第13話 極楽天福良7
福良は霧の中を、鈴の様な音に向かって歩いていた。
歩を進める毎に音が大きくなっていき、それに応じてか霧はますます濃くなっていく。そのうちに目の前に持ってきた手すら見えなくなっていた。
夜だからというわけではない。頭上には輝く鶏がいて、あたりはぼんやりと明るくはあるのだ。霧とあいまって、ぼんやり白い空間にいるような状態になっている。
加えて、周囲の様子にも異常が発生していた。
ここは森の中だったはずで、たとえ目をつぶっていてもなんとなく気配は感じるものだが、周りに何かあるようには思えないのだ。
さすがにこれは引き返すべきか。
少し迷ったところで状況に変化が訪れた。
前方に一際輝く光が見えたのだ。
福良は光の下へと歩いた。
鈴だった。
見上げた先に光を放つ鈴が浮いていて、風に揺られて涼しげな音色を奏でているのだ。
それは、道を示すかのように、誘うかのように、長く連なっている。
福良は、鈴の下を歩いて行くことにした。
連なる鈴は蛇行しているが、福良は鈴が示す道を逸れてはいけないと直感し、律儀に鈴の下を歩いて行く。
どこをどう歩いているのか。方向を完全に見失った頃、それは唐突にあらわれた。
両開きの扉だ。真っ白な世界の中、扉だけがぽつりと存在している。役目を終えたということか、いつの間にか鈴は見当たらなくなっていた。
見るからに怪しいが、この扉を開く以外の選択肢がない。
近づいていくと、扉は内側へと勝手に開いていった。やはり誘われているようだ。
扉の中は真っ暗だが、今さら躊躇しても仕方がない。福良は堂々と扉の中へ入った。
入ってみれば中は明るかった。周囲にある雑多な物がはっきりと見えるのだ。
壺や、像や、食器などがそこらに無造作に配置されている。それらの前にはプレートが置かれていて不思議な文字が書かれていた。福良には見覚えのない文字のはずだが、見ているうちにアラビア数字へと変化した。どうやら値札のようで、ここに置かれている様々な物は売り物らしい。
「共通言語理解で文字もわかるのでしょうか?」
普通ならありえないことだが、この程度のことは今さら驚くほどでもなかった。
手元が見えるようになったので、福良はスマートフォンを確認した。
圏外のままだった。地図も真っ白のままで現在地はわからない。
「すみません。誰かいらっしゃいますか?」
店なら店員がいるだろうと思った福良は声をかけた。
「こっちやで」
即座に奥から返事があった。
福良は、商品の間を抜けて中へと進んだ。
重厚なカウンターテーブルがあり、その向こうに何者かが立っていた。
目と口に細い切り込みの入った仮面をつけていて、ゆったりとした服を着ているので性別もわからない。おそらく人間ではあるのだろうが、それすらもはっきりとしなかった。
だが、それでも福良は安心した。こんな怪しい人物との遭遇であろうと、孤独に森を彷徨うよりはいくらかましだろうと思ったのだ。
「僕はカグロ。この店の店長やな」
「私は極楽天福良と申します。少々奇妙なことを伺うのですが、このあたりの様子にまったく見覚えがなくて困っているんです。ここがどこかご存じでしょうか?」
「店やゆーてるやん。あぁ何売ってるかってこと? 君も聞いたことないかな。不思議な店に迷い込んで、商品を買って帰るような話を。ここはそんなお店やね」
「このお店も気になるところではあるのですが、私が知りたいのはここに来る前にいた森のことなんです」
「ん? どういうことや?」
福良は、この店に至るまでの経緯を簡潔に話した。
「そんなことあるぅ!?」
声音からするととぼけている様子はなく、本気で驚いているようだ
「では、あなたが企んだことではないのでしょうか」
「そんなんせぇへんて! 僕の店は、ちょっと不思議を提供するだけのかわいいもんやねんから。いきなり異世界に召喚するとかそんな無茶な」
「なんとなくそうかなと思っていましたが、やはりこれは異世界召喚というやつなのでしょうか」
異世界転生、転移、召喚。最近の物語では定番ではあるので、福良も少しは知識があった。
「そうなんちゃう? 知らんけど」
「このお店はどうなんですか?」
「まあここも異世界ゆーたら異世界やけど、簡単に帰れるから異世界転移とかゆーほどのもんやないな」
「ここから学校に戻れるのでしょうか?」
「それは無理やね。戻れるのは呼ばれた地点やから、さっきまでいた森に戻るだけや」
「私が転移した異世界については何かご存じですか?」
