第20話 極楽天福良10

 福良はふわふわしたものの上で目覚め、すぐに状況を思いだした。

 なんだかよくわからない異世界らしきところに来てしまい、巨大なひよこの上で眠っていたのだ。


「目覚まし時計でもセットしておけばよかったですね」

『おはようございます。現在時刻は午前十一時です』


 ポケットに入れているスマートフォンから声が聞こえてきた。

 当然あたりは明るく、太陽は天頂に達する少し前だった。時刻は元の世界と同じ、二十四時間制で考えてよさそうだ。


「何か来たりはしませんでしたか?」

『まったく来ませんでした。ただ、これは運がよかっただけなのではないでしょうか?』

「運には自信がありますから大丈夫ですよ。そういえば動体感知の性能はどのようなものなのでしょうか?」

『動体感知の性能はステータスの感覚を参照しています。福良様の感覚値は1ですので、半径10メートル以内の動体を感知できます』

「なるほど。そう聞くともう少し増やしてもよかった気がしますね。10あれば半径100メートル以内のことが把握できるのでしょう?」

『その通りです。感覚は、探索系スキルの参照ステータスに用いられることが多いですので、周辺状況を察知する上では多大なメリットがあります』

「ちなみに動体とはどのようなものを指すのでしょうか? たとえばそのあたりには微生物などもいると思うのですが、そういったものには反応しないのですよね?」


 するのならアラートは鳴りっぱなしでろくに眠れなかったはずだ。


『マニュアルには詳細な仕様は載っておりませんね。推測ですが、一定の大きさがないと反応しないのではないでしょうか』

「フェアリーには反応しましたから、あれぐらいが最小でしょうか。他にはゆっくり動く物体を感知できるのかが気になるところですが」

『具体的な説明はありませんので詳細は不明です』

「では、少し試してみましょう」


 福良は巨大ひよこ、ひよちゃんの背から飛び降りた。

 ポケットからスマートフォンを取り出し、地図アプリを起動する。


「例えばひよちゃんは眠っていて、寝息を立てているので動いていると思うのですが、感知できていますか?」

『反応はありません』

「ひよちゃーん。朝ですよー!」

「ぴよっ!」


 ひよちゃんが慌てて顔を上げた。


『これでも反応はありませんね』


 身動ぎする程度では、動いたことにはならないようだった。


「おはようございます。少しこちらに来ていただけますか?」

「ぴよ?」


 ひよちゃんがのたのたと近づいてきた。


『反応がありました』


 福良も、地図に赤い点が表示されるのを確認した。


「ある程度は動かないと反応しないようですね」


 ひよちゃんが動きだしてから、地図に表示されるまでに若干の間があったのだ。

 福良はひよちゃんから少し距離をとった。


「ひよちゃん。ものすごーくゆっくりこっちに来てもらえますか?」

「ぴよよ?」


 ひよちゃんが首をかしげる。だが、疑問に思いつつも福良の指示には従ってくれた。

 ひよちゃんが慎重に、そろりと歩き出す。

 地図に反応はなかった。


「ある程度の速度があるものを動体として感知しているようですね」


 つまり、動体感知を過信はできないということだった。出し抜こうと思えばいくらでもやりようはあることだろう。


「とはいえ、仕様を知った上で使う分には便利ですね。感覚値の値というのはレベルが上がると増えるのでしょうか?」

『いいえ。基本的にステータス値は初期状態から変動しません』

「そうなんですか?」


 意外に思った福良は聞き返した。


『アイテムやスキルによる補正はあるのですが、ベースとなる数値はそのままです』

「まあ仕方がないですね」


 変動しないのなら、ステータスに関してはこういうものだと考えるしかないだろう。


「ひよちゃん。お膳を出してもらえますか?」

「ぴよ!」


 ひよちゃんが翼を広げると、どこからともなくお膳が落ちてきた。荷物の扱いが雑なので壊れ物の収納は考える必要がありそうだ。

 福良はお膳を道の上において、その前で正座した。そして、柏手を打つ。これが食事を呼びだす儀式だった。

