第11話 極楽天福良6
しばらく道の上に寝転んでいた福良は、周囲が暗くなってきたことに気づいた。
さすがに夜になる前に人里に辿り着いたほうがいいはずだ。福良は体を起こし立ち上がった。
肩を回し、体を捻る。体の凝りをほぐしてから福良は歩き出した。
惨劇のあった野営跡を探る気にはならなかったので、踏み越えて進んでいく。道はまっすぐに西へと続いていた。
これまで通り道を歩くつもりだが、魔物避けとして過信できないことを思い知らされていた。
先ほどのように、道の上にだろうと平気でやってくる魔物もいるのだ。
「しかし、あの状況で見つからないというのも不思議ですね」
今さらながらに思うが、顔には目らしきものがなかったので視覚に頼らない生物なのかもしれなかった。そうなると臭いや音で周囲を感知しているのかもしれないが、それだと福良が襲われなかった理由がよくわからない。臭いも音もしていただろうし、あの距離で気づかないとは思えないのだ。
暗くなってくると、道に埋め込まれた輝きがより目立ってくる。ふと、あの輝きのおかげなのかと福良は考えた。
先ほど福良がしゃがみ込んで待機していたのは、あの輝きの真上だったのだ。おそらく、魔物避けの主体となるのはあの輝きなのだろう。魔物がどのようにして獲物を感知しているのかはわからないが、輝きによって福良の気配が紛れたのかもしれない。
大した確証があるわけでもないが、とりあえずはそういうことだと福良は考えることにした。魔物がやってきて逃げようがないといったどうしようもない場合の選択肢にはできるだろう。
陽が落ち、森は闇に包まれていく。闇の中にあって道に埋め込まれた輝きは頼もしいものだった。道とその周囲ぐらいは十分に照らし出しているのだ。
「逆に道に囚われていると言えなくもないですが」
周囲の気配を探りながら進んでいく。福良はこの状況にも適応しつつあった。壇ノ浦流を護身術として学んでいた福良は、いつもの道、街の様子の変化から敵対的存在を察知するようになっている。つまり生活圏内でしか通用しない技術だったのだが、それでは初めての場所には対応できない。そこで、その索敵術を応用することにしたのだ。通常の森の様子、気配を時間帯ごとに覚えていき、その差異から危険を察知する。
まだそれほど精度が高くはないが、スマートフォンの動体感知だけに頼るよりは遥かにましだろう。
今のところ、周囲に何かの気配を感じることはない。やはり、基本的に道は安全なようだ。
ゆっくりと歩いていると、少しばかり周囲が明るくなったように思えた。月が出たのかもしれない。
福良は、夜空を見れば何かわかることがあるかもしれないと考えた。
たとえば、ここが地球かがわかるかもしれない。月の模様が同じように見えるならここが地球である可能性は高まるだろうし、星座の見え方で北半球か南半球かぐらいはわかるかもしれない。
福良は立ち止まり空を見上げた。木々の間から鶏が見えた。
「……え?」
福良は意味がわからずに困惑した。
空には、巨大な鶏が浮かんでいたのだ。闇の中にあってはっきりと鶏の姿が視認できる。距離も大きさもまるでわからないが、見た目だけなら満月よりもかなり大きく見えた。大きなトサカが見えるので雄のようだ。羽ばたいて飛んでいるわけではなく、空にある道をゆっくり歩いているかのように見えた。
「異世界感が急に増してきましたね」
福良も、月の色が違うとか、月が複数あるなどは想定していたが、まさか鶏が空を歩いているとは思いもしていなかった。
「まぁ……明るくていいんですかね?」
鶏そのものが輝いているというよりは、その周囲から光が放射されているようだった。地球での満月よりも照度は高いようで、昼間のようにとまではいかないが、夜の森であってもかなり見通しがよくなっている。
空を見ていても、鶏がゆっくり歩いているだけで特に何がわかるわけでもない。福良は再び歩きだした。
ほどなくして、道が二股に分かれていた。左右に分かれたY字路だ。分岐点まで進み立ち止まる。右の道の先には明りが見えた。おそらく、そこが人のいる村だろう。左の道はこれまで通り森の中に続いているだけだ。
特に迷うこと無く右へ向かおうとしたところで、スマートフォンが震えた。
『奇縁が発動しました』
スマートフォンにポップアップメッセージが表示された。
メッセージはそれだけで具体的な内容は記されていない。ポップアップを閉じると、地図に!マークが表示されていた。
!は左前方十メートルの位置となっている。左の道を進んでいけばその地点を通過するはずだ。
「素直に考えればこのマークの地点でイベントが発生するということでしょうか」
奇縁スキルの説明によれば、イベントで良いことが起こるとは限らないようだ。状況によっては避けた方がいい場合もあるだろう。
「どうしたものでしょうか?」
村に向かうべきだろうとは思う。かなりの時間を飲まず食わずで歩いて疲れている。人がいるところに向かって助けを求め、休息するのが素直な行動だろう。
だが、あれは本当に村なのか。村だとして人助けなどしてくれるのか。確かなことは何も言えないだろう。とはいえ、イベントで何が起こるかはもっとわからなかった。
少し悩んだ福良は、左の道へ、!マークへと進みはじめた。
結局のところ、好奇心が勝ったのだ。
!の地点に差し掛かったところで、新たにポップアップメッセージが表示された。
『イベント:霑キ螳カ縺ゅk縺??逡ー谺。蜈?°繧峨?萓オ逡・閠』
文字化けしているようで、内容が判別できなかった。だがイベントは始まったようだ。
福良はあたりを見回した。
誰かがやってくるわけでもないし、何かアイテムが落ちているわけでもない。不審に思いながらもそのまま先へと進むと、少し見通しが悪くなってきた。うっすらと靄が出ているのだ。
そこからはあっという間で、靄は霧へと変わっていきあたりの様子が何もわからなくなってしまった。
「これは……困りましたね」
道の真ん中には灯が埋め込まれているのだが、その判別も怪しくなってきた。それでも地図を見ながらなら進めるかと思ったが、地図まで真っ白になっている。これまで通ってきて判明していた部分まで真っ白なのだ。
『通信速度が低下しているため、地図の更新が不安定になっています』
ポップアップメッセージが表示された。アンテナマークを確認すると圏外となっている。
福良は立ち止まった。さすがにこの状況で歩き続けるのは危険だと思ったのだ。
これがイベントかもしれないが、どう対応すればいいのかがわからない。福良は待つことにした。ただ霧が出るだけのイベントなら、そのうちにおさまってイベント終了になるかもしれないと思ったのだ。
「……特に何も……いえ、音が……」
何かが聞こえた気がして福良は耳を澄ませた。
微かではあるが、断続的な音が聞こえている。それは、もの悲しげな鈴の音のようで、自然に発生する音とは思えなかった。風に揺れて鳴っているのだろう。しばらく聞いていたが音量に変化はないようなので音の発生源は動いていないようだ。
音の正体は不明なので近づくべきではないのかもしれない。だが、福良はその音にこの状況を打開する手がかりがあるように感じた。
これがイベントなら何もせずに待っていても事態は好転しないだろう。福良は、音に向かって歩きはじめた。
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