第16話 雪花月1

 ISEKAIという単語がある。

 英語圏において、ラノベやアニメの異世界転生、転移モノの物語をあらわす単語であり、ここ最近に使われるようになったものだ。

 これは、特定の形式を持った物語が一ジャンルとして確立しつつあるということであり、つまり世界的にみても転生転移といった物語が溢れているということになる。

 そのため、いきなり見知らぬ場所にいることに気づいた者が、これは異世界転移ではないかと考えるのは十分にありえることだろう。

 つまり、雪花月ゆきはなルナも自分が巻き込まれている事態が異世界転移かもしれないと考えたのだ。

 

「いや、まあ、ありえないとは思うよ? 思うけどさ。実際この状況をどう考えろっての?」


 あたりには日本とは思えない建物が並んでいて、どう見ても日本人でない者たちが月たちを遠巻きにしている。学園の敷地内でないことは明らかだった。


「どうなってんだよ! これ!」


 慌てふためいた声が聞こえてきて、月はそちらに目を向けた。

 制服からすると、九法宮学園の男子生徒だ。あたりを見れば、他にも何人か九法宮学園の生徒がいる。ネクタイやリボンの色から判断すると、月と同じ新入生だろう。

 全員が混乱しているが、自然と生徒同士で集まることになった。他に頼れる者もいないからだ。男子生徒が五名、女子生徒が五名の計十名の集団になった。


「なんなのこれ!」

「わかんねーよ!」

「まさか……まさかこれ、異世界……」

「んなわけねーよ! ……ねーよな?」

「でも、どう見ても日本じゃないし……」


 皆がてんでばらばらに喋っている。混乱していたのは月も同じだったが、周りの慌てふためく様子を見ているうちに段々と落ち着いてきた。

 月はあたりを見回した。足元は土が剥き出しで、建物は石造りだ。建物群は壁に囲まれているが、それほど規模が大きくはない。最初は街かと思ったが、もっと小規模な集落のようだ。周囲の様子に見覚えはまったくない。もしかすれば海外の街並みを再現したテーマパークの類いかとも思ったが、そんなテーマパークが学校の周囲にあるとは聞いたことがなかった。


「もしかしてこのメンバーでデスゲームとか? どう動くのが正解なんだ、これ……」


 だとすればあまり仲良くするべきではないのか。それとも情報収集に注力したほうがいいのか。


「なんにしても仲間はずれにされちゃうのはまずい? でもなぁ、そんな簡単に仲間づらできるほどこちとら素直な人間でもねぇんだよなぁ……」


 初対面で意気投合して、仲間になるなどとてもできそうにはなかった。


「いや? この状況ならハードルは低いのか? こっちが陰キャデブス女子だとしても、無視はできんでしょ?」


 右も左もわからないこの状況。いくら同族で連みたがる陽キャ連中だとしても、無視したり虐めたりしている場合ではないはずだ。

 とりあえずは周りに同調しておこうかと月が思ったところで、遠巻きに見ていた者たちが道を開けた。

 やってきたのは金属鎧で武装した兵士らしき男が二人と、白い服を着た女だった。


「はい、こんにちは! 私は中央聖教の練士でマリカと言います。中央聖教は遍く人々を神の灯で照らしますので、混乱しているであろうあなたたちにも分け隔てなく救いの手を差し伸べます。もちろん、私なんか無視してもいいですけど、わけわかんないのならとりあえず話は聞いておいたほうがいいと思いますよ?」


 マリカと名乗った女が話しかけてきた。とりあえず言葉は通用するようだ。


「じゃあ私の話を聞きたい人は、どうぞついてきてください」


 マリカは振り向き、兵士を引き連れてすたすたと歩きだした。どうやら月たちを待つつもりはないようだ。

 どうしていいかわからず混乱している者たちにとって、何かしら説明してくれそうな相手は救世主にも思えたことだろう。

 もちろん月にとってもそうで、ついていく以外の選択肢はないように思えた。

 ついていくと、マリカは一際大きな建物に入っていった。聖教の所属と言っていたので教会の類いのようだ。兵士は中に入らなかったので彼らは外出時の護衛らしい。

 中は厳かな雰囲気であり、長椅子がいくつも並べられていた。大勢の人を集めて説法をするような場所だろう。


「じゃあ前の方に座ってね。えーと、八名かな?」


 マリカが部屋の奥にある祭壇の後ろから呼びかけてきた。

 言われてみれば、人数が減っている。月は左右に並ぶ新入生たちを確認した。男子四名、女子は月を含めて四名。男子と女子が一人ずついなくなっていたが、誰がいなくなったのかまではわからなかった。月も混乱していて人数ぐらいしか把握していなかったからだ。


「まずはこちらの資料を見ていただきましょうか」


 マリカがそれぞれに紙を手渡した。紙は植物繊維が目立つ荒い代物で、地図らしき絵が描かれている。


「こちらは世界地図です。もっともそれが正しいのかはよくわかんないんだけどねぇ」


 地図には五つの大陸が描かれていた。

 真ん中に大きな大陸があり、その周囲を取り囲むように四つの細長い大陸があった。


「じゃあ外側から内側に説明してくね。一番外側にある海が外海。そこから内側にいくとあるのが環状大陸。環状大陸は東西南北の四つに分かれてまして、環状大陸の内側にあるのが内海ですね。で、ど真ん中にあるのが中央大陸というわけ。では我々は今どこにいるかというと、東側。オリエリア大陸です。ぶっちゃけ他の大陸なんて行きようがないから、オリエリア大陸の説明だけでいいんだけど、世界の中でどの辺かはわかってないともやっとするでしょ?」


 月は右側にあるオリエリア大陸を見た。上下に長い、弧状になっている。縮尺がわからないので具体的な大きさはイメージできなかった。


「ではオリエリア大陸のどのあたりにいるのかといいますと、北西の端あたりですね」

「あの! そんなことより私たちがどうなったのか聞きたいんですが!」

「そうだよ! どうやって帰るのかとか教えてくれよ!」


 新入生たちも落ち着いてきたのか、好き勝手なことを言い始めた。


「あのですね。私はあなたたちが何者なのか、何に巻き込まれているのかとか知りませんよ?」

「そんな!」


 新入生たちがざわめく。何もかも説明してもらえるものとばかり思っていたのだろう。


「だっるー……」


 マリカが豹変した。これまでもあまり丁寧とは言い難かったが、取り繕う気すらなくなったようだ。


「いいですかぁ? あんたらみたいなのを相手してくれるのなんて、中央聖教ぐらいですよぉ? 信じられないなら好きにしたらどうですか? 私の話を聞かずに出ていって死のうが、奴隷にされようが知ったことじゃないですよ?」


 不穏な言葉が出てきて、皆が押し黙った。

 月たちは、想像以上に危機的状況にあるのかもしれなかった。

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