第37話 二宮諒太4

「すみません、今からそっちに行きますけど、敵意はないんで話できませんか?」


 諒太は話かけながら何者かがやってくる丁字路へと歩いていった。気配を消して静かに待っているのも警戒させてしまうかと思ってのことだ。


「わかりました。その分岐路あたりでお待ちください」


 若い女の声が聞こえてきた。声の調子からは緊張感は感じられず、平然としたものだった。


「待て! なぜ貴様が勝手に決めている! こんなところに人だと? 怪しすぎるではないか!」


 不機嫌な声は若い男のものだった。


「私がこのパーティのリーダーだからですが?」

「俺を誰だと思っている!」

「元王族で、いまだに王子を自称する人の中でも下の方の人ですよね?」

「貴様!」


 揉めているようだった。


「そういえば異世界かもということだけど、日本語を喋っているように聞こえるわね」


 疑問に思ったのか、綾香がつぶやくように言った。街ですでに異世界人の言葉は聞いているので今さら気づいたのだろう。


「姉ちゃんの話だと、異世界でも言葉が通じるってことだったな」

「興味深いわね。どんな仕組みなのかしら?」

「それは後でゆっくり考えてくれよ」


 声の様子からは敵意を感じなかったが、だからといって無条件に信頼できるわけもない。いきなり攻撃される事も考慮しつつ、諒太は警戒しながら丁字路へと踏み込み何者かがやってくる方を見た。

 大所帯だった。

 男が六人に女が二人。諒太はここをゲームのダンジョンのようだと思っていたが、それに相応しい格好をした者たちだ。鎧やフードを着込み、剣や杖で武装している。

 彼らの周囲は殊更に明るく、それは天井近くに揺らめく輝きによるものだった。その正体はわからないが、光源が彼らの頭上に浮いているのだ。

 余裕なのかはわからないが、特に諒太たちを警戒している様子はなく内輪もめを続けている。


「そもそもあなたが王族だとしても、私には関係のない話です。私に命令できるのは教皇様だけですので」


 最初に返答したのが彼女なのだろう。白いローブ風の服を着ていて、巨大な飾りのついた杖を持っている。


「ふざけるなよ! 死にたいのか!」


 先ほどから揉めている相手のようで、こちらは華美な鎧を身につけた男だった。


「馬鹿なんですか? このパーティで一番強いのが私だというのは置いておくとしても、私がいなければ瘴気から身を守れませんよ?」

「リオン。聖女様の言うとおりだ。指示に従おう」


 もうひとり、こちらも煌びやかな鎧の青年が憤る男をなだめた。


「兄上! こんな女に言いようにさせておいていいのですか!」

「落ち着くんだ。こんなところでもめている場合じゃないだろう?」


 もう一度とりなされ、リオンと呼ばれた男も渋々引き下がった。


「すみません。お待たせしてしまって。私は中央聖教の聖女、マキノと申します。彼らを率いて塔へと向かっているところです」


 他のメンバーの紹介をするつもりはないようだが、諒太は雰囲気でどのような集団かを察した。

 この中の三人、男二人と女一人は高貴な身分らしく装備の質が他とは明らかに異なっていた。貴人にはそれぞれに一人ずつ付き人がいるようで、彼らは自分の主人にのみ気を配っている。最後の一人は大男で、巨大な背嚢を背負っているので荷物持ちだろう。計八名の集団だが統率はあまりとれていないようだった。


「俺は二宮諒太で隣の人は篠崎綾香。実は何がなんだかよくわかってなくて、こんなとこに迷いこんじゃったみたいなんだけど」

「こんな場所に迷い込むような低脳が生きていられるわけがない! すなわち魔物だ!」


 リオンが指を突きつけて怒鳴った。確かに、瘴気に満ちているこんな場所で生きている時点で怪しいと言われればその通りだ。


「そう言われてもね。状況はまったくわかってないけど身を守る術は持ってるんだ」

「もしかして異世界からこられました?」


 マキノがなんでもないことのように言った。


「多分、そう。よくあるの?」

「はぁ? 異世界だと? ふざけているのか?」

「あなたは黙っててくださいよ。時折おられるんです、異世界からやってくる方が」


 黙れと言われてリオンが素直に従った。兄上とやらがまた口出ししようとしたからだろう。


「見たところやってきた直後で状況を把握しておられない感じでしょうか? お困りでしたらお手伝いすることはできますよ」


 リオンが口ごもってやめた。不満はあるが言っても無意味だと思ったのだろう。


「人捜しをしてたらこんなとこに入りこんじまったんだ。ここから出る方法があるなら教えてほしい」

「なるほど。ここを出るのは私どもも同じですのでご一緒しましょうか。人捜しについてはどこまで協力できるかはわかりませんが」

「ありがとう、助かるよ」

「ちょっと。こんなところで出会ったよくわからない人たちを信用するの?」


 小声で綾香が聞いてきた。


「信用するしかないだろ。勝てそうにないんだから」


 聖女以外の七人なら同時に相手取っても勝てるだろうと諒太は感じていた。問題はマキノだ。

 一見は可憐な少女としか見えない。だが、諒太は彼女に勝てるイメージを描く事ができなかった。戦ったところで無駄だろうと諦めてしまっていたのだ。それでも必要であれば戦うしかないのだが、穏やかに対応してくれているのだから素直に助けてもらっておけばいいと考えた。


「このまま真っ直ぐ進みます」


 諒太と綾香は、先頭の聖女に並んで進む事にした。


「ちなみにここは浸蝕領域と呼ばれている場所です。そのタイプは様々なのですがここは迷宮型ですね。迷宮型は一度入ってしまうと出口がわかりづらいという特徴があります。運がよかったですね」


