第31話 二宮諒太2

 子犬の姿をした式神、風牙が森の中にある道を歩いて行く。諒太と綾香はその後をついていった。

 風牙は、福良の匂いを覚えているので位置を探知できるのだ。


「どことなく自信なさげに見えるんだけど大丈夫か?」


 風牙の足取りがおぼつかない。そんな気がして諒太は訊いた。


「この森の匂いがやべーんだよ! それに紛れちまったらそんな簡単にいくかよ」

「でも、大体の方向ぐらいはわかるのよね?」

「それも怪しいところだな」

「どういうことだよ? こっちだって言ってたよな?」

「森の方から匂いがくるのは確かなんだがよ。いざ森の中に入っちまうとよくわかんなくなっちまったんだよ」

「単純な匂いを追ってるわけじゃねーんだよな?」

「ああ。俺が追ってるのは存在っつーか、魂そのものの匂いっつーか? けどこんな瘴気だらけだとさすがになぁ」

「この道? は瘴気を弾いてるんだよな?」

「そうみたいだな。ってどこ行くんだよ!」

 

 諒太はあえて道をそれてみた。この道の上に福良がいるとは限らない。森がどんな状態なのかを確認しておく必要があった。


「空気が淀んでるってわけでもねぇのか。有毒ガスなんかがあるようでもねぇし」

「その手の確認なら私にまかせてもらったほうがいいんじゃない?」


 隣りに綾香がやってきていた。


「ああ、人間じゃねぇんだったよな」

「といっても詳細に分析できるような機能はないんだけど……空気の組成としては地球と大差ないようね」

「ほとんどが窒素と酸素だっけか」

「後はアルゴン、二酸化炭素が少しってところね」


 では何が違うのか。

 諒太は霊体の気配を感じとっていた。人の身体を蝕もうとする何らかの気配。そんなものが漂っているように思えたのだ。

 その気配は道を離れるほどに濃くなっていく。霊体の類いが周囲一帯を広く覆っているような感覚で、確かにこの中から何者かの気配を探り当てるのは困難だろうと思われた。


「ただの人間だとやばいな、これ」


 明確な意思を持たない霊のようなものが身体にまとわりついてくる。それが成そうとしているのは一種の憑依なのだろう。人の身体の内へと侵入しようとしているのだ。


「二宮くんは大丈夫なの?」

「この程度ならな。小周天の応用でどうにでもなるんだが……あんたは大丈夫そうだな」

「そうね。悲しいことに人ではないということを証明しているかのよう」


 諒太は道へと戻った。


「なあ。この道はさ、瘴気を浄化してるんだろ? で、瘴気ってのは薄い霊体みたいなもんだ。で、お前が魂の匂いみたいなもんを嗅いでるとしてだな。この道はお嬢の気配も消しちまってんじゃねぇか?」

「あ!? いや、でも、普通の人間はこの瘴気の中で生きてられねぇと思うんだが」

「だとしてもここでわかんねぇとか言ってても仕方ねぇだろ」

「確かにそうか」


 風牙が道をそれた。


「どうだ?」

「……あっち……のような気がする」

「頼りねぇなぁ」

「仕方ねぇって言ってただろ!」


 とはいえ、諒太としては他に手掛かりがないので、風牙の鼻を頼るしかなかった。

 自信なさげな足取りの風牙についていく。

 進んで行くと、奇妙な場所が見えてきた。

 いきなり森が途絶えているのだ。木々が生えておらず、地面が石畳になっている。さすがにこれは怪しいと思い、諒太たちは足を止めた。


「どう思う?」


 諒太は綾香に聞いた。


「こんなものが自然にできるわけもないわよね。何者かが作ったんでしょうけど」


 諒太にも、一定の大きさに切り分けた石が規則正しく敷き詰められているようにしか見えなかった。


「お嬢の気配は? まさかここからしてるのか?」


 ここまで連れてきたのは風牙なので、一応聞いてみた。


「いや、わからん。こっちの方というぐらいしか」


 諒太は石畳とその周辺を観察した。

 森が途切れ、唐突に石畳になっている。森の中にいきなり四角い広場があるようなものだ。大きさは五十メートル四方ぐらいだろう。特に何があるわけでもなく、ただ石畳が広がっていた。


「まあ……匂いを辿った先だしなぁ」


 怪しくはあるが、無視もできなかった。ここからではよくわからないが、広場の中央付近に福良がやってきた痕跡があるかもしれないからだ。


「あ、おい! 待てって!」


 風牙が引き留めたが、諒太は無視して広場へ足を踏み入れた。

 瞬時に風景が一変した。

 何もない石畳の広場が、何も見えない暗闇へと変貌したのだ。


「だから! 待てっつったろうがよ!」


 足元から風牙の声が聞こえたが、真の闇のため姿は見えなかった。


「なんだこれ?」

「真っ暗ね。何も見えないわ」


 隣からは綾香の声が聞こえてきた。


「なんかほら、ロボットなら暗視機能みたいなのねぇの?」

「ナイトスコープのこと? あれは微量の光を増幅するものだから光がまったくないとどうしようもないし、私の機能はおおよそは人間に準じたものだからそんな機能は内蔵されてないんだけど」

「まいったな」

「まいったな、じゃねぇんだよ! もうちょっと考えろよ! 入る必要はなかっただろうが! さっきも考えなしに瘴気の中につっこむしよぉ!」

「そう言われてもこんなことになるとは思わないだろ。てか、お前らも入ったんだ」

「置いて行かれてもどうしようもねぇんだよ!」

「いきなり姿が消えたのに、放ってもおけないでしょ」

「でも困ったな。何もわからん」

「どうすんだよ!」

「ライト、いる?」


 さすがにこの状況はまずい。どうしたものかと考えていると綾香が聞いた。


「持ってるのか?」

「ただじゃないけどね」

「金取んのかよ。つーか、財布持ってねぇし」

「ツケでいいわよ? 帰ってから耳を揃えて返してもらうということで」

「わかったよ。いくらだ?」

「ハンディライトなら一万円」

「たけぇな、おい!」

「当然、足元は見てるけど?」

「仕方ねぇなぁ、それでいいよ」


 そうは言うものの諒太の懐が痛むわけでもない。最終的に、福良の護衛に必要な経費は極楽天家が持つはずだからだ。

 暗闇の中、綾香がハンディライトを手渡してきた。おそらくは五千円程度の代物だ。

 ライトを点けると、辺りの様子が見えた。

 石造りの通路のようだった。

 床は先ほど森で見た石畳と同様らしく、壁も天井も石で出来ていた。通路は直線的な作りになっていて、前後にまっすぐ延びている。


「……って! ライトないと見えないのはお前もだろうが!」

「ただで提供できないって制限があるから仕方がないわね。これからもごひいきに」

「で! どうすんだよ!」

「……とりあえず進むしかないよなぁ。ちなみにお嬢の気配は?」

「かけらもねぇな!」


 どうやら選択を間違えたようだった。

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