第33話 宮添理衣奈1

 宮添理衣奈は、一目見たその時から雪花月とは友達になれないと思っていた。そして、すぐに彼女がクズでゴミでカスな女であり、友達どころか交流を一切してはいけない人間だと判断した。

 具体的に彼女が何かしたのを目撃したわけでもなく、その為人ひととなりなどわかるはずもないにもかかわらずだ。

 では、なぜそのような判断にいたったのか。

 見た目だ。

 月はお世辞にも美人と言える容姿をしてはいなかったが、それだけで内面まで決めつけるほど理衣奈も愚かではない。顔つき、表情、姿勢、仕草。そういったもので理衣奈は彼女の人間性を勝手に決めつけた。

 理衣奈もたかだか十数年の人生経験しかないわけだが、それでもろくでもない人間というのは何人か見てきたし、その共通項とでもいうべき雰囲気などを朧気ながらにも理解していたのだ。

 本人は隠しているつもりかもしれないが、その卑屈で卑怯で嫉妬深く自分のことしか考えていない性格というのは、顔や態度から滲み出てくるものだ。

 その経験から、彼女は信頼するに値しない人間だと感じとったのだ。

 とはいえ、いきなりわけのわからない世界にいる異常な状況では単純に彼女を排斥したり無視したり距離を取るわけにもいかない。とりあえずは最低限のコミュニケーションは取っておき、当たり障りのない関係を築くべきだと理衣奈は考えた。

 そして、すぐに四人だけになり、その中に月が含まれていたのだから理衣奈が軽率な態度を取らなかったのは正しかったようだ。わけのわからない世界で四人だけとなってしまえば、否が応でも協力するしかないし、険悪な雰囲気になっている場合ではないだろう。

 それは月もわかっているはずで、最低限の協調はするだろうと理衣奈は考えていたのだが、その期待はすぐに裏切られた。

 これからどうしようかと皆で考えていたというのに、勝手にスマートフォンの初期設定を進めてしまったのだ。

 しかも、ただ美貌の数値を増やし、アイドルというジョブになったという愚行。これにより月は何の役にも立たないお荷物と化してしまったのだ。

 本当に愚かだと理衣奈は思った。スマートフォンを操作して実際に影響があるなどとは思えないし、美貌の数値をあげてしまいたくなる気持ちもわからないでもない。だが、だからといって何も考えずにこのわけのわからない状況で、おそらくは重要アイテムであるはずのスマートフォンを勝手に操作してしまうのは考えがなさすぎだろうと思うのだ。不幸中の幸いで相談できる相手が三人もいるのだから、まずは話し合うべきだった。

 こいつは駄目だ。本当に何の役にも立たない。使うにしても弾よけにするぐらいだろう。

 そう思っていたのだが、置いて逃げたとなるとさすがに罪悪感を覚えた。

 魔界から疲れ果てて帰ってきたところへのならず者の強襲。理衣奈たちは必死に逃げ、月を置き去りにしてしまったのだ。囮にしたわけではなくただ余裕がなかっただけなのだが、端から見ればそのように思われても仕方がないだろう。事実、襲撃者たちは月を捕まえただけで満足したのか拠点へと戻っていったからだ。

 月がどうなるのか。想像したくもないような目に会うだろうことだけは簡単に想像できた。

 仕方がなかった。どうせ足手まといだ。いずれ脱落していた。嫌なやつがいなくなってせいせいした。言い訳は色々とできるし、何度も何度も行っている。だが、同じ学校に入学したばかりの、先ほどまで近くにいた人間が攫われたという現実を真正面から受け止めることはできなかった。

 

「仕方がなかった」


 だから、沢田颯也がそう口にしたことに理衣奈は驚いた。

 逃げ帰って飛び込んだ集会所の一席。誰もがうつむき口を閉ざす中、それを言い出すには勇気が必要だったことだろう。

 

「どうしようもなかったんだ」


 颯也ははっきりと言い切った。


  *****


 直近の問題は金がないことだった。だから野草採集よりも実入りのよさそうな魔物狩りに挑んだわけなのだが、結局それは失敗に終わったので問題は何も解決していない。

 そのため理衣奈たちは再度魔界へ出向く必要があった。いつまでもうじうじと終わったことを引きずっている場合ではなかったのだ。

 颯也の割り切りは残酷ではあるだろう。だが、誰かが言い出す必要があった。颯也は憎まれ役を買ってでたのだ。もっとも理衣奈は颯也に悪感情を抱いていなかったし、鹿子有栖も同様だろう。逆に信頼を感じ始めているほどだ。

 魔物狩りは分不相応だった。ならばできる範囲のこと、野草採集を続けるしかない。理衣奈たちはなけなしの金で食事を取り、態勢を整えてから再び魔界へと向かうことにした。幸い、三人になったので生活費は減っている。野草を大量に採取すれば現状維持はできるかもしれなかった。

