第36話 極楽天福良17
教会を出た福良たちは集会所に来ていた。
月の所有権問題の解決方法を聞いたところで話は終わりになり、教会を追い出されたのだ。
集会所もただでは使えないのだが、幸いなことに福良にも準備金が支払われた。これは一回限りであり、この資金で冒険の準備を整えろということである。
「てかよぉ。冒険サイクルがうまく回らなかったらいきなり終わりじゃねーか。初回で失敗したらもう立て直せないんだが?」
「それでも見ず知らずの私たちにわざわざ資金提供してくださるんですから親切だと思いますよ」
福良と月はテーブルを挟んで向かい合っていた。テーブルの上には簡単な食事が並べられているが、月は無一文なので必然的に福良の奢りということになる。
「なんだかなぁ。単純な方法をもったいぶったりさぁ」
「そもそも教える義務も義理もないんじゃないでしょうか」
利害関係のない相手に、無法地帯であるこんな場所で資金や情報を提供しているのだから親切心からの行動であり宗教団体かくあるべしという対応なのだが、月には不満しかないようだった。
「それはともかくとして、今後どうするかですね」
福良はテーブルの上を整理し、地図を広げた。集会所の売店で売っていたものだ。
マリカにマテウ国までの距離や道のりを聞いたところ、地図でも見れば? とすげなく返されたのだ。
地図はスマートフォンの機能で事足りると思っていたのだが、行ったところしか表示されないし、そもそもこの世界特有の情報である国境がわからなかった。
その点、この地図にはこのあたりからマテウ国の端あたりまでが描かれていて、国境が示されている。細かな道などは記載されていないがそこはスマホの詳細地図でわかるので、二つの地図を組み合わせれば必要な情報がわかるのだ。
この地図を頼りにどう移動するべきか。しばらく見つめていたが妙なことに気づいた。
紙の繊維が均質的で、綺麗に裁断されている。おそらくは大量生産された商品なのだが、この周辺に製紙設備があるとは思えなかった。
その点が気になってくると、売店で売っている装備などの出所も疑問に思えてきた。こんな何もない街で武器防具を作り出せる気がしないのだ。
「この街にある物ってどこから入手しているんでしょう? 最も近いマテウ国まででもかなり危険な道程ということですよね? 商人が行き来できる方法があるんでしょうか」
商人が安全に行き来しているというのなら道を聞いてしまえば解決する。それか、商人に同行するなりすればいいのだ。
「それな。川があるらしいよ、これ?」
月は地図に描かれた水色の線を指さした。川らしき線はマテウ国のある右側から、左側の黒く塗られた場所へと引かれている。
「ものすごい激流で一方通行だってよ。物資とか罪人とかは頑丈な箱に詰まって流れてくるとか無茶苦茶なこと言ってたよ」
この世界には四つの大陸があり環状になっている。その大陸の外側が外海であり、内側が内海だ。世界は中心へ向けて傾斜しているらしく、海水は外海から内海へと流れていた。
外から内への激流は嘯川と呼ばれていて、山頂から流れてくる一般的な川とは区別されているとのことだった。
「確実に回収するのは不可能なのでは?」
「だろうけど、何かやり方はあるんじゃない? まあ楽に魔界を通る方法はないってことらしいよ」
少数ではあるが、魔界を行き来できる者たちはいる。だが、それは少数精鋭のグループに限られた話であり、大規模な商団が行き来できるわけではないとのことだった。
「なるほど。自力で行くしかないとして、何が必要かですね」
「まあ食料はいるよな。魔界のもんは食えないって話だし。後はキャンプ道具とか武器防具とか?」
「そういえば月さんは武器などはどうされてたんですか?」
「私のジョブじゃ意味ないってことで、金はあいつらの武器を買うときの足しにされた。私も戦える気しなかったから仕方ないと思ったんだけど……くそっ。パーティ離脱するんなら丸損じゃねぇかよ!」
「ちなみに月さんのジョブはなんなのでしょう?」
「えーと……アイドルやらせてもらってますぅ……」
ジョブはステータスに応じて決まる。美貌に極振りの結果がそれのようだ。
「私はスカベンジャーとレイジィキングですね。そういえばジョブによって武器の扱いは変わるのでしょうか?」
ジョブなどのシステムがRPGを踏襲しているのなら、ジョブによって得意武器が変わる可能性がある。武器選択の参考になると思い福良は聞いた。
『ジョブに応じた装備適正があります。装備適正がある場合、武器は命中補正、威力補正、速度補正が、防具は重量補正がプラスとなります』
「私たちの装備適性はわかりますか?」
『アイドルはハンドマイク、スカベンジャーはトングで、レイジィキングは銃です。防具については軽装が適正となります』
武器の詳細なカテゴリ分けに比べると、防具は大雑把な分類になっているようだ。
「それでどう戦えと!?」
「そもそも売ってなさそうですね」
マイクのような電化製品も、銃のような精密機械もこの世界に存在しているとは思えない。つまり、この世界の状況に応じてシステムが調整されていないようだった。
