第18話 雪花月2
「私にはあんたら異世界人の面倒を見る義務なんてないわけですよ。ほっときゃ死ぬわけですし、関わったってメリットないんですから、普通は相手なんかしません。それでも最低限どうにかしてあげようって思うのは、私らが博愛を掲げてるからですわ。ですがまぁ、出ていきたいなら止めはしませんのでお好きにどうぞ」
マリカがさも面倒そうに言うと、一人の男子が立ち上がった。
「そうさせてもらうわ。奴隷? 環状大陸? うさんくさいにもほどがあんだよ。だいたいお前を信頼できる根拠がどこにあるってんだ」
そう言い放ち、男子が出て行く。同じ様なことを思っていたのか、男子二人と女子一人も後に続いた。
たいしたものだと月は感心した。
こんな状況だというのに雰囲気に飲まれず、我を通そうというのだ。よほど自分の考えや判断に自信があるのだろう。月は、うさんくさいとか心の中では文句を言いながらも、この場を立ち去るほどの勇気など湧いてこない。
ただ、感心はしつつも、出て行った者たちを馬鹿だとも思っていた。
売り言葉に買い言葉。ただ意固地になっているだけだ。
うさんくさいし、信じられないかもしれないが、ただ出て行って何ができるというのか。信用するかはもっと情報を集めてからでも遅くはないはずだ。
――まぁ……ここに居続けるのがリスクになる。って可能性もあるのかもしれないけど……。
ここでぼんやりと話を聞いている間に、やっておかねばならないことがあるのかもしれない。出て行くのが必ずしも愚かな選択とは限らないだろう。
とはいえ、無策で出て行く気にはなれない月は、このまま話を聞いておこうと考えた。
月は隣を見た。同じように考えたのか、残っているのは、男子一人と、月を含めた女子が三人。自己紹介すらしていない状況だというのに、十人いた同級生は四人になっていた。
――っていうか……これって、あいつのハーレムになってないか? 私もハーレムの一員? うわぁ……って、それはないか。
月は、自分の容姿が平均以下であることを自覚していた。その他大勢のどうでもいい人間であり、脇役にすらなれないことは身に染みている。自分が異性に選ばれることなどないと端から諦めているのだ。
――だいたいルナってなんだよ。名字が雪花で月ってつけてる時点で安直すぎるけど、それはいいとして、そこからひねろうとすんな。それにルナって顔じゃねぇのは生まれてすぐにわかっただろうが。
正直、名乗る度に、え? あなたが? ルナですか? という顔をされるのは辛いのだが、この程度の奇抜さでは改名できるかは微妙なところだ。
「あんたらは出ていかないの? 出てってくれるなら説明しなくていいんで楽なんだけど」
「いえ。俺は話を聞きたいと思っています」
この場で1人だけの男子が言う。
大した特徴の無い平凡な男子高校生だ。容姿に不快感がないことが取り柄といったところだろう。
「そうですね。まずは話を聞かないと何も判断できません」
こちらは眼鏡をかけている理知的な風貌の女子だ。きっと月とは違って、楽々と九法宮学園に合格したタイプだろう。
「はーい。聞いとかないと何にもわかりませーん」
もう一人の女子は、いかにも脳天気といった様子だった。スタイルの違いなのか、着こなしのせいなのか、月と同じ制服を着ているとは思えないぐらいに華やかに見えた。
「……同じく」
月はぼそりとつぶやいた。
――つーか、男子は主人公顔っぽいといえなくもないし、女子もまあ普通レベルではあるけど……これがアニメならぱっとしねぇメンバーだよな。誰がこいつらのラブコメをみたいんだよ。
月は自分のことは棚に上げ、勝手に同級生を品評していた。
「世界についてはもうちょっと話せることもあるんですけど、関係ないっちゃ関係ないんで、具体的に何が危険かを話しますね」
マリカは新たな用紙を配布した。
「それはこのあたりの雰囲気図です」
「雰囲気図」
耳慣れない言葉に、月は思わず繰り返してしまった。
「地図というほど詳細じゃなくて、単純な位置関係を図示したものだね。オリエリア大陸の北西を現したものだと思って。まず真ん中。塔の絵があるね。そこが現在位置です」
長方形の用紙の中心に、記号化した塔が描かれていた。
「塔を中心に壁で囲まれた百メートル四方の空間。ここがこのあたりで唯一の安全地帯です。このあたりにやってきちゃった時点で運が悪いとはいえるんですが……その中でもあなたたちはましな部類ではあるでしょう。じゃあ次は塔の左右を見てください。線が縦に引かれていますね。塔のあるこのエリアが封輪です」
封輪は縦に細長く、用紙の上から下までのびていた。
「輪といっているように、この細いエリアは環状大陸を一周しています。これは封印の一部でして、人間以外の生存を許さない呪いで満ちています。植物は一切生えていませんし、動物もいません。つまり、食べ物がありません。危険その一です」
「街なら食べ物ぐらいないんですかぁ?」
脳天気女子が聞いた。
「はぁ……」
マリカはこれみよがしなため息をついた。
「ありますよ? ありますけど、あなたたちはどうやって入手するつもりなんですか? 当然ただじゃないですよ?」
「教会なら、食料を振る舞ったりはしないんですか?」
理知的な女子が訊いた。
「どこの世界の話ですか、それは。博愛主義を掲げてるとはいえ、そんなただでほいほい施せるわけがないでしょうが。まあ、そこは働くなりなんなりすればいいんじゃないですか。仕事の斡旋ぐらいはしてあげますから」
