第17話 極楽天福良9

 数多の世界に繋がっているという謎の店だ。トイレがまともかは怪しかったが、入ってみればそんな心配は杞憂に終わった。トイレは洋式で、しかも有名住宅機器メーカーのものだったのだ。おそらく、客に合わせたものになるのだろう。怪しげな商品を取りそろえているというのだから、この程度は不思議でもないのかもしれない。

 用を足して店に戻ってきた福良は、カウンターに置いてある商品を見つめた。

 お膳、靴、鈴の三品。鈴はポケットに入れて、靴はこの場で履き替える。お膳は店の床に置き、福良はその前に正座で座った。


「ん? 何してんの?」

「料理を出すにはどうするんですか?」

「まさかここで食べるつもりやないやろな!」

「戻ったら夜の森ですよ? のんびり食べられるわけがないじゃないですか」

「お前……滞在時間を目一杯使うつもりかい……」


 事前に告げられた滞在時間は30分だ。ならばそれまでは文句を言われる筋合いはないはずだった。


「あと、シャワーをお借りしても?」

「お前、30分を有効活用しすぎやろ!」


  *****


 食事を取り、軽くシャワーを浴びた福良が店を出ると霧の中だった。振り向いてみたが、さきほどまであったカグロの店はない。霧の中をしばらく歩くと、森の中にある道へと出た。

 夜の森だが、あたりはそれなりには明るかった。

 空には月らしき鶏が浮いていて輝いているし、道には光る石が埋め込まれているからだ。

 お膳を足元においてスマートフォンの地図を確認する。霧に迷い込む前にいた地点まで戻ってきたようだ。


「さて。まずはアシスタントの設定でしょうか」


 カグロの店でAIアシスタントを入手したが、あの場では通信が途絶していたためシステムと連携させる設定ができなかったのだ。

 スマートフォンの設定画面を開くとアシスタントの設定項目が出現していた。


『ウェイクワードを設定してください』


 Androidにおける「OKグーグル」、iPhoneにおける「ヘイ、シリ」のようなものだろう。


「名前をつけるようなイメージでいいのでしょうか?」

『そうですね。私はかなり高性能ですので、呼びかけを聞き誤ることはありません。好きに決めていただいて結構ですよ?』


 まだ何も設定していないが、話しかけてきた。


「自信満々ですね。じゃあシャノンさんでどうですか?」

『承知いたしました。以後、シャノンさんの呼びかけに反応することにいたします。もちろん、文脈に応じて反応もいたしますので、適宜呼びかけてください』

「ここがどこなのかとか、帰るにはどうすればいいのかなどはわかりますか?」

『存じ上げません。それらの情報はシステムに存在しておりませんので』

「先ほど購入した靴については何かわかりますか?」

『はい。バトルソング外のものですが、装備扱いになっています。そのため、内蔵されているマニュアルを参照可能です』

「二段ジャンプできるそうですが」

『足の親指部分にスイッチがあり、押し込むことで足裏に力場が発生します。その力場を踏み込んで更に上空へ移動できるという仕組みですね』


 試しにそのスイッチとやらを指で探って押してみると、身体がふわりと浮き上がった。力場には反発する力もあるようだ。

 福良はその場で跳び上がった。空中でブーツを起動するとそこから身体がさらに浮かび上がる。力場の発生は一瞬のようだ。

 親指にスイッチがあると誤作動が気になるところだが、歩くときは外側に力をかけるし、走るときでも拇指球で押すようにするのが壇ノ浦流の歩法なので、慣れれば問題はなさそうだ。


「では本気でやってみましょう」


 腕を振ることも、大きくしゃがみこむこともせず、福良はほぼ立ったままの姿勢から跳び上がった。瞬時の脱力と、反動を用いた壇ノ浦流の跳躍術だ。

 浮かび上がったのは70センチほど。跳躍の頂点で力場を発生し、さらに上空へ。合計170センチほど飛び上がり、そこでもう一度スイッチをオンにしてみたがここでは発動しなかった。やはり一度発動すると、しばらくは使えないようだ。