 脱出方法を知っているマキノたちと出会えて良かったということだろう。確かに何もわかっていないので、マキノたちに出会っていなければ闇雲に彷徨うしかなかった。


「よくわかってないんだけど、ここには何か目的があって来てるのか?」

「寄り道ですね。リオンさんがここを見かけて消滅させるべきだと主張されたんです。塔に向かうのが最優先なので無視してもよかったのですが、魔界を削っていくのも中央聖教の役割ではありますしそれほど手間もかからないかと思いましたので入ったわけです」

「出口わかるの?」


 マキノの歩みには迷いがない。一直線に目的地へと向かっているようだった。頭上に浮いている明りはマキノたちの動きに合わせてついてきていて、周囲の瘴気を浄化していた。闇と瘴気に沈んでいる迷宮内ではとても頼もしい。


「正直なところ出口はよくわからないんですが、浸蝕領域の中心部はわかります」

「……瘴気が濃くなってる方?」


 周囲の瘴気は頭上の明りでほぼ浄化されている。ほんのわずかに漂う瘴気の残滓で諒太は判断した。


「異世界の方ってそういうのがわかるんですか?」

「大半の奴はわからんと思うな。俺はたまたまそーゆー修行をしてただけで」

「なるほど。基本的に瘴気は中心部から出てますので、そちらへ向かえばまず間違いないですね」


 諒太でははっきりわからない瘴気の痕跡をマキノは明確に感じているようで、複雑な分岐も遅滞なく進んで行く。しばらくして、開けた場所に出た。天井も高く、前後左右に広い大部屋だ。大部屋の中には、大小様々な四角い建造物が建ち並んでいて、おそらくは住居の類いだろうと思われた。


「ここがそうなの?」

「はい、中心部ですね」


 中心部まで来たのはいいとしてこれからどうするのか。諒太が考えていると、あちこちから獣の悲鳴と怒号が聞こえてきた。

 建物から何者かがよろよろと出てくる。それらは、諒太が先ほど倒した羊人間の同類のようだ。


「ぐぇぇええええ!」

「めええぇげええぇええ!」


 羊人間たちは炎に包まれていた。暴れ回り、転げ回り、どうにか火を消そうとしているらしいが、体毛はよく燃えるのか全く対処できてはいない。


「なんか美味しそうな匂いがして嫌だな……」

「神の灯で焼いた魔物は問題なく食べられますよ?」

「いや、さすがに人っぽい形状のを食べるのは……」


 マキノの頭上で輝いている光源。そこから放たれる光だけで羊人間は為す術がないようだ。諒太が見たところ、その効果は半径50メートルには及んでいた。建物の中にいようと関係なく、その聖なる波動は魔物を焼き尽くしていくらしい。


「ちなみにこれって魔物だけ倒せるやつ?」

「いえ? 基本的にはただの炎ですので、人を燃やすのも可能ですが」


 対象を自在に選択できるのならどうしようもない。しかもただの照明ぐらいの技でこの様子なら、他の技も使われればますます勝ち目はないだろう。


「後ろのやつらって馬鹿なの?」


 諒太は呆れた。広範囲無差別焼却攻撃ができる相手に文句を言うなどどうかしているとしか思えない。


「塔まで無傷で連れて行くのが任務ですから仕方がありませんね。何を言われても嫌みを返すぐらいしかできません」


 彼らの舐めた態度は、絶対に危害を加えられないと確信しているが故のようだった。


「もう少し奥でしょうか。浸蝕の宝玉というのがありまして、それがこの領域を作り出している元凶なのですが」


 マキノが大部屋の中へと踏み込んでいき、他の者たちもその後についていった。魔物が大量に棲息している危険地帯のように思えるが、マキノの側にいるのが一番安全だと皆がわかっているのだ。

 マキノが向かうのは大部屋の中心にある一際巨大な建物だった。そこに宝玉があると踏んだのだろう。

 巨大な建物から、巨大な羊人間があらわれた。その体表は燃えていないので、聖なる波動に耐えるだけの力の持ち主のようだ。


「手伝ったりは?」

「いえ、必要はないですよ。……第六の御使いが笛を吹く。汝信仰を示せ。イネレクの民は一番の鍛冶士の目を抉り御使いに捧げた……」


 唐突に、マキノは謳うように呪を唱えた。

 応えるように、細く高い音が広い空間に響き渡る。空間が軋み、歪み、裂け、それは、歪んだ間隙を押し広げるようにして表れ出た。

 白い球体だった。

 羽毛の塊だと諒太が気づくと同時に、それは展開した。

 蕾から花が開くように、翼が放射状に広がる。それは、 眼球がみっしりと詰まった半透明の塊と、そこから生えるいくつもの翼からなっていた。

 悍ましい。

 諒太は素直にそう思い、後ろを振り返った。他の者たちの反応が気になったのだ。

 マキノの仲間たちは背中を見せて縮こまっていた。手の位置から考えると目を塞いでいるらしく、何がなんでもあれを見たくないと思っていることは簡単に伝わってきた。


「これ、大丈夫なやつ?」

「第六の御使いを目視すると目を奪われる……そういった迷信を信じておられるんでしょう。」


 前を向くと、事はすでに終わっていた。

 倒れた羊人間の頭部に、翼の化け物の中心部から延びた透明な管がいくつも突き刺さっているのだ。頭部はぐちゃぐちゃに潰されていて原形を留めていなかった。


「第六の御使いの権能は目を奪うというものでして、その過程はお構いなしなんです。運がよければ目を失うだけで済むんですが、大体はこうなってしまいますね」


 ――まずいな、これ……。


 冷静な態度を保ちつつも、諒太は危機感を覚えていた。

 少なくとも、このレベルの化け物がいる世界だ。早急に福良と合流する必要があると決意を新たにした。

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