仕事と聞いて月はげんなりしていた。
バイトすらするつもりはなかったし、なんなら働かずに一生親に養ってもらおうとすら思っていたぐらいだ。
「働かざる者喰うべからず、ですよ。こんな言葉はそっちにもあったんじゃないですか? まあ仕事はどうにかしていただくとして危険その二、黒壁です」
マリカは、封輪の左側を指さした。そこは上から下まで黒く塗りつぶされていた。
「そのまんまなんですが、ここから西側に黒い壁があります。実際は壁じゃなくて、光を通さない空間って感じだけど、入って戻ってきた人はほとんどいないのでそっちに行くのはやめときましょう。この黒壁も環状大陸を一周してるそうです」
次にマリカは、用紙の上部を指した。
塔の少し上に、水平に線が引かれていた。
「危険その三、海です。北大陸と、オリエリア大陸の間なので海峡だね。こっちに行くのもおすすめしません。常時激流なので、行っても何もできないし。で、封輪の右側。魔界です」
封輪の右側は斜線で示されていた。黒壁、海、封輪、魔界。このあたりにはそのようなもので構成されているらしい。
「魔界には魔物が棲息してますし、普通の人間が入ったら瘴気で即死します。危険その四ですね」
「……どうしようもないのでは?」
これではどこにも行くことができない。月はぼそりとつぶやいた。
「でしょうね。好き好んでこんなとこにやってくる人はほぼいませんし」
「すみません。さきほどこのあたりは無法地帯とおっしゃいましたが、逆に法治されている場所もあるのですか?」
理知的な女子が聞いた。
「ありますよ。このあたりにいても何もないし、危ないだけなので安全を求めるのであれば、そちらを目指すべきでしょうね。ここから東、魔界を抜けた先にある国、マテウがもっとも近い国です」
「いやいやいやいや。さっき瘴気で死ぬって言ってたやん!」
月は思わずツッコんでいた。
入れば死ぬというのに、どうやって魔界を通って行けというのか。
「それは大丈夫。瘴気を中和する道があるから。そこを通っていけば……ごめん。それで帰れるぐらいなら、渋々ここで暮らしてる人たちなんていないわ!」
マリカはごまかすように笑った。
「じゃあそれに関連して危険その五。人間です。全員ってわけじゃないけど危ない人が多いので気を付けてね。このあたりにいる人を簡単に分類しておくと、教会関係者、冒険者、犯罪者といったところですね。まず教会関係者は安全です」
それを教会に所属しているマリカが言っているとなると鵜呑みにはできなかった。
「次は冒険者。これは三パターンぐらいいます。まず超強い冒険者。これは自力で魔界を踏破してやってきて、自力で帰れる人です。当然むちゃくちゃ少ないし見かけることはほぼないです。次に、なんかの偶然でやってこれちゃった冒険者。この人たちはここまで来ちゃったものの、帰れないので仕方なくここで暮らしてます。最後はここで生まれて育った人。帰れなかった人たちの子孫ですね。彼らはちょっと危険ですので気を付けましょう」
「気を付けろって言われても何をどうしろと?」
男子が聞いた。
「そうですね。殺して身ぐるみ剥いだらお得だな。と思われたらあっさり殺されるので、一人での行動は避けるですとか、常に武装しておくとかですかね。身ぐるみ剥ぐの面倒だな、割に合わないなと思わせるのがコツですね」
「それって犯罪者の話じゃ?」
月が想像する冒険者とはあまりにかけ離れたイメージだった。
「まあ大した違いはないですね」
「ないのかよ!」
月はツッコんだ。
「違うのはここに至る経緯ぐらいですね。魔界を通ってきたか、海を流れてきたかぐらいのことで。ここで生き抜く為の行動に変わりはないわけです」
「ですが、そうなると教会関係者だけが安全というのは疑問に思えるのですが? 環境が同じであればすることは同じなのではないですか?」
「一緒にしないでくださいよ。我々は神の教えに従っているので、基本的に殺したり、奪ったりはしないんです。むかついても殴るぐらいですませますし」
「非暴力とかじゃないんだ……」
あまりツッコむのはやめておこうと月は思った。
「ま、教えに従ってるだけと言われると不安かもしれませんが、我々の場合は任期明けには帰れることが保証されてますから自暴自棄になることはないですし、食料も確保していますから人を襲って奪う必要もないんですよ」
――でもなぁ。それを言ってるのが教会関係者なんだよなぁ……。
とはいえ、ひとまずは彼女の言うことを真実だと仮定するしかないだろう。疑い出せばキリがないからだ。
「あのー? 私たちかよわい女子高生だったりするんですけどぉ。そんな暴力的な人たちがいるところで働く? とか出来る気がしないんですけど」
脳天気な女子が聞いた。
「女子高生とかは知らないけど、それはほら、すまーとふぉん? とかってのがあるんじゃないの? 前の人はそれでどうにかしてたみたいけど?」
月は、制服を探ってスマートフォンを取り出した。入学式の前に学園専用端末が支給されていたのだ。
『九法宮学園へようこそ』
画面をタップをすると、表示が切り替わった。
『ステータスを設定してください』
どうやら、異世界転移ボーナスのようなものは何かしらあるようだった。
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