第40話 雪花月8

 集会所の二階、福良が借りた部屋に月は入った。

 こぢんまりとした部屋でベッドは一つだけ。二人で泊まると言っても料金は変わらなかったので、店はスペースを貸しているだけなのだろう。

 清掃は行き届いていて、ベッドも清潔なものだった。この辺鄙な田舎宿なら蚤だらけの不衛生な状況も考えられたが、現代日本に生きる月が抵抗を覚えずにとりあえずは過ごせるぐらいの環境だ。

 月はベッドに飛び込み横になった。


「あぁああ! くそっ! どうすりゃいいんだよ!」


 先行きは不明だがとりあえずは福良の側にいれば多少は安全かと思っていたし、お人好しそうだからほいほいと言うことを聞くと思っていたのだが完全に当てが外れてしまった。

 月が考えていたのは、出来るだけの安全策だ。もちろん、安全だからといってずっと街にいることはできない。街で過ごすには教会が発行するチケットが必要になるし、チケットを入手するには最低限の魔界探索は必要になってくる。だから魔界の入り口あたりで野草採集やら、弱い魔物を倒すなどしていればいいと思っていた。当然、月では弱い魔物だろうと倒すことはできないので、そこは福良を当てにしていたのだ。

 

「ぜってぇ無理だろ、魔界の奥にいくなんてよぉ!」


 実際に強力な魔物と遭遇したわけではない。だが、聞いた話によれば中心部へいくほどに瘴気が濃くなり、それに応じて魔物もより強力になっていくという。魔界の入り口近辺にいる雑魚にすら勝てそうにない月がどうにかできるとはとても思えなかった。


「ああ、くそっ! 間違えた! ステータス選択を間違えた!」


 美貌を重視するのはいいとして、体格か魔力にもボーナスを割り振るべきだった。そうすれば、少しは戦えるようになったはずなのだ。


「大体レベルアップしてもステータスあがらねぇってどういうことだよ!」


 レベルアップで変化するのは、HPとMPの最大値とスキルポイントとのことだった。


『スキルの中にはステータス値を上げるものがあります。よってステータスを後から上げることは不可能ではありません』


 懐にしまってあるスマートフォンが喋りかけてきた。


「マジ!? じゃあとりあえずレベル上げてスキルポイント手に入れば上げられるってこと?」

『それはわかりません』

「はあああぁああ!? 今上げられるって言ったよな!」

『月さんのジョブはアイドルですが、アイドルにどのようなスキルが備わっているのかを現時点では知ることができません』

「なんでだよ。あんたシステム上のことはわかるんだろ?」

『はい、ですがジョブ毎の選択可能スキルは非開示情報です。レベルが上がって選択可能になり開示されるまで知ることはできません』

「んだよ! ぬか喜びさせやがって! ……まぁレベル上げる意義ってのはちょっとでてきたな。それにHPが上がるってことは実質防御力が上がるってことだろ?」

『はい、そのように考えて問題ないかと』

「だったらさぁ。ターン制コマンドRPGみたいに攻撃喰らうこと前提で突っ込めば私でも勝てるんじゃない?」


 国民的RPGなどがそうだが、敵味方お互いに被撃することが前提になっている。現実的に考えれば怪我をすることを前提に戦うことなどできないが、ゲームのようなものだと割り切れば活路を見いだせるのではないか。月はそのように考えたのだ。


『可能性はありますが懸念点もあります』

「ほほう? 私のグレートな作戦になんぞいちゃもんでも?」

『攻撃を食らえば相応の痛みが発生します』

「はぁ?」

『HPが0になるまでは全ての攻撃がシャットアウトされます。ですが、その攻撃で生じたであろう痛みはほぼそのまま再現されるのです』

「なんの意味があるんだよ!」

『ダメージの規模を把握するため、などの説明も可能ではありますが、この仕様はゲームデザイナーの思想によるものかと』

「いるんだよなぁ! こういうリアルをはき違えちまう意識高いクリエイターみたいなのがよぉ!」


 攻撃を食らう度に痛みでのたうち回って身動きができなくなる。現実はその通りかもしれないが、そんなゲームがあるならクソゲーの烙印を押されることだろう。


『ですので、痛みを無視することができるなら月さんのおっしゃるような作戦も可能かと思います』

「無理だな!」


 月はすぐに諦めた。痛みに弱い自覚は十分にあるからだ。


「それはそれとして! 魔界の奥に行くにしたってレベルを上げてからだろ! 二人で行くなんて無謀だろうが!」


 魔界を越えた先に向かうのなら、レベルを上げ、ステータスとは関係ない素の自分自身も鍛え、魔界を実際に行き来できるパーティに参加する。それが最善策だと月は考えていた。


