第15話 極楽天福良8

「まず最初に言うとかなあかんのは、これからゆーことは結構テキトーやゆーことやな」


 店の商品について説明すると言ったカグロは前置きから話に入った。


「テキトーですか」

「そや。さっきはこーゆーてたやん! とか、それとこれは矛盾するんちゃうん? とかまぁ聞いてたら色々思うこともあるかもしれんけど、そこはそーゆーもんと思ってや」

「ひどい前置きですね」


 これでは何も信じられないと福良は思った。


「大丈夫! 念の為にゆーてるだけやから! だいたいはちゃんと説明できるはずやから!」

「わかりました。その場その場で判断することにします」

「じゃあまずは取り扱ってないもんについてから話そか。この店ではちょっと不思議なもんを売っとるわけやけど、逆を言えば普通のもんは売ってないわけや」

「普通とはなんでしょう?」

「簡単にゆーたら、君の世界でお金出したら買えるようなもんやな」

「では、食料品などは?」


 早急に必要かと思い福良は聞いた。


「もちろん普通のはあかんな。食べたら若返るとかそーゆーのはあるけど」

「なるほど……ただ食事をするだけでいちいち副作用があるのは面倒ですね」

「で、不思議なもんの中でもこれは売れへんやつってのもあるわけや。それがお客さんの属する世界のレベルからかけ離れたもんやな」

「世界のレベル?」

「そんな難しい話やない。あんまりにもその世界の文化、技術からかけ離れたもんを売ってまうと、とんでもないことになってまうかもしれんやん。例えばや、銀河破壊爆弾とか扱いきれへんし、無茶苦茶迷惑やろ?」

「あるんですか、そんなものが?」

「あるで。売らへんけど」

「いりませんけど」

「あと、これは特殊な状況。つまり今の君みたいな場合や。別の奴のルール下にある場合は、そのルールを破るような商品は提供でけへん」

「元の世界に帰れる商品などは提供できないということですか?」

「そや。天盤……あー、世界って言ったほうがわかりやすいか。世界間を移動する道具もあるけど、今回はあかんって話や」

「こんな怪しげなお店なのに、他の方に配慮するんですか?」

「うーん、そのあたりは怪異的なもんとしての仁義とか紳士協定というか。はりきってデスゲームはじめたのに、不思議商店アイテムで楽々クリア! とかそんなんされたらいややん?」

「デスゲームを仕掛ける側の視点じゃないですか」

「ぶっちゃけ同じ穴の狢って自覚はあるわな。いや、でもデスゲーム中でもまったく役に立たんわけちゃうで? 嘘を見抜ける眼鏡とか売ったことあるし」

「それはありなんですか?」

「嘘を見抜くぐらいやったらもともとできるやつもおるやん? ゲームそのものがぶちこわし! とかやなかったらええと思うんやけど」

「なるほど。これが前置きで言っていたテキトーというやつですか。つまり何を売るかはカグロさんのテキトーな判断によるのですね?」


 先行者の邪魔をしないと言うのであれば何も提供できないだろう。だが、そこはカグロがこの程度ならいいだろうと雑に判断しているのだ。


「なんやトゲある言い方やけど、まあそういうこっちゃ」

「少し気になったのですが、私はデスゲームに参加しているのでしょうか?」

「バトルソングを採用した何らかのゲームシステムの影響下にあるのは間違いないやろな。それで何をやってるのかまではわからへんけど」


 だが、デスゲームである覚悟だけはしておいたほうがよさそうだった。


「というわけで何かほしいもんはあるか?」

「そちらから勧めてはこないんですね」

「うちにはいろんなものがあるからな。そっちの要望を聞いた方が早いやろ。でも、あんまりにもピントずれたこと言うならこの話はなかったことにするで。阿呆と話すんも疲れるからな。あと、五億ポイントあるからゆーて際限なく買われても困るから三つまでな。それとここで延々悩まれても困るから滞在時間は三十分や」


 つまり先ほどの説明を踏まえた上で要望を伝えろということだろう。今の状況を即座に打開できるような要望は無駄だし、それで話を打ち切られてしまう可能性もあるということだ。


