第9話 極楽天福良5

 福良は落ちているアイテムをどうにか持ち運べないかと少し考えたが、制服のポケットには入らないし、手に持っていても邪魔になるので諦めた。

 魔物の死骸やアイテムは放置して道へと向かう。草原には踏み入らないように進んでいき、道に辿り着いた福良はほっと一息をついた。

 過信するわけにもいかないが、それでもましな場所ではあるだろう。

 あたりを見回す。

 道は西側へと続いていて、やはり輝く石が埋め込まれていた。東側には避けてきた草原が広がっている。見た限りではのどかな草原でしかないがやはり嫌な感じは続いている。すぐにこの場を離れるべきだろう。

 福良は、再び西へと歩き出した。

 地図を見ようとスマートフォンを取り出す。レベルアップの通知が表示されていた。

 やはり魔物を倒せばレベルアップするものらしい。福良は立ち止まりステータスアプリを起動した。


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[ステータス]

レベル :5

ジョブ :スカベンジャー

    :レイジィキング

HP  :10/50

MP  :10/50


 体格:1

 美貌:1

 知力:1

 感覚:1

 魔力:1

 幸運:30

 

アチーブメント

・イレギュラービクトリー「ステータス設定前に敵を撃破」

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 やはりレベルが上がってもステータスに変化はなかった。HPとMPの最大値は1レベルごとに10上がるようだが、現在値に変化はない。

 スキルアプリを見るとスキルポイントが1増えていた。

 つまり、レベルアップの影響はHPとMPとスキルポイントだけとなる。


「スキルベースのシステムなんでしょうか?」


 福良もそれほど詳しいわけではないが、RPGのキャラクターを表現する方法としてはおおまかに分けるとジョブベースとスキルベースのシステムがある。

 ジョブベースはジョブごとに成長曲線が決められていたり使用できるスキルなどが決まっていてジョブがキャラの個性となるシステムだ。

 スキルベースの場合はスキルの組み合わせ、スキルの成長によりキャラの個性を表すシステムとなる。

 この二つは厳密に区別されるわけではなく混成になることも多い。福良を取り巻くシステムはスキルベースよりになっているように思えた。

 とにかくスキルを取ってみようと福良はスキル選択画面を表示した。

 新たに取れるスキルは以下の三つだった。


幸運スキル

・クリティカル発生率アップ

 クリティカルの発生率が上昇する。


スカベンジャースキル

・ガラクタサーチ

 コンテナの位置を地図に表示する。ランク1のコンテナが対象だが、まれに高ランクのコンテナも発見出来る。


レイジィキングスキル

・てきをよぶ

 周囲の魔物に自分の位置を知らせる。


「どれも今すぐに役立つという感じでもないですが……」


 クリティカル発生率アップと言われても、先ほどの戦闘では常にブラッディパーティが発動していたので全てクリティカルだったのだろう。そうなると発生率がわからないし、上げる必要があるのかがわからない。地図にアイテムのある場所が出たとしても探している場合ではないだろうし、敵を呼ぶのは論外だろう。

 福良は、スキル取得は保留して先に進むことにした。

 道は多少はうねっているものの概ね西へと向かっている。どこまで進めばいいのかわからないのは不安ではあるものの、どこかに通じていると信じて進むしかない。

 しばらく行くと、道の上に何かがあるのが見えてきた。

 近づいていくと、野営の跡らしいことがわかってきた。そのあたりに落ちている枝を組み合わせて布をかけだだけの簡単なテント、たき火の跡、調理器具などが道の真ん中に堂々とおいてある。