 福良は、ふわりと着地した。


「力場の反発でプラス30センチほどでしょうか?」

『一つ、よろしいですか?』

「なんでしょう?」

『あなたの種、年齢、性別では不可解な跳躍力かと思うのですが?』

「AIアシスタントがそんなことを気にするんですか?」

『私には状況に応じて提案をする機能もあります。その為にはユーザーの特性を知っておくことが不可欠ですので』

「修行の成果ですね。ノーモーションで70センチ。なりふり構わずで80センチぐらいでしょうか」


 垂直跳びで70センチ。これはアスリート並みと言っていいのだが、福良はこの程度を大したこととは思っていなかった。なぜなら、師匠の壇ノ浦知千佳は軽々と1メートルを超えて跳躍するからだ。


「クールタイムが気になるところですね」


 何度か跳んで試してみた。どうやら一度発動すると、次に使用できるまでは五秒ほどかかるようだ。


「これ、片足ずつ発動すればもっと飛べたりしないでしょうか?」


 靴のスイッチは両足それぞれに付いている。できそうだと思ったので福良はやってみることにした。

 まずは両足で踏み切って跳躍。そして右足、左足と順にブーツの機能を発動する。


「おぉ! 結構飛べますね!」


 最初に両足で70センチ。片足で踏み切ると60センチほど跳べて、力場の反発でプラス30センチ。全て合わせれば250センチほどの高さになった。これは一般的な家屋の天井ぐらいの高さになるだろう。

 この高さからの着地では怪我をする可能性が高くなるが、二階から飛び降りるぐらいの修行は日常茶飯事である福良にとってはどうということでもなかった。


『……三段ジャンプですね……』


 シャノンが呆れたように言う。AIアシスタントは、思ったよりも人間味があるようだった。


「あと、気になったのが力の入れ具合との対応ですね」


 最初、適当にスイッチを押した際にはそれほど力を入れておらず、ふわりと浮き上がっただけだった。何度か試してみるとなんとなく対応関係がわかってきた。

 力強く押すと勢いよく高く跳べるが、ゆっくり力を入れるとふわりと低く跳ぶようなのだ。


「ということはギリギリまで力を抑えると?」


 スイッチにほとんど力を入れずに保持すると、一センチほど浮かびあがり、しばらくその状態を維持できた。そのまま歩くことも可能であり、端からそうは見えないが空中歩行が可能なようだ。


『そんな仕様は書いてありませんでしたが……けれど何の意味が?』

「これ、足音がしないので便利ですよ?」


 咄嗟に多段ジャンプができることよりも、よほど役に立ちそうだった。


「後は攻撃とか急制動にも使えそうですが……慣れる必要がありそうです」


 なにせ履いたばかりだ。習熟には時間がかかるだろうし、あれもこれもとはいかない。一つずつマスターしていくべきだろうと福良は考えた。


「で、こっちの鈴ですね。鈴なんですからとりあえず鳴らせばいいんでしょうか?」


 福良は懐から駄獣の鈴を取り出した。掌に収まるぐらいの小さなハンドベルだ。


『はい。鳴らすことにより、この世界にいる駄獣、荷運び用の動物がやってきます』

「ちなみにどのような動物が?」

『何がやってくるかはランダムですが、この世界で一般的に駄獣とされているのは馬や牛です。象や駱駝なども使役されているようですが、こちらは珍しい部類のようです』

「それは私が知っている動物と同様のものですか?」

『はい。基本的に同じ単語は近似しているモノを指すと考えてください』

「近似なんですか」

『世界が違うわけですから全く同じではありません。ですが、同じと考えても差し支えはないでしょう』

「やってきた動物は私の言うことを聞くんですか?」

『はい。ただし強制的に命令できるわけではありませんのでこの点にはご注意を。この鈴は、荷運びに困っている人を手助けしてもよいと考えた心優しい動物が自分の意思でやってくるというものです。敬意は必要です』

「なるほど。あくまでお手伝いしていただくという立場ですね。では呼んでみましょうか」


 チリン。

 鈴を振ると、高く小さな、それでいてどこまでも広がっていく音が響いた。


「……こないですね」

『駄獣が都合よく近場にいる可能性は低いでしょう』

「これはどうすれば?」

『説明書によりますと、駄獣が感知するのは鈴を鳴らした地点とのことです。鈴は呼び出し中のステータスになっていて、このステータスは最長十分までとなっています。十分経っても変化がなければ来てくれる駄獣はいなかったと判断していいでしょう』