「なるほど……まずは食料をどうにかしておきたいところですが……あ、じゃあご飯が出てくる茶碗とかはありますか?」


 遠野物語か何か。迷い家の話でそんな茶碗が出てきたようなことを福良は思い出した。


「似たようなもんやとこれかな?」


 カグロは、店の奥から膳を持ってきた。

 異世界の商店のはずだが、出てきたのはどう見ても和製什器だ。黒の漆塗りで、足の形から見るに蝶足膳らしい。


「一揃い食事が湧いて出てきよる。一日に三回使えて、特にデメリットはあらへんな」

「持ち運びに不便ですね。こんな感じのものなら、グルメテーブルかけみたいなものはないんですか?」

「贅沢ゆーなや。飲食に困らんってむっちゃ便利やろ」

「そうですね。かさばりはしますが有用であることは間違いありません。おいくらですか?」

「百万ポイントやな」

「無限にご飯が出てくるアイテムにしては安いような気がしますが」

「ゆーても一人分の飯が一日三回出てくるだけやしこんなもんちゃう? 世界の飢餓を解決できるようなもんでもないし」

「買います」

「毎度あり」

「他には武器がほしいですね。無限に弾の出るマシンガンとかはないですか?」

「さすがにそれは主催者のこと考えるとなぁ。剣と魔法のファンタジーワールドに巻き込んだろ、とか思ってるところにそんなん持ち出されたらいややん?」


 カグロの適当な判断によるとこれは駄目らしい。


「そうですか。雑に撃ちまくるだけでいいなら楽かと思ったんですが」

「君、ちょっと怖いな!」

「では山歩きに使えるような靴はないでしょうか?」


 福良が履いているのは、学校指定のローファーであり森や山に向いているものではなかった。今後も長時間歩くことになるのなら、靴は重要だろう。


「うーん……普通の靴はないからなぁ……」


 ぶつぶつ言いながら店の奥に行ったカグロは、紐靴を持ってきた。形状からするとトレッキングブーツの類いだろう。


「できるだけ普通っぽいの持ってきたけど。五万ポイントや」

「普通じゃないところは?」

「二段ジャンプできるようになるで」

「それは剣と魔法の世界に持ち込んでいいんですか?」

「まあそんな大した影響はないんちゃう?」

「じゃあそれでいいです」


 二段ジャンプする機会があるかはわからないが、無難なデザインのブーツだ。おかしな機能を無視すれば普通の靴として使えるだろう。


「毎度あり! あと一つやな」

「そうですね。物ではなくてもいいでしょうか? 何か異世界に関する情報などがあれば嬉しいのですが」

「うーん……それは微妙なとこやなぁ……ゲームやとしたら攻略情報がわかるようなもんは仁義に反するし……あぁ! バトルソングのクライアントで使えるAIアシスタントとかはどうや?」


 異世界の情報を直接知ることができるわけではないが、スマートフォンを通して知ることができることをわかりやすく伝えてくれるらしい。

 スマートフォンの機能をろくにわかっていないので、その点をサポートしてくれる機能なら便利かもしれない。


「おいくらですか?」

「それはサービスでええわ。開発元から無料で提供されてる機能やし」

「それはありがとうございます。他はそうですね。荷物をたくさん運べる鞄などはありますか?」


 現状、荷物を持ち運ぶ手段がなく、福良はそれが不満だった。貰える物はなんでも貰うというのが極楽天の家訓であり、モンスターが落とした素材を持ってこれなかったことが気にかかっているのだ。


「あるにはあるんやけどそれはバトルソングで扱ってるやつと被るから、こっちで勝手には提供でけへんな」

「そうですか。でしたらリュックにちょっとした機能がある、ぐらいでもいいのですが」

「荷物かぁ……そーいや使えそうなもんがあったような……これはどうやろ?」


 カグロは机の引き出しから小さなハンドベルを取り出した。


「これは駄獣の鈴や。鳴らすと荷運び用の動物がやってくるかもしれん」


 その世界の動物を使役するだけなら、カグロの基準では問題ないようだった。


「かも?」

「来るかどうかは運次第や。こーへんかもしれへん。それとあくまで荷物運びをしてくれるだけや。乗れへんし、戦ってもくれへん」

「大丈夫ですよ。運には自信があります。それは何ポイントですか」

「ゆーてもただの鈴やし、効果も確実やないしな。五百ポイントでええわ」

「ではそれをいただきます」


 今回手に入れたのは、お膳、靴、鈴。それとおまけのAIアシスタントだ。あの森でどれほど役に立つかはわからないが、何もないよりはましだろう。


「ということで商いはおしまいやな」

「それで?」

「なんや?」

「私が今回支払ったのは百五万五百ポイントです。まさか残り四億九千八百九十四万九千五百ポイントが無駄になるということはありませんよね?」

「そりゃ会員登録しとるしな。そのポイントカードがあればいつでもここに来ることは可能や」


 カグロはさも当たり前のように言うが、福良が訊かなければ教えてくれたかは怪しいものだった。


「それと」

「なんや?」

「トイレを貸してください」

「そりゃえぇけど……ってお前、まさかうちを公衆便所代わりに使うつもりやないやろな!」

「いつでも来ていいんですよね?」


 この店は安全地帯としても使える。怪しげな店としてよりも便利に使えそうだった。

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