第26話 雪花月5
「あー、その……聞くこっちゃないってのは重々承知してるし私の立場で何言ってんだとは思われるかもしれないけどさ……これ、平気なの?」
月が指さす先には派手に血をぶちまけた首なし死体が倒れていた。
ブラッディパーティの名に恥じない有様と言えるだろう。
「私は古流の武術をやっているんですよ。そこで動物を殺す訓練はしていましたので」
「古流ってそんなんすんの!?」
「もちろん人を殺したのは……はじめてのはずですが?」
「はずって、おい!?」
福良が可愛らしく小首を傾げている。虫も殺せないような顔で言われると妙な不気味さがあった。
「死んでもいいと思って攻撃して、生きてはいるようでしたが後に死んだかもしれない、というケースはあったような気がしますので、それは該当するのか? で少し考えました。ところで月さんはどうなのでしょう? あまり動じておられないようですが」
「ま、まあね。私は普段からグロ動画とか漁ってるから、これぐらいは……って臭いやばいけどな!」
現実に目の前にある惨殺死体は血と糞尿が混じり合ったようなひどい臭いを発していた。
「しかし、ブラッディパーティ発生のたびにこうなるのはちょっと面倒ですね」
「ちなみにさ。クリティカルってどれぐらいで出るもんなの?」
「取得してからは毎回出てますが、まさか100%ということはないと思います」
「だよね。毎回出るならそんな仕様必要ないもんな」
「シャノンさん。クリティカルの仕様はわかりますか?」
『はい。基本仕様は発生確率1%。敵の防御力を無視する効果となります。ただ例外はありまして、スキル、武具によって発生率は増減するようです。ちなみにファンブルの仕様も存在していますが、通常攻撃での発生率は0%ですので、普段は意識しなくともよいでしょう』
「では、ブラッディパーティで発生率が上昇しているわけではないのですか?」
『はい、ブラッディーパーティはクリティカルが発生した際の付加効果ですので、発生率には影響しません』
「って、それなに !?」
福良がスマートフォンと会話している。あまりに自然だったので最初こそはなんとも思わなかったが、よくよく考えるとおかしいことに気づいた。月のスマートフォンにそんな機能はないからだ。
「パーソナルアシスタントですね」
「Siriみたいなやつだよね? 私のにもあんの?」
「インストールする必要があるらしいですが、時間がかかるかもしれませんし、その話は後にしましょうか」
「だよね。今そんなことやってる場合じゃないよね……ってここ歩いて出てくの?」
月は血まみれの入り口周辺を見つめた。
「やめておいたほうがよさそうですね。後々面倒ですし」
血だまりを通れば足跡が残るだろうし、血の臭いが獣を呼び寄せるかもしれない。気持ち悪いだけの問題ではないのだ。
福良は入り口とは反対側の壁へと歩いて行った。
そして、またもや右足を上げ、足裏を壁に押し付ける。
ドン!
強烈な破壊音と共に壁が吹き飛び、粉砕された。
「こちらから出ましょう」
「さっきもやってたけどなんなんそれ? 発勁ってやつ?」
「発勁もできなくはないですが、これはこの靴の力ですね」
「……同じタイミングでここに来たのに、どんだけ差があんだよ……」
最初から美少女で、古武術を使えて、スキルをたくさん持っていて、便利なアイテムまで持っている。
月がこの世界に来てからやったことを考えるとやるせなくなってきた。
福良が開いた穴から小屋を出て行く。月は当然のようにその背後についていった。
「一応聞いておきますが、この集落の構造や配置、人員構成などはご存じではないですよね?」
「ご存じではないですねぇ。捕まっていきなり小屋に放り込まれたから」
それでも注意深く周囲を観察していればわかることはあったかもしれないが、捕まった月にそんな余裕などなかったのだ。
そのため、集落内部の様子は月にとって初見のようなものだった。
似たり寄ったりの掘っ立て小屋が無秩序に建てられている。どうみても文化的な生活が営まれているとは思えず、これから何をされるかはおいておくとしても、現代人である月がまともに暮らせそうにはなかった。
「ですがさほど問題はないでしょうか。どうやら向こうからやってきたようですし」
「だよね。こんだけ大騒ぎしててほっとかれないよね!」
掘っ立て小屋から、建物の隙間から、男たちがあらわれた。
「この中に、月さんの所有権を持っている方はいますか?」
「あいつ! ちょっと背が高くて、髭も長いやつ!」
月は男たちの一人を指さした。腹を蹴られたり、抑えつけられたりは複数人にやられたが、最終的に所有権を得たのはその男のはずだった。
「なるほど。月さんはとりあえずさっきの小屋に戻ってもらえますか? 私、誰かを守りながら戦える達人ではありませんので」
「お、おう!」
「それと。操られて襲ってきたら反撃しますのでそのあたりはご注意を」
「う、うん!」
所有権の問題があるので、もしかしたら命令されれば逆らえないのかもしれない。
もしそうなら注意しようなどないのだが、対策としてはできるだけ離れておくぐらいしかないだろう。
月は慌てて捕らえられていた小屋へと戻り、壊れた壁から覗き込むように福良を見つめた。
「なんだぁ?」
「仲間が助けにきたのか? そんな奴らには見えなかったが」
「女が一人かよ。ご褒美じゃねーか」
五人の男たちが、福良を取り囲んだ。一定の距離を保って、石の付いた紐を振り回し始める。
月が襲われたのもその武器だった。紐が足に絡み、転けてしまったところを捕らえられたのだ。
大したことがない武器のようにも思えるが、大勢で一斉に投げつけられては避けようがないし、紐が全身に絡めば身動きがとれなくなる。そうなれば生殺与奪は思うがままだろう。
――あー……結局こうなんのか……。
なんとなく助かるのではないかと思っていた月は、その光景に絶望した。
多勢に無勢。たかが女子高生に打開できる状況とは思えなかったのだ。
そして捕らわれるにしても、二人の方がまだましなのではなどと身勝手なことを思いはじめた。
男たちが、一斉に石紐を投げつけた。いつもやっていることなのか、実に手慣れている。
福良は動かなかった。避けようともしなかったのは、反応できなかったからか、それとも諦めたからか。
しかし、その後に現れた光景は月の予想外のものだった。
同時に放たれた石紐が、福良には絡みつかずに素通りするかのように飛んでいったのだ。
それは福良の足元に落ち、または反対側の男に絡みついた。
「な!」
男たちが驚いている。
「私、昔から飛び道具に当たりにくいんですよ」
福良は、わけのわからないことを当然のように言い放った。
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