「てかさぁ! まずは安全の確保でしょ! どう考えたって危険だらけの魔界を冒険なんておかしいだろ! 帰りたい? 帰れる保証があんのかよ! ただ星マークがあるだけじゃねーか!」


 ステータスのシステムを知ったとき、ほんの少しだけわくわくする気分はあった。チート能力で異世界無双する冒険活劇が繰り広げられるかもしれないと夢見たのだ。だが、現実はそれほど甘くはなかった。

 もしかすればアイドルは大器晩成型の優秀ジョブの可能性もあるが、今の所は何の役にも立ちはしない。月の身体能力は平均以下でしかないし、優れた観察力もなければ、目を見張るような発想力があるわけでもなかった。

 現時点の月は、美貌しか取り柄のない少女に過ぎないのだ。


「福良が側で守ってくれる状況で、ちょろちょろ魔界の入り口らへんでレベル上げなんてのが一番都合がいいんだけどなぁ」


 魔界の入り口近辺なら大丈夫と月が思っているのはそのあたりなら魔物除けの道があるからだ。野草採取にしても魔物狩りにしても道を逸れる必要はあるのだが、それでもすぐ近くに安全地帯があれば安心感が違う。

 道は舗装されているわけではないが、邪魔なものは取り除かれていて一定の幅があり、謎の明りが地面に埋め込まれている。当然、作るのも整備するのも大変であり、入り口近辺に用意されているだけだった。地道に延伸してはいるらしいが、魔物に壊されることもあるとのことで中々奥までは届かないらしい。


「どうにか福良を説得できないかね? 泣き落としとか通じないか? こっちの方がまだいけそうな気がするな。とんでもなく情けねぇ様子を見せたら庇護欲とか母性とかそんなん湧いてきてさ、見捨てられないみたいな感じで!」


 さすがに言っていて情けなくなってきたので、月は別の作戦を考えることにした。


「まあ待て。そもそも魔界の難易度なんてよくわかってない、なんかやばそうだって勝手にびびってるだけだ。もしかすれば案外いけるかもしれんだろ。食料は大きな袋に詰めていけばなんとかなりそうだし、道があるうちはまあ大丈夫だろ。道がないところからは……死んだな」


 道がないところは手つかずの自然だろうし原生林に近い環境だろう。見通しが悪く、どこから敵がやってくるかわからない。しかも魔物は野生動物とは違い積極的に人を襲う。

 そんなところに踏み入ればどうなるのか。具体的に想像してみた月はあっさり魔物にやられていた。福良が強いとはいっても常に月を守りきれるわけもないし、いざとなればあっさり見捨てたりするはずだ。


「四人……いや六人ぐらいいれば他のヤツを盾にする余裕があるか? ……結論は変わんないな。二人で行ったら私は死ぬ。やっぱりこの街を基点に活動するのが一番いいんだけどなぁ。福良の説得は無理っぽいし……むっちゃくちゃ癪にさわるけど、もう一度あいつらの仲間になるか? あいつらも私を置いてった負い目はあるだろうからすんなりいけるかもしれんけど……いや? そういや他にもいたような」


 この街に転移してきたのは十人ぐらいだった。教会に行った時にはすでに何人か減っていて、そこからマリカの話の途中に抜けていって最終的には四人残ったのだ。つまり六人ぐらいは面識のない九法宮学園の新入生がいるはずだった。


「ふむ……案外ここで待っとくって手も悪くないかも。情報も装備も道具もなしに魔界を踏破できるわけねーから生きてるならここに戻ってくる可能性が高いんじゃね? あいつらも合流したとして、人数が多けりゃ気まずさもまぎれるだろ。あ! これを福良に言えば皆で一緒に行こうってことになるんじゃねーの!?」


 もちろん別れた彼らがあっさり全滅している可能性も高いのだが、福良をしばらくこの街に留める理由にはなるかもしれない。


「よし! これならさすがにちょっとは街で様子を見るってことになるだろ。いつまで通用するかはわからんけど、先のことは今考えてもしかたないしな!」


 さっそく福良に話してみようと月はベッドから身を起こし、外が騒がしいことに気づいた。

 この街ともいえない規模の集落は基本的には閑散としている。いぶかしく思いながら、月は窓に近づいた。

 外に人だかりができていた。

 見たところ、この街を牛耳っている宗教関係者たちではないようだ。今も街の外からやってきているので、近辺の集落の者たちらしい。


「あれ? もしかして? あれがそうなんじゃないの?」


 人だかりの中心には、華やかで高価そうな装備を身に付けた者たちがいた。

 周りに集まっているみすぼらしい者たちは、どうにか彼らに取り入ろうとしているのだろう。


「なんだよ、なんだよ。私も運がいいんじゃないの? いや、もしかして福良の運が呼び寄せてる?」


 運のおかげかはともかくとして、この機会を逃す手はない。月は慌てて部屋を出ていった。

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