第34話 極楽天福良16

「所有権の解決方法はすごく単純で一言で言えるんだけど、その理屈とか背景は説明しといたほうがいい気はするんだよね」

「そうですね。付随する情報があるのであれば合わせて説明していただけると助かります」

「えぇー? 一言で済むならそれでいいじゃん!」


 月はそう言うが、現状の問題を構成する要素を知っていなければ思わぬ遠回りをする可能性もある。所有権にまつわる情報は知っておいた方がいいだろうと福良は考えていた。


「あなた方は別の世界からやってきた異世界人だとして説明しますけど、この世界に所有権がどうのというような神が定めた法則があるわけではありません」


 神の定めた法則。それは物理法則のような普遍的な性質をさしているのだろう。つまり所有権の移譲は特殊なケースのようだった。


「ではなぜ所有権の移譲といった非人道的なことを強制することが可能になっているのか。それは神のもたらした神器、レガリアによるものなのです」

「結局、神が出てきてるじゃん。それは神の定めた法則じゃないんですかー?」


 月が混ぜ返すように言った。

 

「うっさいですね。黙ってきいてろよ」

「レガリアと言いますと、王権の象徴となる物品のことですよね?」


 異世界の言語が翻訳された結果、レガリアと聞こえているのなら福良の認識で間違っていないはずだった。王冠や王笏、日本においては刀剣である天叢雲剣もレガリアの一種と見做されている。


「はい。その通りなのですがレガリアは王権の象徴だけには留まりません。レガリアの所有者こそが王であり、領土の支配者なのです。ですので真の意味での王権そのものがレガリアということになりますね」

「つまりそれは超常的な能力を備えていると」

「はい、レガリアは領土を規定し、その範囲内に恩恵をもたらします。それは天候を操作する春風の外套であったり、絶対の忠誠を強いる支配の王笏であったりするのです」

「あ! それか支配の王笏! それで支配して所有権奪うんだろ!」

「違います。話は最後まで聞いてください。ちなみに支配の王笏の能力は広範囲に対する洗脳にすぎませんので、専門家によるカウンセリングですとか、別の価値観による洗脳ですとかで対応可能です。ちなみに信仰も強力な対策ですのであなたが王笏の影響下にあるのなら私がいかようにでもしてあげますよ?」

「宗教こえぇな!?」

「あまり関係のないレガリアの話をしても仕方がありませんのでこの一帯に関連するレガリアに話を絞りましょう。一つが浸蝕の宝玉。これはこのあたりにある魔界を作り出している元凶ですね。これは特殊なレガリアで特定の領土を持ちません」

「いや、普通を知らんから特殊とか言われてもさぁ」

「月さん」

「なに?」

「これ、あなたを助けるための話ですよ?」


 さすがに目に余ると思い福良も口にだした。


「福良さんの要望に応えてる形なので、もういいというならこの話やめますけど?」

「いや、まぁ、そうだよな。ちゃんと聞くよ」

「では話を続けますと、普通のレガリアはレガリアを中心としてそこから広がるように領土が展開されます。複数のレガリアの領土が重なることはありませんので、領土が押し合うことで国境線が形成されています。これがレガリアと領土の基本なんですが、浸蝕の宝玉だけは他と異なっていて、他国の領土内に浸蝕する形で領土を確保します。つまり寄生するような感じですね」

「その浸蝕された領土が魔界でいいのでしょうか?」

「おおまかにはその認識でいいんですが厳密には異なりますね。浸蝕領域はそれほどの広さはなくて、そこから瘴気が漏れ出てきます。この瘴気によって周囲の環境が悪化するわけで、瘴気に侵された範囲を魔界と呼んでいるわけです」

「なるほど。その瘴気というのはどの程度の危険性があるのでしょうか? おそらく私たちはその瘴気の中で過ごしていたと思うのですが」


 話の腰を折る形にはなるが、少しばかり気になって福良は聞いた。魔界については他人事ではないからだ。


「瘴気の危険性ですが、普通の人間なら即死です」

「そうなんですか? そこまで危険とは思えなかったのですが」


 そう言われても福良は瘴気の存在を認識できなかった。大気が汚染されていたようには感じなかったし、違和感も覚えなかったのだ。


「ですのであなた方は普通の人間ではないんですよ。ただ、死ななかったとしても別の問題はあります。瘴気は人を蝕むんですが……今の所は大丈夫ですね。瘴気に蝕まれた場合、見た目があからさまに変わるんですよ。肌が焼け爛れたようになったり、毛や突起が生えてきたり、捻れたり、手足が減ったり増えたりします。むちゃくちゃ簡単に言ってしまえば魔物化するんですね」

「なにそれこわ。そんなの聞いてないんですけど?」


 月が怯えていた。そんな危ない場所に行ったつもりはなかったのだろう。


「危険度の大小を言いだしたら結構めんどくさいんですよ。とりあえず魔界に入ったら死ぬって説明しとけば十分じゃないですか?」

「とはいえ、そのあたりを月さんに説明していなかったのなら教えていただきたいのですが」

「いいですよ。福良さんはちゃんと話聞いてくれそうですからね」

「はいはい。どうせ話し半分でしたよ」

「まあ瘴気の危険性は濃度と蓄積によるって話でしかないんですけどね。まず一番濃いのが浸蝕領域内。そこから離れる程に薄くなっていくわけです」

「瘴気の濃度を判別する方法はあるのでしょうか?」

「ありますよ。一つは我々のような灯の力を持つ者の感知能力です。ただ灯の力を習得するには結構な修行が必要ですので、一般の方は教会で灯が込められたランタンをお求めください。瘴気から身を守るにも、瘴気判定にも便利な一品ですよ」

「急に宣伝ぶっこんできたな」

「で、蓄積ですが瘴気は少しずつ体内に溜まっていきまして、一定の量に達すると影響が出るわけです」

「溜まるってなんだよ!? 私らもそのうち魔物になるっての!?」

「それは大丈夫ですよ。瘴気のない場所にいれば減衰しますので」

「つまり、滞在時間が重要なんですね。どの程度が目安なんでしょうか?」

「それは人によるとしかいえないんですよ。普通の人の場合、まあまあの瘴気に触れ続けると数秒から数分で身体が変質して死に至ります。そして、ごくまれに変質に適応して魔物化しちゃう人もいるって感じですね」


 数分どころではない期間を魔界で過ごしていたはずだ。それでも影響がないのなら、スマートフォンで身に付けた力で何らかの対応ができていたのかもしれなかった。


「瘴気の話題はこれぐらいにして話を戻しますね。で、もう一つこの近辺に関わりがあるレガリアが誓約の天秤です。こちらが契約を遵守させる権能を持っています。先に宝玉の話をしたのは、領土と権能が重複するケースの説明もいるかと思いまして」


 月がまた混ぜ返すと思ったのか、マリカは先回りして説明した。


「そうなりますとこのあたりはどこかの国ということなんでしょうか? 随分な無法地帯のようですが」

「このあたりは古にはケルン王国と呼ばれていました。ですが今では滅びていましてレガリアも所在がわからなくなっています。そしてその権能が無制限に行使されている状態なんですよ」

「なるほど。まともな王様がいればこんな無茶苦茶な運用はしないと」

「はい。本来はなんらかの司法機関において限定的に使用されていたようです」

「今までのお話から想像すると、レガリアの権能は国内に限られるのでしょうか?」

「はい。そういうわけですので所有権うんぬんの問題の解決方法は簡単で、誓約の天秤の効果範囲外まで移動して二度と戻ってこなければよいのです」

「長々とした説明やっぱいらんかったよな!?」


 それには福良も多少は同意した。

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