「装備適性があると有利なのはわかりましたが、ない場合はどうなのでしょう?」
『ない場合は補正がマイナスになります』
「てことは剣を振っても、当たらないし、威力もないし、のろのろになるってこと?」
『その通りです。ジョブの特徴を強調する意図があると思われます。ちなみに軽装適正のプレイヤーが重装防具を身につけた場合、より重くなり行動が阻害されます』
「魔法使いならローブを着て魔法使ってろ、みたいなことか」
「困りましたね。剣なら多少心得がありますので、念の為に持っておこうかと思ったのですが」
福良は壇ノ浦流弓術の投擲術を主に習得しているが他を全くやっていないわけではない。歩法のように剣術がベースになっている技術もあるし、刃物から身を守る術なども習っている。修行の中で本物の剣に触れることも多かったのだ。
「そういえば投石はどうなんでしょう? 狙い通りに当たっているのですが」
『石は武具ではありませんので補正の対象外です。投げナイフであれば短剣カテゴリとなりますのでマイナス補正が適用されます』
「徒手格闘はどうなりますか?」
『こちらも適正はありませんので、補正対象ではありません』
「なるほど。そこらに落ちている武器でないものを投げるか、素手で殴るかぐらいしか攻撃手段がないんですね」
今までは状況が悪かったので石を投げるぐらいしかないと思っていたが、どうやら今後も変わりはないようだった。
「これ……初っぱなのステ振で詰んでるじゃん! 入手可能な武器が使えるジョブじゃないとどうしようもないだろ!」
「ちなみに、補正というのはどのようにして実現されているのでしょう? 剣が狙い通りに当たらなくなるというのが少し不思議な気がしたもので」
「なんか不思議な力なんじゃないの? だって美貌の数値を上げただけで見た目が変わるんだぞ? こんなのなんでもありじゃん」
『プレイヤーの皆さんの身体には、不可視の防御フィールドが発生しています。このフィールドに干渉することで、補正を実現しています』
「結局それも不思議パワーじゃん」
その通りではあるのだが、なんの理屈もないよりは理解しやすいと福良は思った。
「防御フィールドというのは初耳なのですが」
『これはステータスのHPに相当するもので、身体へのダメージを肩代わりするものです。ダメージごとに減少し、0になると消滅します』
「なるほど。HPがよくわかっていなかったのですが、体調とか怪我とかを表しているわけではなかったんですね」
レベルアップで最大HPが増えた時、10/50のような表記になっていた。体力のようなものを表すとすれば不思議な状況だと思っていたが、HPは福良の身体とは直接関係がないようだ。
「そうなると0になっても死ぬことはないんでしょうか?」
『はい、即座に死ぬことはありません。ですが防御フィールドがなくなり、装備適正による補正も無効となります。戦闘中であればその状況からの生存は難しいかと思われます』
「これは防具を身につけている場合は、防具の上にフィールドが発生しているのでしょうか?」
『はい、身に付けた服や防具の上に発生します。そのためHPが残っている場合は防具が損傷することはありません』
「防具の重量補正というのは軽くなるだけなんですよね?」
『はい、防具の重量を無視して素早く動けるようになります。そのため軽装の場合はあまり意味がありません。重装の場合により効果を発揮します』
「だとすると、防具を身につける意味ってあまりないのでは?」
防具の上にフィールドがあるのだからHPへのダメージを防具が防ぐわけでは無く、HPが0になったら補正がなくなる。補正がなくなった場合、装備が途端に重く感じるわけだから行動が阻害されるだろうと福良は思ったのだ。もちろん軽い装備であれば気にする必要はないが、防御力を求めるのならある程度の重量はどうしても必要になってくるだろう。
『これは私見ではありますが』
「AIに私見とかあるんだ」
『仰る通りかと思います。この世界でこのシステムの場合、防御はHPに任せてしまう方が効率がいいでしょう』
「でも、こんな布の制服よりはもうちょっとましなの着た方がいいんじゃないの? 一緒にいた男子はさ、戦士だったんだけどレザーアーマーを着てたよ? そんなに重そうでもなかったし、HPがなくなった後にも役に立ちそうだったけど」
『初期装備である九法宮学園制服にはレベルに応じてHPを増加させる効果があるため、レザーアーマーより優位な防御効果が見込めます』
「そんなん知らんやん! え? なんか今さらすごい重要なことを聞かされてる!?」
『本来ならアイテムの詳細情報やヘルプで知ることができる内容なのですが、スマートフォンの操作では辿り着けないように導線が切られています』
「はあああぁあああ! 何がしたいんだよ!」
月は理解できずに憤っているが、福良はただの嫌がらせだろうと考えた。
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