第23話 雪花月4
初めてのクエストは野草採集だった。
最初、異世界転移モノでありがちな薬草採集かと月は思ったが、本当にただ森に生えている野草を採ってくるだけの仕事だ。
一番簡単ではあるが、重要な仕事でもあった。
月たちのいる封輪と呼ばれる土地。ここは荒野であり、植物の類いが一切育たないのだ。そのため、食料を得るには魔界へ行くしかない。ちなみに家畜もここでは生きることができなかった。封輪は、人のみが生きることを許された呪われた地でもあるのだ。
初めてのクエストは難なく成功した。魔物にも他の冒険者にも遭遇せず、野草の群生地から採ってくることができたのだ。
クエストの報酬と、初回の準備金を合わせてどうにか、集会所に併設されている宿屋に泊まることができたが、問題は翌日からだった。
野草採集の報酬だけでは、もう宿屋には泊まれないのだ。
異世界転移二日目。月たちは肉を獲ることになった。野草よりは報酬がいいし、弱い野生動物ならなんとかなるかと思ったのだ。
しかし、狩りはうまく行かなかった。謎のスマートフォンでステータスが強化されているとはいえ所詮は素人。いきなり狩りなどできるわけもない。
そして、疲れ果てて何の成果もなしに帰ってきたところで襲われた。
魔界の入り口近くに集落を構えている連中はこれを狙っているのだろう。準備万端で警戒している相手を彼らは襲わない。魔界から逃げ帰ってきた敗残者を狩っているのだ。
そういった経緯で、月は捕らわれていた。
ロープで縛られはしたが、このボロ小屋につれてこられたところで縛めは解かれている。ボロく狭い小屋には、小汚いテーブルや、今にも壊れそうな椅子があり、月は一人きりだ。
とりあえず落ち着きはしたが、先のことを考えれば不安しかない。
「……えーと……これは……無茶苦茶まずい状況なのでは……」
異世界の荒くれ者に捕らわれてしまったのだ。ただで済むわけはなく、想像すらしたくないような目にあわされるのかもしれなかった。
「くそっ! こんなことなら美少女なんかになるんじゃなかった!」
元の姿の月なら目もくれられなかったことだろう。だが、その場合はあっさり殺されていたかもしれないので、間違えたとも言い難かった。
「どうにか逃げ出さないと……」
ドアの隙間から外を見ると、人影があった。月のような雑魚相手でも最低限の見張りはつけているようだ。出口はドアの他にはない。小屋自体はボロいので壊せば出られそうな気もするが、さすがに気づかれるだろう。そうなると、戦闘能力のない月ではどうしようもなかった。
「あー。よくあるのはトイレから……ないな。まああっても糞尿まみれで脱出なんてしたくないけど」
命がかかっている状況であっても、トイレに潜り込むなどできそうにはなかった。
「ん!?」
かすかな音が聞こえ、月は音の出所へ目をやった。
天井付近にある隙間、届きそうもないので無意識に出口とは認識していなかった場所に何かがいる。それはあっさりと室内へと着地した。
「え? いや、その、どういうこと?」
突然に九法宮学園の女子制服を着た少女がやってきた。
もちろんその事にも驚いているのだが、月の驚愕の半分以上は少女の見た目についてのものだった。
あまりにも美しすぎて、同じ人間とは思えなかったのだ。ある意味、バケモノがやってきたようなものだった。
「連れていかれるのを見かけたので、様子を伺いに来たのですが」
「助けてくれるってこと?」
「さて。助けられるかどうかはまだわかりませんが、状況は知りたいところですね。制服からするとあなたも九法宮学園の新入生のようですが、やはり入学式直後にここへ?」
落ちついた声音だった。荒くれ者の集落に侵入していることなどまるで気にしていないようだ。
月は、今に至る経緯を簡単に説明した。
「なるほど。他にも新入生がいるわけですね」
「あー、名前ぐらいは知っとかない? 私は雪花月。月って書いてルナね」
「私は極楽天福良です。ふくらすずめのふくらですね」
奇妙な名前だとは思ったが、自分もまともとは言い難いので言及は避けた。
「でさ。福良も美貌に極振りしたわけ?」
福良は月以上に得たボーナスを全て美貌に注ぎ込んだはずだ。そうでなければありえないビジュアルだと月は考えた。
「いえ? 運に全てを注ぎ込みましたが」
「素でそのビジュアルって世の中不公平すぎんだろ!」
「見た目がよくてもどうでもよくないですか? 私には見えないんですから」
特に否定しないのは、彼女にとっては容姿が優れていることも、褒められることも当たり前のことだからなのだろう。
「鏡とかあるじゃん」
「四六時中確認したりはしませんが」
自分なら、ずっと見ているだろうと、ナルシストになるだろうと月は思った。
「でもさ! 美人な方が得でしょ! ちやほやされたりさぁ!」
「私の場合、実家がお金持ちなので、ブサイクだったとしてもちやほやされると思います」
「不公平にもほどがあんだろ!」
「世の中そんなもの。というのが私の意見なのですが、大騒ぎしていて大丈夫ですか?」
「あぁ! そうだった!」
月は囚われの身であり、金持ちで美人の同級生が不公平だと言っている場合ではなかった。
「でもまぁ、大丈夫そう?」
月の大声は見張りの男に聞こえているはずだが、中に入ってくる様子はなかった。
「出入りを見張れとだけ言われてるのかもしれませんね」
「で、助けにきてくれたわけでしょ、どうすんの?」
「そうですね。私が入ってきたところから出ていくというのが比較的安全なプランかと」
「あー、それなんだけどね? 実は私の所有権? とかいうのを渡しちゃっててさ……」
脅され、名前を教え、所有権を放棄すると宣言し、薄汚い男が月を拾ったと言った。そこにあったのは言葉のやりとりだけであり、具体的な何かがあったわけではない。だが、何かひどくまずいことをしてしまったという自覚と、ここから出ていくことができないという感覚があった。
もちろん逃げだしたいとは思っている。だが、この小屋を出るぐらいはできても、集落から勝手に離れてはいけないという強迫観念のようなものがあるのだ。
「でしたら警察のようなところに相談したほうがいいのでしょうか? 拉致監禁されているわけですし」
「あー、そーゆーのないらしいんだよね。このあたりは世紀末もかくやっていう無法地帯らしくって」
月は、中央聖教のマリカから聞いた、このあたりの事情について説明した。
「では、仲間の方を呼んできますか? はぐれた月さんを心配しているかもしれませんし」
「それは100%ないと思う。あいつらわざわざ、私を転かしておいてったんだから。囮にして自分らだけ逃げたかったんだよ」
「なるほど……そうなると、私にできる事とは?」
「えーと……荒くれ者の集落の中から私の所有権を持っている人を探し出して、交渉して取り返すか奪い返す? 私は逆らえないから、福良が一人で……みたいな?」
「無理じゃないですか?」
「ですよねー!?」
言いながら月は、無理難題であることをひしひしと感じていた。
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