「すまんなぁ。この店がどこの世界に繋がって誰が呼ばれるかは僕の預かり知らんことなんや」
「イベントが発生してここに来たはずなんですが、それも関係ないですか?」
「イベント? 異世界ってそんなんあるん? ああ! なんかゲームっぽいやつか!」
「ご存じなのですか?」
「バトルソングってやつちゃうの?」
「それはなんなのでしょう?」
「どっかの神様が作ったオープンソースのゲームシステムやな。ごっこ遊びのルールセットって感じなんやけど、人間からすれば遊びゆーほどお気楽なもんでもないな」
「それはこういったものですか?」
福良はステータスアプリを起動し、スマートフォンをカグロに見せた。
「いやー詳しくは知らんねん。けど、店がたまたまこの世界に繋がったことをイベントとして利用されたんちゃうかな」
仮面で顔を隠した人物の心情を読み取るのは難しいが、嘘をついているようには思えなかった。
「なるほど……つまり、このお店は私の現状には全く関係がないということなんですね」
福良は落胆した。わけがわからないことが増えただけのようだった。
「そうなんやけど、そんながっかりされるとこっちも辛いわぁ」
「ここはお店ということですが、私でも何か買えますか? あ、もしかして対価に寿命や記憶を支払う感じなのでしょうか?」
「そーゆー悪辣な奴らと一緒にせんとってくれるかな!? 僕はまっとうな商売をしとるんや。なんやかんやあって結局は不幸な目にあうようなんとちゃうで!」
「ですが私、お金を持っていないのですが」
財布は寮に置いたままだった。今日は入学式だけだったので持ってこなかったのだ。
「それはどうでもええよ。君の世界のお金をもらってもしゃーないし」
「となると物々交換でしょうか?」
「単純にそうするのも不便やし、ポイントに換算してるけど」
持ち物を店に売るとポイントという形で支払われる。そのポイントで買い物が出来るという仕組みとのことだった。
「だとしても売れるようなものを持っていないのですが?」
「内臓とかでもええで?」
「悪辣じゃないですか」
「じょーだんやん! 最悪の場合そーゆーのもありやけど、おすすめはせんわな」
「これだと何ポイントでしょう?」
福良はポケットからチョコレートを取り出した。紙に包まれた一口サイズのもので、最後の一つだ。
「……100ポイントやな」
カグロは少し眺めてから言った。
「これは私のいた国では100円ぐらいだったのですが、関係はありますか?」
「あるで。基本的には君の属してる世界での価値に近似するんや。そうやないとそっちも判断でけんやろ」
1ポイントが1円ということなら随分とわかりやすかった。
「100ポイントだとどんな物が買えますか?」
「ちょっとおいしいお菓子ぐらいちゃう? まあせっかくこんなとこまで来てもーたんやから等価交換みたいなしょぼいことはせーへんで?」
「なるほど……」
何か価値のある物はないかと考えた福良は左手首につけていた腕時計を外した。入学祝いとして祖父から贈られた物だ。入学していきなり手放してしまうのも忍びないが、衣服やスマートフォンを売るわけにもいかないし仕方がないところだろう。
「これは何ポイントでしょうか?」
「時計なぁ。これはピンキリあるから……!?」
腕時計を間近に見たカグロが前のめりになった。
「……三億……いや、四億? ……え? どゆこと? こんな芸術品みたいなもんをお気楽に腕につけて歩き回ってるってどんな神経なん?」
「そうなんですか? 面倒な時計だと思っていたんですが」
なにせ動力がゼンマイだ。腕の振りで自動で巻いてはくれるのだが、しばらく放置していると止まってしまうしその際はリューズを回す必要がある。祖父からの贈り物なので身につけていたが、電池式の電波時計の方がよかったと思っていたぐらいだ。
「それほど必要でもないですし、売れる物はこれぐらいなので足元を見てもらって構いませんが」
「ほぉぉぉ? えらい挑発的やないか……よし! 五億ポイントでどうや!」
「ではそれで」
腕時計を差し出すと、カグロはカードを渡してきた。
カードの表面には福良の名前と、ポイントが記されていた。
「ポイントは店側で管理してるし本人確認も完璧やからカードはなくてもええんやけど、なんかないと寂しいやろ」
「ありがとうございます。これでどんな物が買えるのでしょうか」
「じゃあそのあたりを説明しよか」
カグロは、この店の商品についての説明を始めた。
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