鳴る胸を押さえて、ベンチの背もたれに背中を預ける。

 旭が、すぐ側の自販機で水を買って戻って来た。


「乃亜…気分が悪いの?またいつもの貧血が…」


 ペットボトルの蓋を開けて水を飲む。三分の一ほど飲んでやっと落ち着いた僕は、旭に無理に笑ってみせる。


「うん…そう。ほら、昨夜も変な夢見てあんまり寝れてへんから…。ていうか、なんで旭がここにいんの?」

「講義が急に休講になったからさ、乃亜と帰ろうと思って追いかけて来たんだよ。電話かけても出ないしさ…」

「ご…ごめん…。鞄の奥に入れてて気づかへんかった…」


 しゅんと俯く僕の頭に、旭の手が優しく置かれる。


「いいよ、ここで会えたし。でも心配だから、父さんの所で診てもらおう」

「うん…」


 旭に触れられて、やっと僕の乱れた心音が正常に戻る。

 さっき見た光景は、とても異常なモノだった。普通なら旭に相談して、警察にも知らせた方がいいのだろう。

 でも僕は、なぜか誰にも言っちゃいけない気がして、あれは体調が悪くぼんやりしていたせいで見た幻だと思い込もうとした。



「乃亜、また貧血を起こしたのか?」

「…うん」


 旭に支えられるようにして、公園から十五分くらいの場所にある、おじさんが経営する病院に来た。

 ここには三ヵ月に一度、検査のために通っている。身体の弱い僕を心配したおじさんに、必ず来るように言われてるからだ。

 すぐに病室のベッドの上で採血をされて、栄養剤だという点滴を打たれる。

 その間もずっと、旭は僕の傍にいた。


「乃亜、少し眠るといい。旭はどうする?」

「ここで乃亜を見てる。父さんは仕事に戻れよ」

「そうか。なら乃亜を頼んだぞ」


 おじさんが出て行くと、旭がベッドに上がって来た。


「え?何してんの?」

「乃亜が悪夢を見ないように、俺が一緒に寝てやる」

「な、なんやねん、それ…。意味ないと思うんやけど…」

「そんなことねーよ。ほら、おいで」


 旭の手が背中に回り、僕の身体を抱き寄せる。

 すっぽりと旭の腕の中に収まってしまった僕は、熱くなった顔がバレないように、旭の胸に額を押しつけた。


 なんでそんなに僕に触れるん?大事な兄弟やから?嬉しいけど、勘違いしてしまうからやめてほしい…。


 そんな風に思う僕の気持ちには全く気づかない様子で、旭は優しく僕の頭を撫で続けていた。

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