第35話 二宮諒太3

「ゲームのダンジョンみたいだな」


 ハンディライトで照らしながら暗闇の中を歩いて行く。よくわからない世界で、さらによくわからない場所へとやってきたというのに諒太は動じていなかった。元の世界でも、異界の類いに入り込む経験がそれなりにあったからだ。

 今回は一目瞭然で怪しい場所に入りこんだら謎空間に入ってしまっただけのことであり、気づかぬうちに敵の攻撃で引きずり込まれるよりはいくらかましだろう。


「ゲームだとするとかなりレトロな部類じゃないかしら? 殺風景で代わり映えのない、いかにもメモリを使ってない感じ」


 綾香がつまらなさそうに言った。


「そんな暢気にしてる場合なのかよ? 瘴気はさっきまでの比じゃねーんだが」


 足元についてくる風牙が言うように、瘴気はより濃くなっていた。


「今の所はな。この手のやつはゼロイチだから」


 防げているなら大丈夫だと涼太は判断していた。少しでも影響を感じればもう手遅れであり、心配するだけ無駄だと開き直っているだけでもあるが。


「とはいえ、こんなとこをウロウロしててもお嬢には辿りつけねーしなぁ」


 石造りの直線的な通路は迷路になっていた。分岐を繰り返す特徴のない通路が続いているのだ。無目的に歩いていても脱出できそうにはなかった。


「なあ。マッピング機能とかねーの?」

「ないけど、記憶力はいいので道ぐらいは覚えてるわ」

「じゃあいずれどっかには辿り着く……」

「気づいたか?」


 風牙が立ち止まって警戒していた。涼太は微かな音を聞き取っていた。


「足音、かしら? こんな場所じゃこっそり近づくなんてできそうにないけど」

「ロボなら足音を分析して敵の数とか把握する機能はねぇの?」

「言った気もするけど、基本的には人間と同程度の能力しかないの」

「人間はどっかからライト取り出したりできねぇけどな」


 足音らしき音が通路に響いている。音の発生源は前方で、ゆっくり近づいてきていて、少数であろうことぐらいは諒太でも判断できた。

 通路は前方で左右に分かれていて、音は右側から聞こえてくるようだ。


「ダンジョンだとすれば、モンスターだったりしてね」

「モンスターかはともかく、仲良く出来るとは限らねぇしな。持ってて」


 諒太はハンディライトを綾香に渡し、ベルトのバックルを引き抜いた。ベルトは鞘になっていて、中に薄く柔軟性のある剣が仕込まれている。暗器の一種であり、表だっては武器を携帯できない護衛任務で使用していた。


「武器も売ってあげられるけど?」

「慣れてねぇもんをぶっつけで使えねぇよ」


 丁字路の少し前で二人と一匹は立ち止まった。諒太たちも足音を立てていたので、やってくる何者かもこちらの存在には気づいているはずだが、その歩みが変わる様子はない。

 待ち構えていると、右側の通路がぼんやりと明るくなってきた。光源を持っているのなら人に類する存在である可能性が高くなる。

 そして、何者かが角から姿をあらわした。


「山羊人間?」

「悪魔ってあんなイメージよね」


 人らしき姿をしているが頭部が異形だった。巻き角、横長の瞳孔、長い顎髭といった山羊にしか見えない特徴を持っているのだ。

 身長は諒太より低く、子供のように思えた。長骨を束ねたような防具を身につけていて、片手に手斧らしき武器を持っている。腰についている輝く石であたりを照らしているので、夜目は利かないようだ。

 諒太たちを無視してそのまま真っ直ぐに進んでくれればと考えたが、そんな淡い期待はすぐに裏切られた。

 山羊人間は角を曲がり、諒太たちの方へと向かってきたのだ。


「えーと。言葉は通じるか? 戦う必要はないと思うんだけど?」


 見るからに化け物と遭遇したというのに諒太はさほど動じてはいなかった。家業の手伝いで妖怪の類いと接触することも多く、姿形が怪しいぐらいのことをいちいち気にしなくなっているからだ。綾香もさほど驚いているようには見えないので同様の経験があるのかもしれない。


「ヴェェエエェエッ!」


 山羊人間は雄叫びを上げながら駆け寄ってきた。

 諒太も間合いを詰めるべく前へと踏み出した。

 山羊の頭部が宙を舞い、人の身体が盛大に血を噴き出しながら倒れる。綾香からは、諒太が山羊人間を通り抜けたようにも見えただろう。諒太は山羊の手斧を躱しながら首筋を斬りつけ、駄目押しに回し蹴りで頭部を外したのだ。


「ひとついい?」


 大袈裟に後退して血しぶきを躱した綾香が聞いてきた。


「なんだよ」


 常識的な範疇の生き物なら死んだはずだが、諒太は油断せずに山羊人間の死体を見つめながら聞き返した。


「それでモテるとか思ってるの?」

「はぁ?」

「女子の前でかっこつけようと思ったのかもしれないけど、いきなり暴力的な行動を取られても引くだけよ。そのあたり勘違いしてる人って多いのよね」

「いや、なんでこの状況でモテとかの話になるんだよ。てか、お前女子とかどーとかの前にロボだろうが」

「人体を再現することに人生をかけてるお父さんの変態性をなめないでもらえる? 私は細部に致るまであらゆるところが、女子なんだけど?」

「えぇー……お前の開発者どうなってんの?」

「おまえらな。こんな状況でごちゃごちゃやってる場合かよ別口がやってきてるぞ?」


 足下にいる風牙が警告した。

 気づけば、山羊人間が来たのとは反対側の通路から新たな足音が聞こえていた。距離はまだあるようだが、通路の角からはすでに明りが漏れていて、人の声らしきものもしている。おそらくは複数人のグループだろう。


「どうしたものかしらね? 複数が相手だと辛くない?」


 綾香は何もするつもりがないようで、その潔い態度に諒太は感心してしまった。協力を申し出られてもいきなり共闘できるかはわからないので、下手に動かれるよりは助かるとも言えるだろう。


「そのへんは相手によるとしか言いようがないし、まずは話をしてみるか。あとは出たとこ勝負だな」


 話し合う余地がありそうならそうするべきだろうと諒太は考えた。

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