 道が魔物避けになっているのなら、ここで野営するのが当然なのだろう。通行の邪魔になるとかよりも安全性を重視するのは当然のことだ。

 人の気配はなかった。

 探っていくべきだろうか。少し悩んでいると、右側の森から音が聞こえてきた。ここで野営していた者が戻ってきたのかもしれない。

 人がいるのなら話を聞ける。そう福良は思ったのだが、すぐにそれは無理そうだと考えた。

 人が吹っ飛んできて、目の前を転がっていったからだ。

 血まみれの上半身が反対側の森へと消えていった。

 福良はしゃがみこんだ。何かが起こっている。意味があるのかはわからないが、立っているよりはましだろうと考えた。

 福良の頭上を、またもや血まみれの人間が飛んでいった。

 三人目が飛んできて、たき火の跡に突っ込んでいた。鍋の中身をばらまいて、何者かが道の上に留まる。ぐちゃぐちゃになったそれが生きているとはとても思えなかった。

 それは、とても静かにやってきた。

 森の木々の合間から、ぬらりとあらわれる。

 立ち上がった巨大な熊。

 それが福良の第一印象だった。

 黒く、大きく、角張っている。全身が硬く、鎧のような獣毛に覆われていた。

 福良はすぐに勝ち目がないと判断した。戦ってどうにかなるような相手とは思えなかったのだ。

 かといって、逃げるのも無理そうだった。目を攻撃して怯んだ隙にとも思ったが、顔には目らしきものがなかった。ただ黒い頭部があるだけなのだ。

 巨大な獣は、野営地にまでやってくると四つん這いになった。

 頭部が上下に裂け、赤黒い闇が垣間見えた。そこが口であり、顎なのだろう。獣はぐちゃぐちゃになった死体にのしかかり、巨大な顎でかぶりついた。

 それは想像していたよりも繊細な作業だった。少しずつ削り取り、口内に転がしている。それは口にした肉を存分に味わっているのだ。

 獣は、福良には気づいていないようだった。

 福良と獣の距離は10メートルほどだろう。気づかれないわけはないので、ただ後回しにしているだけなのかもしれない。

 福良は気配を消している。呼吸をできるだけゆっくりと行い、身動ぎひとつしていない。すぐそばにいるのだから、その程度の隠形など無意味かもしれないが、今の福良にできるのはそれぐらいしかなかった。

 どれほどの時間が経ったのか。骨一つ残さずに食べきった獣は、左側の森へと入っていった。

 慌てて動くべきではないと福良は己を律した。

 森の中から咀嚼音が聞こえはじめた。先ほどそちらに飛んでいった誰かを食べ始めたのだろう。

 ぐしゃぐちゃ。ぽりぽり。ぞりぞり。

 見えない森の中から、嫌な音が聞こえてくる。

 今すぐにでもこの場から逃げ出したい。その思いを、福良は抑えこんだ。なぜかはわからないが気づいていないのだ。この状態を維持するのが最善だと自分に言い聞かせる。

 二人目を食べきった獣が移動しはじめたが、福良は安堵しなかった。まだ三人目がいるからだ。

 またもやの咀嚼音が、獣が三人目に取りかかったことを伝えてきた。

 とにかく動かない。その事だけに集中して福良はただ時を待った。

 やがて静かになり、森から獣があらわれた。

 福良は、動かないことに賭けた。

 獣は、野営地に向かいテントを荒らし始めた。そこに食料でもあったのだろう。袋や鞄を切り裂き、中の物を貪りはじめた。

 さらに時間が経ち、獣が立ち上がる。

 もう、他に食べられそうな物は福良ぐらいしかない。

 それでも福良は動かずに待った。

 獣があたりを見回す。

 目が合った気がしてヒヤリとしたが、福良は微動だにしなかった。動かないことに賭けたのなら、最後まで全うすべきなのだ。

 獣は、やってきた森へと帰っていった。

 姿が消え、音が離れていき、気配がなくなる。

 それでも、福良はしばらく動けなかった。

 もう近くにはいないと確信するには、さらなる時間を要したのだ。


「はぁ……」


 福良は力を抜き、後ろにばたりと倒れた。体が強ばっている。すぐには動けそうになかった。

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