第38話 極楽天福良18
「これまで聞いたお話から考えて、すぐにでも目的地に向かって出発してもいいのではないでしょうか?」
「え?」
「はい?」
月に意外そうに返され、福良は少し戸惑った。スマートフォンの地図にある印へ向かうのは共通の優先目標だと思っていたのだ。
「……あのさ。一回行ってようやく帰ってきて落ちついちゃうとさ。もういいかなぁって気もするんだよね」
ちょっと街の外にでれば無法者が跋扈しているし、森に行けば魔物が蠢いている。それに月は監禁され己の権利を奪われまでしているのだ。同じ様な目に二度と会いたくないと思ってしまうのは仕方が無いのかもしれなかった。
「ですが、いつまでもここにはいられないのでは?」
「それだよ! なんかさ、街から出ずに暮らす上手い方法あるんじゃないの?」
「帰るための努力をしなくてもいいんですか?」
「そんなあやふやなことより目前の安全を選ぶね!」
月は情けないことを堂々と言い放った。
「なるほど。お気持ちはわかりますが現実問題無理ですよね」
「そこはほら! なんか天才的なひらめきだとか、ルールの抜け穴だとか、弱みを握るだとかの手段でさ! 外で戦わなくてもなんとかさぁ!」
「どうでしょう。あまりそちらを考えようとは思わないのですが……」
あったとして大した物のない街で安全に暮らし続けるという後ろ向きの思考だ。福良にとっては考慮に値しない方向性だった。
「あ!」
「何かひらめいたんですか?」
「ここってウェイトレスいるじゃん! 働く場所ないってわけでもないんじゃないの!?」
「それで済むなら皆がそうするのでは?」
「それは、むさ苦しいおっさんとか、薄汚いババアとか、臭くて見苦しいやつらばっかりだからなのでは? 今の私の美貌なら接客業とかワンチャンあるんでは? ねえ! お姉さん!」
月が呼びかけると、暇そうにしていた店員が寄ってきた。
「注文ですか?」
「そうじゃないんだけどさ。ここって店員募集してたりしない?」
「店員? ああ! 流罪人でないなら異世界から来たって方ですか?」
「わかるの?」
「ここの事情を知らない人は限られますしね。で、募集はしてないですよ。なにせこの街で働いているのは中央聖教の准練士以上で、就労ではなく修行ですから」
「修行?」
「はい、ですので仮に働けたとしてもただ働きですね。まかないもありませんよ」
「じゃあその准練士ってのになるには?」
「ここじゃ無理ですね。まず修練士になる必要がありますけど、ここでは修練士課程の修行はやってないんですよ」
「駄目じゃん!」
「駄目なんですよ」
「じゃあどうしろっての!? いきなりこんなとこに来ちゃってさぁ! 私なんか悪いことしたってわけ!?」
「月さん、そんなことを店員さんに言っても仕方がありませんよ」
「修行者としてはここに来るのは名誉なことなんですが、まあお気持ちはわかりますよ」
「少し伺ってもいいでしょうか。マテウ国まで行く方法についてなのですが」
せっかくこのあたりの事情を知る者がいるのだ。もののついでとばかりに福良は訊いた。
「いくつかありますよ。といってもルートに変わりはありませんけどね。魔界を通過するしかないですから」
「自力で踏破する以外の方法があるんですか?」
「マテウ国とここを行き来している人もいるにはいるんですよ。一つは我々がここで活動していることからわかるように中央聖教の者ですね。ですが基本的に部外者を連れ帰ることはしません」
「なんでぇ!? 連れてってくれてもいいじゃん! 愛と平和を謳う宗教とかでしょ!」
「准練士以上で構成されたパーティでないと危険だからですよ。我々も足手まといを守りながら魔界を行き来できるほど余裕があるわけではありませんからね」
「では、足手まといを連れながら行き来する方もおられるのですか?」
「いないこともない、ぐらいですねぇ。そもそも外部からやってくる人なんて滅多にいないし、わざわざ人を連れて帰ることなんて普通はしないですし。でも中央聖教よりは可能性はありますよ。実際、そのわずかな可能性にかけてお金を貯めたり鍛えたりしてる人はそれなりにいますし」
そう言うと店員は去っていった。
「そういうことですので、私はやはりさっさと自力で向かったほうがよいと思います」
防具は制服があれば事足りそうではあるし、武器を買っても使えないのでは意味がない。そうなると資金がそれほど必要ではないので、この街で稼いで念入りに準備する必要はないだろうと福良は判断したのだ。
「いや可能性はゼロではないわけじゃん?」
「しかしそうなるといつやってくるかわからない外部の方を待つことになりますが」
「森の入り口あたりでレベル上げして、金を稼いでさ。つよつよパーティとやらに取り入る方法を探す方が現実的じゃない?」
森の入り口だからといって安全ではないし、何度も森に行けばそれだけリスクは高まる。どうせリスクがあるなら先に進むことに賭けたいと福良は思っていた。
「それが現実的とも思えないですが」
外部からやってくる者が福良たちの護衛を受けてくれるかはわからない。大金があればいいのだとしても、福良たちがここで稼げるのはこの街でしか通用しないチケットであり、普通に考えれば大した価値はないだろう。仮にそんなチケットで護衛を受けてくれたとしても最後まで責任を持ってマテウ国まで連れて行ってくれるのか。
こうやってあれこれと考えるとあまりにも不確定要素が多かった。
「であれば、ここでお別れでしょうか。私が月さんと物理的に離れてしまえばそもそも命令などできませんし、権利所有問題はとりあえず解決すると思いますが」
所詮は同じ学園の新入生というだけの関係でしかない。一緒に行くのなら協力もするが、無理に翻意させようとも思わなかった。
「マジで言ってる?」
「はい、ここで待つというのも選択肢の一つではあると思いますし否定はしません。ただ、私は月さんの選択に関係なく印の場所に向かいます」
「えーっと……ちょっと待ってくれない? 考えたいんだけど」
「そうですね。さすがに今すぐ出発とまでは考えてないので明日の朝までに考えておいてください」
「たったそんだけ!? かなり重要な決断な気がするんですけど!?」
「そう言われましてもここに二泊する余裕はないですよ?」
武器や防具がいらないのでその分余裕があるかといえばそれほどでもなかった。武具の類いは必要不可欠であると考えられているのか、格安で提供されているのだ。
そのため、教会から最初に支給された資金で賄えるのは、集会所二階にある宿泊施設での一泊、数回の食堂での食事、武具一揃い、数日分の糧食、野営道具一式といったところだった。
「そりゃそうなんだけど……わかったよ。ちょっと部屋で考えてくる」
月は立ち上がり、ぶつぶつと言いながら二階への階段に向かっていった。とりあえず今日の部屋は確保してあるのだ。もちろん月はほとんど金を持っていないので、福良が借りた部屋に二人で泊まることになる。
「とりあえず何か見ておきましょうか」
福良は、当面必要そうなものを売店で見繕うことにした。
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