第32話 極楽天福良15

 一際目を引くのは、高くそびえ立つ四角い塔だった。

 城壁で囲まれた空間の中心部に巨大な塔があり、ほとんどを占めているかのように見える。圧迫感があり狭苦しく、人の往来は少なかった。活気に溢れているとはとても言えないだろう。


「で、どうする? 情報収集って言ってもさ」

「そうですね。事情に詳しそうな人がいればいいのですが」

「うーん。教会の人かなぁ。マリカさんって人」


 月がここにやってきた時に色々と説明をしてくれた人物のことだろう。福良も会っておいたほうがいいかと考えた。


「ではまずはそこに行きましょう」

「こっちだったかな」


 月が自信のない様子で歩いていくが、迷うほど大きい街とも思えなかった。しばらくして、一際大きな建物の前に辿り着いた。入り口の前には全身金属鎧を身に付けた門番らしき兵士が二人立っている。教会とのことだったが、誰にでも門戸を開いている雰囲気ではなかった。


「止まれ。何の用だ」


 暢気に近づいていった月が、槍を向けられて固まった。


「すみません。マリカさんという方にお会いしたいのですが」


 月が役に立ちそうにないので、福良が口を出した。


「少し待て」


 門番の一人が教会の中に入っていった。もう一人は月に槍を向けたまま、油断なくあたりを伺っている。

 福良は、戦っても無駄だろうと判断した。福良が石を投げたところで、金属鎧に防がれるだけだ。勝ち目があるとすれば、わずかにある隙間、例えばヘルメットの覗き穴に攻撃を通すぐらいだろうが、達人が相手ではそれも難しい。


「歓迎されてはいないようですね」

「……ってかさぁ! 宗教ってもうちょっとこうさぁ! 博愛的なもんじゃないの!? 汝の隣人を愛するみたいなよぉ!」


 硬直から解放された月は、福良の後ろに隠れた。


「周囲の状況から考えるとそんなことも言ってられないのかもしれませんね」


 これ以上近づけば問答無用で殺す。門番は態度でそれを示していた。どうやら、教会へのアクセス方法としてはよろしくない方法を取ってしまったらしい。

 街の中は安全とのことだったが、無条件で安心できる状況でもないようだ。


「そういや、最初に説明されたときも義務で嫌々って感はあったな」

「博愛は場合に寄りけり、程度によりけり、ですよ」


 そう言いながら、兵士と共に聖職者らしき少女がやって来た。彼女がマリカだろう。明らかに嫌そうな顔をしているので渋々ながら来たようだ。


「信徒が困っているのならできる範囲で手を差し伸べはしますが、こちらのリソースにも限りがありますからね。神ならぬ身である私にできることは本当にちっぽけなものでしかありません。というか、ぶっちゃけ喧嘩売ってます?」

「いいえ! この人がそんな事を言ってたなぁ! ということをふんわりと申し上げたまでです!」


 月が福良を指さしていて、この変わり身の早さには福良も驚いた。


「それで? 教えられることは教えましたし、支度金もお渡ししたと思いますが」


 無心にこられてもこれ以上渡せるものはない。マリカはそう言いたげだった。


「極楽天福良と申します。あなたにお目にかかるのははじめてなのですが、ご助力いただけないでしょうか?」

「既にお伝えしたようなことでしたらそちらの方に聞いていただければと思いますが…………確かに見たことのない顔ですね」


 福良をじろじろと見た上でマリカが言った。どうやら、初回は相手をしてくれるようだ。


「はい、おおよそのことは月さんに伺いました。それ以外の情報を得られればと思っているのですが」

「わかりました。お入りください」


 門番が槍を下げ、福良と月はマリカの後に続いて教会に入った。中には長椅子がいくつも並んでいて、奥には祭壇らしき台がある。マリカが台の後ろに立ったので、福良たちは長椅子に腰掛けた。


「で、何を聞きたいんです?」

「月さんは所有権を人に渡してしまったのですが、これを本人に戻す方法はあるのでしょうか?」

「あー……馬鹿だなぁ」


 深々としたため息とともにマリカは言った。


「端的ですね」

「つーかとんでもない目にあってんだけど! こんなふざけたルールは真っ先に注意するべきだったろ!」

「所有権を奪われるってそれ、完全敗北して生殺与奪の権を奪われてるってことじゃないですか。負けないように頑張ってとか言えばよかった? 死ぬも、奴隷になって生き長らえるもあなたの選択次第じゃないですか。そんなことまで知りませんよ」

「ぐぅ! 何もいい返せん!」

「あの。結果としては、私が奪い返したので最悪のケースは免れているんです。ただ、本人に所有権を戻そうにも戻せないという状況でして」

「へぇ、そんなこともあるんだねぇ。だったらやりようはあるっちゃあるんだけど……」

「マジ!?」

「めんどくさ」

「おい!?」

「……いけど知ってるからなぁ」


 面倒なら知らないふりでもすればいいところだが、マリカはそれなりに律儀な性格のようだった。

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