第4話 北原和彦1
講堂を出て周囲の光景が森に変わった時、北原和彦は即座にこれは異世界転移だと判断した。
なぜなら、彼はこんなことが起こることを心待ちにしていたからだ。
普通なら混乱するだけの状況だが、心の準備だけはとっくの昔にできていた。
「これは……どういうパターンだ? チートとかあるやつか? それとも理不尽な世界を生き抜く系か?」
いきなり森の中という状況に和彦は不穏なものを感じていた。
この手の状況では、手始めにモンスターに襲われる可能性が高いように思えたのだ。
「とりあえず……ステータスオープン!」
ステータスウインドウが目の前に現れることはなく、ただ和彦の声が森に響いただけだった。
「恥ずっ! え、そういうのないの? もしかして現代知識だけでどうにかする系?」
ここが中世ヨーロッパ的なファンタジー世界だとして、普通の高校生が身につけている程度の現代知識など役に立ちはしないだろう。
だが、和彦はそんな世界に行ったとしても何か役に立つことを覚えておこうと普段から努力をしていた。
文明が滅んだ世界で科学技術を再興するマニュアルや、現代的な農業に関する本を読んでいたのだ。
「とりあえず服はそのままなのか」
和彦は持ち物を確認した。
現状の所持品は、制服の上下、下着、靴下、靴、腕時計、財布、キーホルダー、学園支給のスマートフォンといったところだ。
講堂を出たときに持っていた物をそのまま持ってきているらしい。
「スマホなぁ……普通は異世界で使えるわけ――使えるな!」
電波の届かない異世界では使えないと思ったが、画面にはアンテナマークが表示されている。
ここが異世界ではない可能性が浮上してきて、和彦は少しばかり不安になった。
「もしかして、スマホで色々できるやつとか……ステータス? おお!」
スマートフォンの画面に表示されているのはステータス設定画面だった。
パラメーターは体格、美貌、感覚、魔力、幸運の五つで初期値は1。ボーナスポイントは10で横に再ロールボタンがある。
このポイントを各種パラメーターに割り振るのだろうと和彦はすぐに理解した。
「再ロールがあるってことは……まあ、このままでいいか」
再ロールが何回もできるかはわからないし、ポイントが今よりも下がる可能性がある。
なんとなくではあるが、この値はましな方だと和彦は思ったのだ。
「極振りはハマると強いけど、ちょっと怖いよな……」
何が役に立つかわからない以上、ステータス配分は均等にしておくのがいい。そう考えて2ポイントずつ割り振ったのだが、決定ボタンを押すとエラーが表示された。
『ステータス値がジョブ要件を満たしていません。いずれかのステータスを5以上にしてください』
「んだよ。そーゆーことは最初から説明しろよ……」
文句を言いつつも、和彦は幸運と美貌を1ずつ減らし、その分を体格へと割り振って決定ボタンを押した。
すると、体に力が漲っていくのが自覚できた。目に見えて体格がよくなってはいないようだが、筋肉量は増えているのかもしれない。今までよりは力を出せるような感覚があるのだ。
「これって体格に振ったからか? じゃあ美貌も?」
初期設定が終わり、スマートフォンにはホーム画面が表示されている。和彦はカメラアプリを起動し、インカメラで自分の顔を確認した。
がらりと変わったわけではないが、元の雰囲気を残しつつも眼が少し大きくなり、バランスが整っているようだ。
「まじか……イケメンになってる気が……だったらもうちょっと美貌に振っとけば……」
少し後悔するも、まずはこの場を生き抜くための力が必要だろうと考えた。その為には体格が重要だし、美貌と幸運はそれほど関係がないはずだ。
「スマホにいろいろ機能があるみたいだけど……ステータス! これだな!」
和彦はホーム画面に並ぶアイコンの中からステータスアプリを起動した。
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[ステータス]
レベル :1
ジョブ :戦士
HP :20/20
MP :10/10
体格:5
美貌:2
感覚:3
魔力:3
幸運:2
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「あー。これってステータスでジョブが決まるタイプ?」
体格が多ければ戦士に、魔力が多ければ魔法使いになるといったジョブシステムなのだろう。
和彦は装備アプリを起動した。
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[装備]
九法宮学園の制服(男子)
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「戦士っぽい装備が出てくるなんてことはないのか」
ゲームならそれぞれのジョブで使える最低限の装備が用意されることが多いが、装備が湧いて出てくることはないようだ。
これ以上わかることもなさそうなので、和彦はスキルアプリを起動した。
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[スキル]
スキルポイント:0
体格スキル
・HPアップ
知力スキル
・共通言語理解
感覚スキル
・動体感知
戦士スキル
・近接武器ダメージアップ
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スキルのカテゴリーは各ステータスとジョブによるものに分かれているようだ。
スキル名をタッチすると、詳細な情報が表示された。
・HPアップ
最大HPが、レベル*10増加。
・共通言語理解
共通言語による読み書き、会話を行うことができるようになる。
共通言語はほぼ全ての民族、種族が習得している人工言語。成立してから長い年月が経っており、この言語さえ使用できればコミュニケーションで困ることはない。
・動体感知
動いている物体を地図に表示する。感知範囲は半径【30】メートル。
・近接武器ダメージアップ
近接武器装備時、攻撃力が上昇する。
「うーん……これはモンスターとかがいて戦うって流れだよなぁ……」
さすがに素手で戦うのは辛そうなので、和彦はあたりを見回した。
「使えそうなのはこんなもんか?」
剣や槍がそこらに落ちているわけもなく、和彦が拾い上げたのは木切れだった。
木切れは思ったよりも重く、頑丈だった。これなら棍棒といえなくもないし、戦うことも可能だろう。間に合わせの武器を手に入れた和彦は地図のアプリを起動した。
自分を中心にした周囲の地形が表示されているようだった。移動に伴って表示範囲が増えていくのだろう。地図を縮小していくと、東側に星形のマークがあらわれた。
「目的地ってことか? 他に表示はないから、まずはここに行けってこと? まあ、他にあてもないし……うわっ!」
気づけば、小さな生き物が和彦を遠巻きにしていた。スマホに夢中になっていたため接近に気づかなかったのだ。
それは、翅の生えた小さな少女たちだった。
「ピクシー? 妖精? マジでファンタジーじゃねぇかよ」
「ピクシー? 私たちはフェアリーだよ?」
「あぁ。そっちか。なんだよ。俺に用か?」
怪しい生き物ではあるが、和彦はさほど警戒していなかった。フェアリーのような可愛らしい存在は人間に友好的だろうという思い込みがあったのだ。
「ねぇ。君はチョコレートを持ってる? 丸くて甘くて美味しいの」
「チョコ? いや、持ってねぇけど」
まともな生徒なら入学式にお菓子など持ってきているわけがなかった。
「それはそうと、このあたりに人間っている?」
「いるよぉ。あっちにいけば村があるよぉ」
何体かのフェアリーが同じ方向を指さした。それは、先ほど地図で見た星形のマークがある東の方角だ。
「おぉ、サンキュー!」
「じゃあねぇ」
和彦に興味をなくしたのか、フェアリーたちは去っていった。
「でも星形のマークまでかなり遠いし……さすがに村がこんなに離れてるわけないよな」
地図の縮尺から判断すれば、星形のマークまでは百五十キロメートルはありそうだ。
まさか、人がいるところを聞かれてそんなに離れた場所を教えるはずもないだろう。
和彦は、そちらへと向かえばすぐに村があるのだろうと気楽に考えた。
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