第27話 極楽天福良13

 紐の両端に重りを付けた狩猟具。ボーラ、日本では分銅鎖などと呼ばれていて、主に投擲して拘束するのに用いる。

 絡まってしまえばそう簡単には逃れられないが、福良はこの程度の使い手なら問題ないと思っていた。

 紐が身体に触れるぐらいはしたものの絡まることなく足元に落ち、あるいは反対側へとすっ飛んでいったのだ。

 男たちが、剣や槌といった武器を構えた。ボーラは品切れらしい。

 福良はポケットから大量の石を取り出した。

 両手に持ち、胸の前で腕を交差させる。勢いよくその場で回転し、一気に両腕を広げ、礫を解き放った。

 壇ノ浦流弓術、雨燕あまつばめ

 無作為に周囲に礫を放つ牽制技だ。当然のように命中率は低いし、そもそも敵を狙いすらしない技だが、放たれた礫は三人に命中した。

 二人の頭部が爆裂し、一人は顔を押さえている。さすがに毎回クリティカルとはいかないようだ。

 その気になれば、全弾命中させることも可能だったかもしれないが、先ほど回避に運を使ったばかりだし、運の消費が激しくなってしまう。それに全員を一気に爆殺してしまってもまずいのだ。

 武器を構えはしたものの、呆然としている男が二人。そのうちの一人は、月の所有権を持っているひげ面の男だ。彼をいきなり殺してしまっては面倒なことになってしまう。

 福良はポケットから拳大の石を取り出し、放った。

 壇ノ浦流弓術、明鴉あけがらす

 手頃な大きさの石を真っ直ぐ投げるだけの技であり、迦楼羅ほど気合いを入れない普段使いの技だ。壇ノ浦流弓術の基本とも言える技だが、だからといって威力に乏しいわけではない。福良の明鴉は標準的な人の頭蓋を破壊し、殺傷せしめるのだけの威力を有しているのだ。

 拳大の石が男の頭部に命中する。男は倒れ、動かなくなった。残りは一人。目当ての、月の所有権を持っているらしき男だ。

 福良は足元に落ちているボーラを拾い上げた。

 あっという間に一人になった男は戸惑っていた。

 福良はこの五人の男たちよりも強く、彼らは五人がかりでも福良には勝てない。福良はこの短いやりとりでそう認識したし、彼らもそう理解したことだろう。

 福良はボーラを頭上で回し、投げつけた。ボーラはひげ面の男の足元に絡みつき、男は尻餅をついた。

 福良はスマートフォンで動体を確認する。少なくとも、半径10メートル以内に動く何者かはいなかった。

 ただ、集落の大きさから予想すれば、五人しか住んでいないわけもないだろう。手をこまねいていては仲間がやってくるかもしれない。できるだけ速やかに事を済ませる必要がある。


「さて。交渉しましょう。といいますか、言葉は通じるのでしょうか?」


 見たところ顔つきが日本人とはかけ離れているので、福良は少し不安になった。

 何か喋っていた気もするが、意味不明の叫びだった気もするし確信が持てなかったのだ。


「言葉が通じるのでしたら、武器を手放してもらえませんか?」

「そりゃ無理ってもんだろ? 交渉にもならねぇよ」


 彼の理屈はよくわからなかったが、話が通じることはわかった。福良はポケットから大きめの石を取り出した。何かしてくるようであれば、反撃するだけのことだ。


「先ほど攫ってきた女の子、雪花月さんですが、所有権をあなたが持っているとのこと。彼女に返してもらいたいのですが」

「……無理な話だな。返そうにも誰に返すってんだ?」


 福良はなんとなく理解した。

 月の所有権を月に返そうにも、月自身には権利を受け取る主体が存在しないということなのだろう。


「ですがそうなると、自分の所有権を捨てるというそもそもの最初が詐欺のような話に思えるのですが?」

「俺に言われても知らねぇよ。誓約の天秤がそれを許してるんだからよ」

「では、とりあえず私に譲ってください」

「タダでかよ?」

「あなたを殺したら所有権がうやむやになったりしないでしょうか? 私はそれでもいいんですが」


 福良はこれみよがしに石を持った手を振りかぶった。


「よくねぇよ! ちゃんと交渉しろ!」


 背後から、月の声が聞こえてきた。


「わかったよ。雪花月をあんたに譲る。これでいいか?」

「どうなんでしょう? 月さん、何かわかりますか?」


 福良は背後の建物に隠れている月に呼びかけた。


「よくわかんないけど?」

「じゃあ、逆立ちしながらこっちきてください」

「ちょっ! おまっ! そんなんできねぇし!」


 月が、逆立ちしようとしてひっくり返っていた。


「普通にきてください」

「ふざけんなよ! お前!」


 土で制服を汚した月が、苛立ちながら福良の側にやってきた。


「私の命令を聞いちゃうということで、所有権移転の証明はできたでしょうか?」

「もっと穏当な確かめ方あんだろ!」

「では、そちらの方。あなたの所有権を捨ててもらえますか?」


 あえて殺すつもりもないが、放っておいて付け狙われても困る。そう思った福良は男に命じた。


「はっ! 死んだほうがましだな!」


 そう言って男は、自らの首に剣をあてがった。武器を手放さなかったのはこのためらしい。

 武装解除させ、痛めつけて所有権を捨てさせる。できなくはないだろうが、そんなことをしている暇はなさそうだった。


「……なるほど。所有権を捨てるというのは、死んだ方がましぐらいのことのようですよ?」

「そんなこと今さら言われてもな!」

「この人の命はどうでもいいですし、とりあえずここからは脱出しましょうか。できれば見逃してもらいたいんですが?」


 襲ってきたなら対応するまでだが、言葉一つで手間を減らせるならありがたい。福良はその程度のつもりで男に告げた。


「無駄に犠牲を出すつもりもねぇよ」


 福良は、男の目に諦念を見た。

 少なくとも、この男が率先して襲ってくることはなさそうだった。

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