第2話 第一章
僕は陽射しに弱い。
暑い夏であろうと寒い冬であろうと、陽にあたるとすぐに肌が赤くなる。
だから一年中長袖を着て、見える顔や手には、おじさんから渡された日焼け止めを塗っている。
旭は「乃亜の綺麗な白い肌が赤く腫れたら大変だ」といつも大げさに心配するのだけど、僕からしたら、旭の男らしく日焼けした肌が羨ましい。
まあ肌が赤くなることだけじゃなく、ここ最近、貧血でよく倒れるから、そのことも心配してるんだと思う。
僕はどうしてこんなにも弱いのだろう。
身体も小さくて細いし、顔もまるで女の人みたいだ。
もっと男らしく強くなって、大切な旭を守りたいのに。
大学の講義が終わって、最後まで講義がある旭を待たずに先に帰っていた。
西に少し傾いた太陽から降り注ぐ陽射しに辟易しながら、ぼんやりと旭のことを考えて歩いていたからか、普段は通らない道に来てしまった。
キョロキョロと当たりを見回すと、少し先に大きな家が建ち並ぶ閑静な住宅街が見える。
僕はなぜか気になって、そちらへと足を向けた。
まるでどこかの観光地にあるような洋風な家ばかりで、僕は興味深げに進んで行く。
右に左にと顔を向けて感心しながら歩いていたけど、ある洋館の前に来た瞬間、僕の心臓が激しく脈打ち、全身の血が沸騰したかのように熱くなった。
なっ、なにっ?あ…、もしかして熱中症になったんやろか…。
まだ大した暑さではないけど、よく貧血を起こす僕は、これくらいの気候でも油断出来ない。
それに、こんな知らない場所で倒れるのはマズい!と元来た道を戻ろうと身体を翻したその時、ある匂いを嗅いで身体の動きがピタリと止まる。
身体の動きは止まったのに、心臓はますます激しく動き出し、僕の体内から飛び出そうな勢いだ。
こ…この、この…っ、匂いは…!
この匂いを僕は知っている。
むせ返る甘い花の匂い。
夢の中でいつも香る匂い。
その匂いが、すぐ側の洋館から香ってくる。
この匂いが何なのか、いや、何の花の匂いだろうか、と気になって仕方がない。
僕は、熱く震える身体を無理に動かして洋館の門扉に近づき、開きはしないだろうと思いながらも、力を入れて押してみた。
そんなに強くは押してなかったのに、門扉は向こう側へとゆっくり開いた。
徐々に開けていく視界の中に、芝生の敷かれた地面に倒れている若い女と、赤い血が滴る日本刀を持った青年が映った。
そして、気づく。
あの甘い花の匂いは、花ではなく血の匂いだったんだと。倒れた女の人と、青年が持つ刀についた血から、強烈な匂いが漂ってくる。
でも待って。血って、もっと鉄臭い匂いでこんな匂いと違うはずや。なんでこんな甘い匂いしてるん?それになんで、僕の夢に出てくるん?
そのことを確かめたい。でも早く逃げなきゃ、もしかしたら僕まで斬られるかもしれない。
一瞬の迷いの後、後者が勝って足を一歩後ろに引いたその時、刀を持った青年が、ゆっくりとこちらを向いた。
「ああ…今日はついてる日だ。まさかもう一匹、自ら寄って来るなんて…」
「ひっ!」
僕は、渾身の力を振り絞ってその場から逃げ出した。
なんや、あいつ!頭のヤバい奴やん!こちらを向いた時の顔が、とても綺麗に整っていて、まるで人形みたいやった。感情が感じられんくて、めちゃくちゃ怖いっ!
人を斬った現場を見られたのだから、あいつが僕を追いかけてきてるんじゃないかと怖くて、後ろを振り返らずにひたすら走った。
もう息が続かないってくらいに苦しくなって、やっと足を止める。
膝に手をついて荒い息を吐き、恐る恐る振り返ろうとしたら、いきなり肩を叩かれた。
「うわぁっ!」
僕は叫び声と共に飛び上がり、勢いよく振り返る。
僕の目の前に、不思議そうに首を傾げた旭が立っていた。
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