 街を出て、前回とは異なる森の入口へと向かう。場所が異なればもっと効率のいい採集地点があるかもしれないと考えたからだ。


「今度は油断しない」


 颯也が決意を新たにした。疲れていようと町に帰り着くその瞬間まで気を抜いてはいけない。そのことを理衣奈たちは思い知らされたのだ。

 森の入口から伸びている道へと足を踏み入れる。ところどころに輝く石の埋め込まれた道が魔物を寄せ付けない安全地帯なので、基本的にはそこを歩いていく。もちろん、道の上を歩いているだけでは野草採集も狩りもできないので、何かがありそうな場所を見極めて道を逸れる必要はあった。

 そして、思いのほかうまくいってしまった。野草が群生している場所を発見して大量に採取できたし、小型の魔物を倒すこともできたのだ。

 前回の苦労はなんだったのか。違いにはすぐに思い至った。月がいないからだ。魔物の発見、追跡、戦闘に関してはあからさまに月が足を引っ張っていた。野草の群生地については偶然かもしれないが、それもステータスの影響だったのかもしれない。彼女は美貌に全振りしていたので、運の数値は最低のままだったからだ。

 しばらくそうやって採集と狩りに勤しんでいると、数日は街で暮らせそうなほどの成果を得ることが出来た。


「結局、あいつなんだったわけ?」


 有栖がぼやいた。さすがにこれだけ成果に違いが出てくるとそう言いたくなるのもわかるし、理衣奈も罪悪感が薄れていくのを感じ取っていた。あのまま四人で活動していたなら共倒れになっていただけかもしれないのだ。

 もちろんそう思い込みたいだけかもしれないが、そう思えるだけでも精神状態としては改善してきている。終わったことで悩んでもしかたがいないし、開き直ったほうが健全ですらあるだろう。


「油断はするな」


 颯也が気を引き締める。確かに順調だからといっていい気になってはいられなかった。今日の活動はここまでとしても、ここから帰るまでが大変なのだ。


「まあ、今回は疲弊しきっているわけじゃないし、臨戦態勢でいけば大丈夫だとは思うけどな」


 前回は徒労感もあってか集中力を欠いていた。今回は活動時間は大して変わりないのにまだ活力に溢れている。これで駄目なら何をどうしようと駄目なのだから、無事に帰れると期待するしかなかった。

 木々の間を抜け、道へと戻る。ひとまずは安全地帯まで戻ってこられたが、まだまだ油断はできなかった。

 有栖がスマートフォンで地図を確認する。地図の確認ぐらい誰でもできるのだが有栖はジョブでレンジャーを選択しているため表示される情報量が多いのだ。ちなみに颯也は戦士で理衣奈は魔法使いを選択していた。


「町はこっちね。この先を左。あ……」

「どうした?」

「反応がある。あっち」


 小声で言い、有栖が町に向かう道の先を指さした。道は真っ直ぐに伸びていて先で左右に分かれているが、見える範囲には何も見当たらなかった。


「この先の右側の道の上を動いてる」

「つまり人間ってことか」


 魔物は道を通らない。だが、人間だとしても安心できるわけではなかった。


「森の中に隠れよう」


 だが、その判断は少しばかり遅かった。何者かが道の先から姿をあらわしたのだ。

 冒険者らしい四人組だった。装備などから見ても歴戦の風格がある。

 今から隠れても無駄なのか、それともその行為で戦わない意思を示すことができるのか。理衣奈には判断がつかず、颯也を見た。


「下がろう。この距離だ。いきなり戦いになるわけじゃない」

「隠れるのは駄目なの?」


 不安に駆られた有栖が聞く。


「それも戦いのためだと思われるかもしれない。それよりは相手を見たまま後退したほうがいいと思う」


 隠れると森の陰から襲うつもりだと判断されるかもしれない。それよりも、警戒は解かずに後退した方が非戦の意図が伝わるかもしれなかった。

 颯也が剣を抜き、理衣奈が杖を構え、有栖が弓に矢を番える。実力差はわからないが、相手も下手に攻撃をしかけて損害を被りたくはないはずだ。戦闘を回避できるならそれにこしたことはない。

 だが、相手はそうは考えなかったようだ。

 何かが理衣奈の表面で弾けた。理衣奈は、地面に突き刺さった矢を見て何が起こったのかを理解した。


 ――え? 射られた? 攻撃された?


 続けて射られた矢が肩に刺さり、理衣奈は混乱した。戦闘態勢は取っていたつもりだし、油断したつもりはなかったが、それでも躊躇無く攻撃してくるのは想定外だった。人間同士、お互いが警戒しあっているのなら睨み合いのような状況が発生するとばかり思っていたのだ。

 なぜいきなり攻撃してきたのか。なぜ矢は刺さらなかったのか。次は刺さったのか。

 益体もない考えが脳裏を巡るが、それも長くは続かない。

 幾本も放たれた矢の一つが理衣奈の頭部を貫き、彼女の意識は永遠に途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る