第30話 雪花月7

 森に一人でいるなど絶対に嫌だ。

 しかし、福良に自分の所有権を持たれている状態で一緒に居続けるのも不味いのではないかと月は思っていた。

 目の前にいないのなら関係ないが、すぐそばにいるなら命令を聞かねばならないからだ。

 今のところ、福良は善良そうな人間に思えるし、命令もしてこない。だが、全幅の信頼がおけるかといえば微妙なところではあった。

 たとえば、強力な魔物に襲われた時。無謀な特攻を命じられるかもしれないし、囮として置いていかれるかもしれないのだ。

 福良がそうしないという確信はいまのところは持てないし、どれだけ一緒にいて信頼関係ができていそうな状況になったとしても、いざとなれば切り捨てられるかもしれない。


 ――まあ、そういった諸々を考えたとしても、今の所はついていくのが最善だよなぁ。


 なんといっても福良は強い。それだけで当面一緒にいる理由としては十分だった。


「走るのは得意ですか?」


 森の出口あたりまで来たところで福良が聞いていた。


「あんまり」

「そうですか。全力で街まで駆けられるならそうしようかと思ったんですが」

「無理無理無理! 半分もいかずにバテるわ!」

「だったら慎重に歩いた方がましでしょうか。いざとなったら走るとして」

「いざがこないことを祈るよ」

「ですが、ちょっとはハッタリをきかせてみましょう。ひよちゃん」

「ぴよー!」

「は?」


 突然、巨大なひよこが目の前にあらわれ、月は呆然となった。転移後いろいろとあったが、ここまでわけがわからないと理解がまったく追いつかない。


「ああ。ひよちゃんは小さくなって頭の上に乗っていたのですよ」

「はぁ? いや驚いてんのはそこじゃなくて!? いや、それも驚くんだけど!」


 言われてみれば、頭の上に何かあったような気もしたが、それはてっきりアクセサリーか何かだと月は思っていた。


「……よくわからんけど異世界だしな!」


 無理矢理そう納得した。巨大ひよこがいることも、サイズが変化することも、異世界ならありえるのかもしれない。


「じゃあこいつに乗って一気に街までってことだな!」

「いえ。ひよちゃんは荷物の運搬しか手伝ってくれないので、乗ることはできません」

「戦ったりは?」

「それも契約外ですね」

「だったら役にたたねぇじゃん!」

「ですのでハッタリなのですよ。巨大ひよこがそばにいれば良からぬ輩も警戒して襲ってこないのではないでしょうか」

「まぁ、そうか。こいつが実際には何をするかなんて端から見てるぶんにはわかりゃしないか」

「もしかすればですが、私の所有物として月さんをひよちゃんに載せることはできるかもしれませんが」

「……それはいいや。そこまで自分を貶めたくはないし」


 ちょっと考えてしまったが、少しばかり楽をするために自分が物扱いされるのはさすがに嫌だった。

 

「ではいきますね」

「ぴよっ!」


 福良が歩き出すと、ひよちゃんも隣を歩き出した。

 月はその少し後ろについて行く。


「いまのところは大丈夫そうですね。様子を見ているだけのようです」


 荒野に点在する集落。

 何処からも視線らしきものは感じた。彼らは、常に荒野を行く者たちを虎視眈々と狙っているのだ。

 だが、彼らは決して無茶をしない。基本的には魔界から命からがら帰ってきた敗残者を狩っているのだ。余裕をもって堂々と街へ向かう者を獲物にはしないだろう。


「そりゃなぁ。こんなデブひよこと戦いたくはないよなぁ」

「ぴよよっ!」

「月さん、ひよちゃんが傷ついていますよ」

「え? そんなのわかるの?」

「いえ。なんとなくですが」

「ああ、いや、なんかしょげてんのは見たらわかるわ。ごめんな。強そうってことを言いたかっただけなんだよ」

「ぴよっ!」

「機嫌がよくなりました」

「それも見たらわかるわ」


 ひよちゃんの感情表現は実に素直だった。

 慎重に、周囲を警戒しながら歩いて行く。多少の時間はかかったが、何事もなく街の前まで辿り着くことができた。

 街は重厚な城壁に囲われていて、出入り口は門になっていた。


「常に門を閉じて警戒しているわけではないんですね」

「夜は閉めるみたいだけどね」


 このあたり一帯は封輪と呼ばれる地帯らしい。内側の禁地を封じるための場所であり、人以外が生存できないとのことだった。

 つまり、ここに魔物がやってくるわけがなく、やってきたのであれば封印がなくなったことになる。その場合、世界が終わるような事態になっているのであり、そんな状況を想定して警戒する必要がないのだろう。


「ぴよっ!」


 月が街に入ろうとしたところで、ひよちゃんが鳴いた。


「どうされました?」

「ぴよぴよぴよ!」

「……なるほど? ここまでということですか?」

「ぴよ!」

「え? どういうこと?」

「ずっとついてきてもらえるわけではないようです」


 ひよちゃんは駄獣の鈴によってやってきたが、強制的に従えるといった力はないとのことだった。あくまで駄獣側の親切によって荷運びをしてくれているだけらしい。


「ぴよ!」


 ひよちゃんが大きく翼を広げると、袋が地面に落ちた。

 そして、足で袋を福良へと差し出してきた。


「この袋を貸してくれるんですか?」

「ぴよっ!」


 月は袋を拾い上げた。大して物が入っているようには思えないが、予想外の重さだった。口を開けて中を見てみると、お膳が入っているがこれも妙な状態だった。外見からはこれほど大きい物が入っているようには見えないのだ。


「ははぁ。あれか。大きな袋とかそーゆーやつか」


 ゲームでよくある大量にアイテムを保持するための仕組みだ。ただしこの袋は何でも軽々と運べるわけではないらしく、重量はそのままのようだった。


「これは私が持っとくよ。荷運びぐらいしかできることはないしね」


 殊勝な物言いだが、実際のところはいざとなれば持ち逃げできると考えてのことだ。月は袋を背負った。人が持ち運ぶことも考えてあるのか、両肩かけをすることができた。


「ぴよぴよー!」


 一声鳴いて、ひよちゃんは飛んでいった。


「……ひよこだよな? あれ?」

「見た目はそうですが、そもそも大きいですから普通のひよこではないんでしょう」

「ま、気にしても仕方ないか。まずは街に入ろうぜ!」


 ここは街の外であり、まだ安全とはいえない。月はそそくさと街へ足を踏み入れた。

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