第10話 北原和彦3
和彦は森の中を東へ向かっていた。
木々はまばらなため敵がくればすぐわかるだろうし、地図で確認できる範囲もそれなりには広い。奇襲を受けることはほぼないだろうと楽観していた。
「でも、エンカウント率低すぎねぇか?」
敵が出ずっぱりなのも困るが、まったく出てこないというのも不満ではあった。はじめての戦闘は最善とはいかなかったが、こんなわけのわからないところで、わけのわからないシステムを使ってのことにしては、うまくやれたほうだろう。次はもっとうまくやれるはずだと考えているのだ。
「敵を倒さないとレベルあがらないんだろ? 戦いを避けてたらいつまで経っても弱いままってことじゃねーか」
できるならこちらが先に敵を見つけて先制攻撃が理想的だ。
あたりの気配を探りながら進んでいた和彦は、妙なものが目前にあることに気づいた。
前方十メートル程先に、ピンク色の球体が三つ地面に転がっているのだ。
「アイテム……でもないよな?」
警戒しながらよっていくと、球体はその間にゆっくりと動いていた。どうやら生き物のようだ。
魔物かもしれないがあまり脅威を感じられず、和彦はすぐそばにまで近づいた。
直径は30センチほどで、バスケットボールよりも少し大きいぐらいだろう。小さな足が四本生えているが、移動するには転がったほうが早いのではないかと思えてしまう。
大きくつぶらな目が二つあるのが前方のようで、後方には丸い尻尾が生えていた。
「むきゅ?」
見た目も愛らしく、声も可愛い。そばによっても逃げようとはせず、興味津々で和彦を見上げている。魔物だとしてもこれに攻撃するのは和彦も躊躇ってしまった。
「こいつは……マスコットキャラ的なやつなんじゃないのか?」
ゲームだと妙に愛くるしい見た目のモンスターにも平然と攻撃したりするが、実際に目の前に出てこられると醜い魔物と同じ扱いはできそうになかった。
「とりあえず写真撮っとくか」
公開できる機会が訪れるかはわからないが、バズりそうだと思った和彦はスマートフォンのカメラを球体に向けた。
少しばかり構図に悩んでいると、アプリ上に吹出しのようなウィンドウが表示された。
【肉玉:足が短く動きが遅い。温厚で警戒心がなく人にも懐く。灯による調理が可能で美味しい。すぐに絶滅しそうなものだが、なぜか魔物はこの生物を捕食しようとはしないため、魔界でのみ生存が可能と思われる】
「ん? なんちゃらレンズみたいな画像検索か? ひでぇ名前だし、この説明誰が書いてんだよとかいろいろ思うところは……」
とはいえ、何がなんだかわからないこの状況で、画像検索機能は重要だ。気になったものは積極的に調べていこうと和彦は考えた。
「倒すと経験値になるかもしんないけど……さすがになぁ」
やはり、無抵抗の愛くるしい動物を一方的に虐殺するのは出来そうにない。和彦は肉玉を無視して先に進むことにした。
地図を見ると、背後にいるはずの肉玉は表示されていなかった。動いていない魔物は感知されないのだ。これは注意すべき点だろう。動かず待ち構えられている場合、気づけず奇襲されてしまう可能性があるのだ。
動体感知を過信せず、あたりの気配を探りながら歩いて行く。
しばらくいくと、森が途切れているのが見えた。唐突に木々がなくなり、草原になっているのだ。
和彦は草原の手前まで近づき、あたりを見回した。
どうやら草原は円形に広がっているようだ。森の中に木々のない空白地帯がぽっかりとあるようなものだろう。
草原の直径は100メートルほどで、中にはぽつぽつと小さな土塊が点在している。
「んー? いかにも怪しいっちゃ怪しいが……」
見たところはのどかな草原だ。地図をみる限りでは周囲で動いているものはないし、土塊も膝の高さまでもない大きさなので何かが隠れることもできないだろう。気配を探ってみても特に何かを感じることもなかった。
「まあ行ってみるか」