 次の瞬間、お膳の上には食事が用意されていた。どう出てきたのかはまるでわからない。一瞬にして全てが用意されているのだ。

 出てきたのは和食だった。ご飯、味噌汁、豆腐、焼き魚、漬物、お茶といったところで不足はない。


「いただきます」


 食事をはじめると、ひよちゃんも豆を取り出して食べ始めた。


「ごちそうさまでした」


 食事を終えて再度柏手を打つと、食器類は跡形もなく消え去った。

 お膳はひよちゃんに収納してもらい、ふと問題点に気づいた。


「あらためてみると大きいですね」


 ひよちゃんはとにかく目立つ。連れ歩いていては隠密行動などとてもできないだろう。


「一度帰ってもらったほうが? いえ、駄獣の鈴で毎回同じ方がくるとも限らないのでしょうか?」

「ぴよよー!」


 ひよちゃんが鳴き、瞬く間にその姿が消えた。


「これは……姿を消しておけるのでしょうか?」

「ぴよ!」


 足元から小さな鳴き声が聞こえてきた。


「……普通のひよこですね……」


 そこには掌に乗るサイズのひよこがいた。

 いきなり小さくなるなどどう考えてもおかしいのだが、そもそも巨大なひよこという存在がおかしいので深く考えても仕方がないのかもしれない。

 ひよちゃんが気を利かせてくれたようだが、どうやって連れて行くべきか。

 福良が考えていると、ひよちゃんは飛び上がり福良の頭上に着地した。


「じゃあそこでお願いしますね」

「ぴよ」

「さて。これからどうしましょうか」


 スマートフォンの地図を見て、現在地を確認する。

 ここは森の中にある道の上で、謎の店のイベントがはじまった地点だ。Y字路を左に進んだ先ということになる。

 現状、道を逸れるのは危険だろうし、選択肢としては、このまま進むか、Y字路まで戻って右側に進むかということになる。


「人がいるかもしれませんし、戻りましょうか」


 福良は、Y字路右側の先に明りがあったことを思い出した。人がいるかはわからないが、そこには何かしらあるのだろう。


「おや?」


 振り向くと、何者かがY字路を右へ進んで行くのが見えた。

 はっきりとはわからなかったが、三、四人が通過するのが見えたのだ。

 福良は早歩きで追うことにした。

 何者なのか興味はあるが、駆け寄ったり、大声で呼びかけるのは危険だろう。接触するかは様子を見てからだ。

 福良は周囲の環境に気をつけつつ、足早にY字路まで戻った。

 右の道の先に四人の姿があった。彼らも急いでいるのか、距離が縮まっていない。距離があるためやはり正体はわからなかったが、その後ろ姿には見覚えがあった。彼らは九法宮学園の制服を着ているようなのだ。服装から判断すれば、男子一人と女子三人らしい。


「これは、話を聞いたほうがよさそうですね」


 もしかすれば、福良と同じ境遇の者たちかもしれない。

 福良が少し急ごうとしたところで、彼らの姿が消えた。どうやら森から出て道を逸れたらしい。道の先は森の出口のようだった。道の先で木々が途切れ、平地になっているようなのだ。

 そのまま進むと、道の終わりにはポールが立てられていた。道を挟んで二本。日中なのでわかりづらいが、先端が輝いている。どうやら道に埋め込まれている灯と同じものらしく、昨夜見た明りはこれのようだ。

 福良はポールの陰から森の外を見た。

 荒野だった。

 所々に壁で囲まれた集落らしき建物群があり、遠くには巨大な塔が見えている。


「ふざけんな! この状況で見捨てるとかありえねーだろ!」


 森から少し離れたところで、倒れた少女が汚らしい格好の男たちに囲まれていた。

 他の三人は、全速力で塔へと向かっている。

 どうやら、彼女は置いていかれたらしい。

 男たちは少女を縄で縛り、近くの集落へ運んでいった。


「とりあえず様子を見にいってみましょうか」


 自分の安全だけを考えるなら逃げていった方に話を聞いたほうがいいだろう。

 とはいえ、目の前で攫われた人を放っておくのも寝覚めが悪いというものだ。

 福良は、連れて行かれた少女の様子を見にいくことにした。

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