第41話 極楽天福良19
野営道具一式。魔界での活動に必要な物がパッケージングされた基本セットがあったので福良はこれを購入した。素人の福良があれこれ吟味したところで意味はないだろうし、この近辺での試行錯誤の末に取捨選択された一式ならそれを信じていいだろうと思ったのだ。
灯が込められた結晶。中央聖教の聖職者たちは灯と呼ばれる権能を用いることができ、その力が込められた透明な水晶だ。灯には辺りを照らし、魔を退け、浄化する力があるため魔界での活動には必須とされている。ただ、結晶状態の灯では気休め程度の力しかないため、本領を発揮するには結晶を砕く必要があった。福良はこれをできるだけ買った。食料はお盆でまかなえるので、その分を結晶に注ぎ込んだのだ。
小型の盾。武具には意味がないかとも思ったが、小型の盾は軽装防具であり福良が装備してもデメリットがないため一応買ってみた。前腕につけるタイプで多少動きが阻害されはするが、左腕への装備であればそれほど問題はないと判断した。
購入した道具は、ひよちゃんからもらった袋に入れた。これは外見よりも物を収納できて、大量の荷物をコンパクトに持ち運ぶことができる。重量はそのままかと思っていたが、内容量に比べれば多少は軽くなっているようだ。大きめの巾着袋といった形なので、紐を追加して背負えるようにした。
福良は進むことを前提に道具を揃えた。
異世界での冒険に憧れなど持っていないし、面倒なだけだと思っている。帰るためにあえてここに留まることも間違いではないだろうが、福良の直感は進むべきだと言っており、福良は己の運に身を任せるつもりだった。
「こんなものでしょうか」
とりあえずの用事は終わってしまった。もう出発してもいいのかもしれないが、明日までは待つと言ったのでそれもできない。これからどう過ごすべきかと考えていると、外が騒がしいことに福良は気づいた。
この街は中央聖教により中央聖教のために運営されている。冒険者に関する施設は入り口近くにある集会所に集約されていて、外をうろつくものはほとんどいない。つまり、外が騒がしくなることはそうそうないはずなのだ。
気になった福良は集会所の外に出た。
人だかりができていた。
薄汚い格好のならず者たちが、何かを囲むようにしているのだ。
「見えないですね」
福良は跳んだ。靴の機能で足場を作り、二段ジャンプする。普通なら届かない高さに到達した福良は集会所の壁に指をかけて体勢を保持した。
この位置からなら囲みの中の様子が見えた。冒険者らしき者が四人いて戸惑っている。
囲んでいるのも囲まれているのも冒険者のはずだが、その差は歴然だった。囲んでいる側はくすんでいて、囲まれている側は輝いているかのようなのだ。
頑丈そうな鎧を着ている男と、それよりは軽快さを重視した装備の女は前衛を勤める戦士のようだ。中央聖教の僧服を着ている男と、胸元の開いた派手なドレスを着た女は後衛からサポートする役割といったところだろう。
おそらくは、彼らが魔界を踏破してこられる実力者だ。
月とそんな話をした直後に現れるなど出来すぎた話だが、福良にとってこの程度のことは当たり前だった。都合良く物事が運ぶなど極楽天家の者にすれば日常茶飯事でしかない。
「なぁ! 俺を連れてってくれよ! もうこんなとこはうんざりなんだよ!」
「金ならあるぜ! 必死こいて貯めたんだ!」
「チケットじゃねーかよ! 俺は貴金属だ! これならどこでも価値があるだろ!」
「いや、あの、あなたたちなんなんですか? 街にきただけで何がどうなってるんですか?」
必死に頼み込んでくるごろつきどもに重装の戦士が困惑していた。
「はーい! 散って散って! 余所様に迷惑かけない! なんだったら物理的に排除するけど?」
冒険者たちがとまどっていると中央聖教のマリカがやってきた。
すると、薄汚れたならず者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「その、助かりました。ですが何がなんだか」
重装の男がマリカに訊いた。彼がリーダーのようだ。
「あれ? 聖女様ご一行じゃない?」
一行をじろじろと眺め回したマリカが言った。
「聖女様?」
「あの、一応准練士まで修めてはいるんですが、まさか私のことではないですよね?」
マリカと似たような服を着た男がおずおずと訊いた。やはり彼は中央聖教関係者のようだ。
「うん。全然違うけど……たまたまやってきた冒険者の人ってこと?」
「たまたまと言われればその通りですね。探索していたら魔界を抜けてしまいまして、塔があるようなので寄ってみようかと」
「なるほど。そんなこともありますね。何か必要なものがあればここで揃えればいいですよ。ただここではマテウ国のお金は使えませんので、魔物素材なんかと交換になってしまいますが」
「チ、チケットならありったけやるよ。ここを出るなら必要ねぇしな」
ぶしつけに声が割り込んだ。散ったかと思われたならず者たちだが、何人かは残っていたようだ。
「もしかしてなめられてる? 散れと言ったよね? 秩序を保てないようなら即座に排除するけど?」
この街での聖職者は絶対的な権力の持ち主だ。逆らって生きてなどいられないし、そんなことは彼らも重々承知しているはずだった。
「なめちゃいねぇよ。あんたらの強さは存分に知ってるさ! けどな、ここで引いたって野垂れ死ぬだけだ。このチャンスにかけてぇんだよ!」
「そう。だからってそんなやけっぱちを許してると沽券に関わるんだよね」
そこから先、何が起こったのか福良にはよくわからなかった。
マリカが掌をならず者たちに向け、男の戦士がマリカの手の先を盾で払ったのだ。
「何やってるんですか!」
「ここの掟の話なので外から来た人には関係のないことなんですが」
「だからって僕に話しかけてきてる人を勝手に殺されては困りますよ!」
福良に詳細はわからなかったが、おそらくマリカの攻撃を男が防いだのだ。マリカは強いし、冒険者たちも相応に強い。福良はそう判断した。
「んー……じゃあ今回はあなた方に免じるということでいいですよ。特殊な事例であるということはわかってもらえるでしょうし」
マリカはあっさりと前言を翻した。掟を重視するようなことを言っていたが、強行するほどでもないようだ。
「彼らは何者で何をどうしたいんですか?」
「このあたりに住んでてどこにも行けない弱っちい奴らですね。魔界を踏破できる冒険者の仲間になって国に戻りたいんですよ。こんな奴等連れていきたいです? ほぼ極悪人で犯罪者ですよ?」
「それは……」
男があたりを見回した。そこにいるのは薄汚れた格好の落伍者ばかりだが、気迫だけはあるようだった。マリカに脅されて散っていった者たちとは覚悟が違うのだ。この瞬間、この場に命を賭けているようなものだろう。
「すぐには判断できないですが……難しいですね」
それはそうだろうと福良も思う。見知らぬ粗野な男どもが助けてくれと、過酷な魔界に同行してくれと言ってきても助ける義理などまるでないのだ。
「こんなやつらよりー、私を助けてくださーい!」
迷う冒険者の前に、雪花月が大声で喚きながら滑り込んできた。
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