まっすぐ東へ向かうのなら直進するのが近道だ。草原に何かあるとしてもたかが100メートル。ちょっと走れば突っ切ることもできるだろう。
和彦は草原に足を踏み入れた。特に何かが起こるわけでもなかった。ゆっくりと慎重に歩いてみたがやはり何の気配もないし、何事かが起こる予兆もなかった。
真っ直ぐにすすんでいき、草原の中心あたりに辿り着いた。そこには他よりも少しだけ大きな土塊があった。とはいえ、やはりそこに何かがあるわけでもない。
もしや土塊の中に何かがあるのではとも思ったが、掘り返して確認するほどの興味も持てなかった。
「なんだよ。なにもねぇじゃねぇか」
多少は警戒していた和彦は拍子抜けしていた。
障害物がないので見通しはいい。森の中よりもむしろ安全といえるかもしれなかった。
「あんまりちんたらもしてられねーよな。とりあえず村にいかねーと」
歩みを早めたところで、スマートフォンが震えた。和彦は通知を確認した。
『HPが10%以下になっています』
「は?」
慌ててステータスアプリでHPを確認する。4になっていた。先ほどの戦いで17になっていたが、そこからかなり減ってしまっている。
「え? なにもなかっただろ?」
痛くも痒くもないし、HPが減った感覚などまるでない。だがこのまま減って0になってしまうのはいかにもまずそうだ。
「もしかしてここか? この場所が悪いのか?」
そうこうしているうちにHPは3になった。やはり減り続けている。この場所が原因なら速やかに離脱するべきだった。
和彦は駆け出した。
とりあえず前方へ。草原の中程まで来ているのだから森までは50メートルほどのはずだ。筋力が上がっているのだから数秒かからずに走破できるはずだった。
「ぶべっ!」
和彦は何かに足を取られた。草に隠れたちょっとしたくぼみだ。足元がよく見えないのだから注意すべきだったのだが、慌てていてそんなところにまで気が回らなかったのだ。
目の前には森があった。後数歩という距離だ。
和彦が立ち上がろうとすると、スマートフォンが震えた。
手にしていたスマートフォンをちらりと確認した。
『HPが0になりました』
ポップアップメッセージにはそう表示されていた。
「うわああああぁ……って、特に何もないんだが?」
0になったら死ぬかもしれないと思っていた。しかし、特に何か起こったようには思えないのだ。
「んだよ。焦らせやがって」
死なないとなれば慌てることはないし、森はすぐそこだ。
体を起こし、片膝をついて立ち上がろうとして、和彦は前のめりに倒れた。
「あ、あれ?」
体を起こそうと腕に力をいれる。
腕はぐにゃりと折れ曲がり、和彦は再び地に伏した。
「は? 何が?」
わけがわからず手を見る。輪郭がぼんやりとしていた。
何が起こったのかすぐにはわからなかったが、それは目の錯覚などではなかった。
指先が溶けていて、形が曖昧になっているのだ。
「うわあああああ!」
慌てて腕を動かすと、どろりと何かがこぼれ落ちた。
「むきゅ?」
顔を上げると、肉玉と目が合った。つぶらな瞳で、和彦を見つめているのだ。
「むきゅ?」
「むきゅ?」
「むきゅ?」
肉玉は和彦を取り囲んでいた。
肉玉が大きく口を開き、細長い舌を伸ばす。そして、こぼれ落ち、液状化した肉をぺろぺろと舐めはじめた。
「やめろ! おい! それは餌じゃねぇって!」
肉玉は、襲ってはこなかった。
ただ、そこらにこぼれ落ちて二度と元には戻らない肉汁を舐めているだけなのだ。
そのうちに、和彦は声も出せなくなった。
体がゆっくりと溶けていて、喋れるだけの肉がなくなったのだろう。
――嘘だろ……俺、こんなとこで終わるのかよ……。こっからレベルを上げて、便利なスキルとか手に入れて……。
和彦の意識はそこで途切れた。
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