第14話 本郷王羅1
本郷王羅は森の中にいた。
入学式の直後、講堂を出ると見知らぬ場所にいたのだ。
混乱したが、それも少しの間だけだった。彼はあまり深く物事を考えないし、これまでの人生もなんとなく生きてきた。空気を読み、流れを読み、適度に努力し、無難に過ごしていたのだ。
それはこんな状況であっても変わりはしなかった。
「はぁ……何がなんだか」
制服のポケットが震えていたので、王羅はスマートフォンを取り出した。
何やら設定しろと書かれているのでその通りにする。ここで疑問に思わないのが王羅という少年だった。そう指示されているのだから、そうすればいいだろうと素直に考えるのだ。
ゲームのようなステータスについては適当に設定した。攻略サイトでもあるのなら、そこに書かれている初心者ガイドやら、序盤の攻略やら通りにするところだが、ないのならもう適当にやってしまうしかない。
職業は格闘家になった。
特に何もない森でぼうっとしていても仕方がないので適当に歩きだすと、道らしきものが見つかった。
舗装されてはいないが、何もない平坦な地面が続いていて、一定間隔で光る石が埋め込まれている。
道があるのなら道を歩くのが当然だ。王羅は何も考えず、向いている方へ進みはじめた。
「これ、怒られるのか? 入学式の後は教室に行くはずだったんだけど……」
客観的に考えると、入学式だけ参加して帰ってしまったと思われるだろう。不良かのように思われるのは嫌なので、どうにか釈明する必要がありそうだ。
そんなことを考えながら歩いていると、森の出口らしきものが見えてきた。道と森が途切れているようなのだ。
そのまま歩いて行くと、森は唐突に終わって荒野が広がっていた。
不思議な光景だった。
赤茶けた大地が広がっていて、塔があり、所々に集落らしきものがあって、彼方には闇があった。
真っ黒な壁とでもいえばいいのか。そんなものが地から天までを覆い尽くしていて向こう側が見えないのだ。
ここにくるまで楽観的に考えていた王羅も、さすがに不安を覚え始めた。
王羅は、見知らぬ森とはいえ学園の近隣だと思っていたのだ。九法宮学園は山頂にあるので周囲は森になっている。いきなり森にいるのはおかしいのだが、それでも道を歩いていれば学園に戻れるのだとなんとなく思っていた。
だが、目の前の光景を見てもまだそう思い続けられるほど王羅も馬鹿ではない。ここは全く見知らぬどこか。しかも現実にはありえないような、天まで届く闇の壁がある場所なのだ。
「えーと……どうすれば……そうだ! スマホだ!」
スマホを取り出し、電話をかける。だが、どこにも連絡することはできず、すぐに諦めた王羅はあたりを見回した。
一番目立つのは巨大な塔だ。塔の下部は城壁に囲まれていて内部の様子はわからない。
他にも集落らしき建物群が点在していて、こちらはどれも簡単な柵で覆われた掘っ立て小屋の集まりといったところだ。
どうすればいいのかはまるでわからないが、とりあえずは人のいるところへ向かうしかないだろう。
塔は遠いし、人がいるかわからない。王羅は一番近くにある集落を目指すことにした。
集落はどう見てもまともな人間が住んでいなそうなのだが、王羅はそれほど心配はしていなかった。会って話をしてみればどうにかなるだろうと、のんきに思っているのだ。
集落には門があり、門番らしき者が二人立っていた。
近づいていくと、門番の一人が片手を上げた。挨拶かと思い王羅も片手を上げ、次の瞬間王羅は前のめりに倒れた。急に足が動かなくなったのだ。
不思議に思って足を見てみると、両足にロープが絡まっていた。両端に石が取り付けられているロープだ。門番が投げつけたのだと気づくのに多少の時間を要した。片手を上げたのは挨拶ではなく、このロープを振り回していたのだ。
つまり攻撃された。
深刻な事態なのだが、王羅はそれでも倒れたままぼんやりとしていた。なぜ自分がこんな目に会うのかがわからなかったのだ。
集落を見ると、武装した男が駆けてくるところだった。筋骨隆々の男が鬼気迫る顔でやってくる。王羅はようやく恐怖した。
逃げなければ。
だが、絡まったロープをすぐに外すことはできなかった。慌てるほどに手元がおぼつかなくなり、さらに絡まっていく。
「おぼぉ」
腹部に衝撃を受け、王羅は吹き飛ばされた。
嘔吐し、もんどりうって倒れる。
やってきた男に蹴り上げられたのだとすぐにはわからなかった。男はすぐさま追ってきて、王羅を執拗に踏みつけた。
わけがわからないままボロボロにされ、動けなくなったところでロープで後ろ手にで縛られた。
「喋れるか? 喋れるよな? 喋れねぇなら殺すぞ? 必死こいて口を開けや」
「ひゃ……ひゃい……」
顔の形が変わっていて口もろくに動きはしなかったが、それでも王羅はどうにか声を出した。
「異世界人だな? 名前は?」
「……ぐふぅ!?」
どう答えたものか。逡巡した瞬間に腹を蹴られた。
「喋れって言ったよな? 馬鹿みたいに答えろ」
「本郷王羅……」
「本郷王羅は自分の所有権を放棄する、こう言え」
「本郷王羅は……」
このまま続けるのはまずい気がする。だが、男がこれみよがしに蹴りの予備動作に入ったので、王羅は何も考えられなくなった。
これ以上痛いのは嫌だ。このままでは死んでしまう。目前の脅威を避けるため、王羅は従うしかなかった。
「自分の所有権を放棄する……」
言い終わった途端、自分の中から何かが抜けていくのがわかった。
絶対に失ってはならない、己の核とでも言うべきものがこぼれ落ちていくのがわかるのだ。
男が王羅の首根っこを掴み、軽々と持ち上げた。
「よし。落ちてたもんを拾ったから、これは俺のもんだ」
「くそっ。先を越されたか!」
集落から、人がやってきていた。
「わりぃな。だがこれも門番の役得だ」
「男かよ。あんまり金にはなんねぇな」
「肉はともかく、装備はなるだろ」
男たちが、ボロボロになった王羅を見定めている。
これから先、ろくな目に遭わないだろう。もう考えるのもいやだと、王羅は意識を手放した。
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