「では待っているしかないですね」


 動いてしまうとやってきた動物が待ちぼうけすることになってしまう。せっかく来てくれたのにそれはあんまりな仕打ちだろう。

 もうしばらく待ってみようと思ったところで、シャノンが通知を伝えてきた。


『ステータスが移動中になりました』

「じゃあ来てくれるんですね」


 福良はあたりをきょろきょろと見回したが森の様子に変化はなかった。しかし、それは上空から聞こえてきた。


「ぴよー!」

「……鳥、でしょうか?」


 鳴き声に続いて、羽ばたくような音も聞こえてきた。

 見上げると、巨大な、丸っこいものが飛んでいる。空に浮かぶ鶏の光が照らし出すそれは、鶏からの連想のためか、ひよこにしか見えなかった。


「ぴよよー!」


 大きくて、黄色くて、丸い鳥がふわりと道に着地した。

 福良が見上げるほどの大きさで、首元には鈴とリボンが付けられていた。野生ではないらしい。


『……ひよこ、ですね』


 シャノンは案外常識人なのか、巨大なひよこという存在に驚いているようだった。


「やはりそう見えますか。鈴で呼んだのがこの子で間違いないですか?」

『ステータスが到着になっていますので間違いないかと』

「こんばんは。私は極楽天福良です。よろしくお願いしますね」

「ぴよぴよ!」


 ひよこもご機嫌な様子で返事をしてくれた。


『カテゴリーは神獣。名前はひよちゃんですね』

「そういったこともわかるんですか?」

『画像検索で出てきました』

「有名ひよこ、ということなんでしょうか?」

『そうですね。個体名までわかるのは珍しいと思います』

「荷物を持ってもらいたいんですがよろしいですか?」

「ぴよ!」


 ひよこが首を上下させた。頷いているらしい。


「でも、この子にどうやって荷物を持ってもらえば……」

「ぴよよ!」


 ひよこが翼を大きく広げた。

 そこから、どさりと布製の大きな袋が落ちてきた。


『それに入れろということのようですね』

「ぴよ!」

「なるほど」


 福良は袋をあけてみた。中には豆がたくさん入っていた。


「ぴよよ!?」

『どうやら間違えたようですね』


 ひよこが慌てて袋を咥えて翼の下にしまいこみ、別の袋を出してきた。今度は明らかに萎んでいる袋なので何も入っていないだろう。福良は試しにお膳を入れてみた。

 ひよこがその袋をまた翼の下にしまい込んだ。

 

「どういう仕組みなんでしょうか?」


 翼で挟んで保持しているわけではないだろうし、それでは空を飛べないだろう。そもそもひよこが空を飛んでくるというのも妙な話だった。


『神獣ですので、そのあたりは不思議な力でどうにかしているのでしょう』

「説明が投げやりですね。しかしこれほど大きくて空も飛べるのなら、乗せてもらえれば便利そうですが……」

「ぴよよ……」


 ひよちゃんが申し訳なさそうにうなだれた。


『乗せたくないわけではなく、契約外だから無理なのでしょう』

「そうですか……ふわふわで乗り心地もよさそうですから残念ですね」

「ぴよよよ!」


 すると、ひよちゃんがその場でごろりと仰向けになった。


「これは?」

『お腹に乗ってもよいということではないでしょうか?』

「シャノンさん、ひよこの気持ちを推し量るのがお上手ですね」

『ただの推測でしかありませんが』


 乗せて移動するのは契約外だが、動いていなければ問題ないということらしい。


「ではお言葉に甘えて」


 福良はブーツの力で跳び上がり、ひよちゃんのお腹に飛び込んだ。

 勢いよく乗りすぎたかとも思ったが、ひよちゃんのお腹は福良を優しく受け止めた。


「おお! これは……気持ちよいですね」

「ぴよよ!」

「……その……このまま寝ても大丈夫でしょうか?」


 全身を包みこむような寝心地に、福良は思わずそう言っていた。


「ぴよ!」


 これは福良にも肯定的な返事であることがわかった。


『道の真ん中ですがよろしいのですか?』

「何か来たらその時です。あ、動体感知の結果を通知はできますか?」

『はい、可能です』

「では、何かが感知範囲に入ったら起こしてください」

『承知いたしました』


 動体感知については、いちいち地図を見なくてもよくなった。この機能だけでもシャノンに価値はありそうだった。

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