第8話 フェアリー1

 フェアリーは雑食だ。

 そこらに生えている草を、花を、蜜を、昆虫を、何かが食べ残した腐った肉を食べている。

 特にこれといった好みはなく、その時々で食べやすいものを食べていた。

 何でも食べられるが故に狩りをすることはほとんどないのだが、危険がそれほどないなら狩りをすることもある。

 具体的に言えば人間。さらに詳しく言えばこの森に突然あらわれる人間が相手の場合だ。

 突然どこからかあらわれる彼らは大体の場合が呆けている。わけがわからないと混乱しているのだ。

 そんな人間を狩るのは、フェアリーのような弱い魔物であっても実に容易かった。労せずに新鮮な肉にありつけるので、フェアリーたちは突然やってくる人間たちを心待ちにしているのだ。

 その少女も、唐突に森の中に出現した。

 フェアリーたちは運がいいと喜んだ。一気に人間がやってくる時期はあるのだが、出現に遭遇するなど滅多にないことだからだ。

 出現直後の人間は特に脆い。さっと近づいて行き、服の中にでも潜り込めばいいのだ。腹を食い破り、中に入り込めれば後は食べ放題だった。

 だが、少女はあらわれてすぐに石を拾い上げた。

 フェアリーは警戒した。

 小さなフェアリーにとっては、小さな石ころでも十分に脅威なのだ。

 石を投げつけられたとしても、それで犠牲になるのは一体ぐらいだろう。残りの者が襲いかかればいいのだが、そこまでするほどフェアリーは好戦的ではなかった。


「どうする?」

「ちょっと様子見かなぁ」

「でも、板を使われたらまずいよ?」


 突然あらわれる人間は最初は無防備だが、板で何かの儀式を行うと強くなるのだ。簡単には皮膚を破れなくなってしまうので、美味しい獲物ではなくなってしまう。

 どうしたものかと迷っていると少女が歩きだした。

 三人のフェアリーが距離を保ったままついていくと、少女はマンティスマンに出くわしていた。


「あー」

「あいつに取られちゃうよ!」


 マンティスマンは殺した獲物をその場には残さない。ひとしきり弄んだ後に巣へと持ち帰るのだ。


「んー。でも一匹は残すんじゃない? 二匹持って帰るの大変だろうし」


 すでに一人がマンティスマンの犠牲になっていた。


「かなぁ。でも仲間を呼んでくるかも」

「じゃあマンティスマンが離れたらその隙にちょっと食べて帰ろう!」

「そうだね!」


 マンティスマンが殺してくれるのなら、それはそれで面倒がなくていいかもしれない。

 そうフェアリーたちは思ったのだが、次の瞬間にあらわれたのは予想外の光景だった。

 少女は、石を投げつけてマンティスマンを殺してしまったのだ。


「え?」

「やば」

「どうする?」

「逃げた方が?」

「いや、まだいけるよ!」


 あえて危険な狩りをしようとまでは思わないが人間の肉はご馳走だ。労せず入手できる機会があるなら逃したくないところだった。

 フェアリーたちは少女の背後からこっそりと近づいていった。まだ気づかれていないはずだ。不意を突けばいけるはず。

 フェアリーたちは爪を伸ばした。大した武器でもないが、人間の肉ぐらいなら容易く貫ける。とにかくどこかに取りついて、肌を切り裂いて中に入ってしまえばいいのだ。

 フェアリーたちの飛行はとても静かなので、ゆっくりと近づけば悟られることはない。

 そう思っていたのだが、少女はいきなり振り向いた。

 偶然とは思えない動きであり、背後に何かいるとわかっているかのようだった。

 少女は手に板を持っている。おそらく儀式は終わってしまったのだ。フェアリーたちは諦めた。あとはこの場をどうしのぐかになる。


「こんにちはー!」


 フェアリーは元気よく挨拶した。少女はまだ何もわかっていないはずで、敵味方の判断に迷うはずだ。ならば友好的に振る舞えば敵意を向けられないかもしれないと思ってのことだった。


「えーと……こんにちは?」


 やはり少女は戸惑っているようだった。だが、隙はない。フェアリーも野生に生きる者だ。一方的に狩れる獲物かどうかぐらいはわかる。

 これは駄目だ。敵対してはならない。

 フェアリーは襲うことを諦めた。

 だが、それはそうとして、会話が出来るのなら他にもやりようはある。

 他の魔物がいる方へと誘導してしまえばいいのだ。

 この森には強力な魔物がいくらでもいる。多少強い程度の人間では太刀打ちできない存在がそこら中にいるのだ。


「あるよぉ。あっちに行けば村があるよぉ」


 人のいる場所を聞かれて、フェアリーは適当な方角を教えた。このあたりに人が住む場所はあるが、反対側へと誘導しようと思ったのだ。


「ありがとうございます。あ、これを差し上げます」


 少女が、紙に包まれた丸い何かを見せてきた。

 フェアリーは怪しんだが、それからいい匂いがしてきてふらふらと近づいてしまった。

 包みが解かれ、甘い匂いが広がる。

 思わずフェアリーたちは茶色の塊にかぶりついた。


「わ。なにこれ、甘い! 美味しい!」


 夢中になってあっという間に食べ尽くし、フェアリーたちは若干の後ろめたさを覚えた。

 気まぐれで奔放なフェアリーたちだが、多少の返報意識ぐらいはあるのだ。間抜けな獲物を狩るのも、馬鹿な獲物を騙すのも気にはしないが、一方的に施されるだけというのはどうにもすわりが悪い。


「いいものもらったし、いいこと教えてあげる。人がいるところならあっちに行けばいいんじゃないかな」


 だから、本当のことを教えた。

 別に、フェアリーは人間と敵対しているわけではない。ただ気まぐれなだけであり、人間の役に立つことをすることもあるのだ。

 ここから西には封輪と呼ばれる一帯があり、そこには魔物が近づけない。このあたりで人間が安全に過ごせる場所はそこにしかないのだった。


「じゃあねぇ」


 フェアリーたちはふわふわと去っていった。

 向かう先は、先ほど少女がマンティスマンと遭遇した場所、もう一人の少女が倒れている場所だ。


「ごちそうだぁ!」


 マンティスマンが死んだのだから、人間の死体は丸々残っている。

 結果的に、フェアリーは労せずしてごちそうにありつくことができたのだった。

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