第3話 極楽天福良2
福良は腕の力を抜いた。手に持っている石をいつでも投げられる体勢を取ったのだ。
宙に浮き、ふわふわと近づいてきていた生物が停止した。慌てて動けば攻撃されるとでも思ったのかもしれない。
事実、これ以上近づいてくるなら福良は攻撃するつもりだった。
それらの生物は、やはり人にしか見えなかった。そう見えるだけの昆虫の類かとも思ったが、それは、どう見ても掌に乗るような小さな女の子なのだ。
「こんにちはー!」
三人の小さな女の子が元気よく挨拶してきた。
「えーと……こんにちは?」
福良の混乱はさらに増していた。
先ほど人を食べていた生物も現実的ではなかったが、それでも未発見の生物だと考えることはできる。
だが、人形サイズで、翅が生えていて、服を着ていて、宙に浮いていて、人語を解する少女となると、現実的に存在するとは思えなかったのだ。
「その……ここはどこなんでしょうか?」
しかし、いくら疑わしい存在だとしても目の前にいるのだから認めるしかない。話ができるのなら何かわかるかもしれないと福良は前向きに考えた。
「私たちは静かな森って呼んでるよ。あなたたちは魔界って呼んでたかな。どうしたの? 迷子?」
「迷子と言えばそうですね。このあたりで人を見かけなかったでしょうか?」
もしかすれば生きている新入生が近くにいるかもしれないと思い福良は尋ねた。
「見てないよー」
「あなたたちはこのあたりに住んでるんですか?」
「うん。ぶらぶらと散歩してるんだー」
「あなたたちは……何者なんですか? 妖精さんなのでしょうか?」
「種族名ってこと? フェアリーだよー」
薄々思っていたことが福良の中で形を成してきた。馬鹿馬鹿しいと、そんなことはありえないと頭の片隅に追いやっていたのだが、こうなってくるとその可能性を頭から捨ててしまうわけにもいかなくなってきた。
つまり、ここは異世界で、福良が転移してきた可能性があるのだ。
「変なことを聞くと思われるかもしれませんが、言葉が通じるのはおかしくないですか?」
「うん? でも、お姉さんが喋ってるのは共通言語だよね?」
「日本語のつもりですが……日本はご存じですか?」
「知らないねぇ」
福良は日本語を話しているし、フェアリーの言葉も日本語として理解できている。
だが、フェアリーはこの会話を共通言語とやらと思っているのだ。
「では共通言語があるということは、共通ではない言語もあるのでしょうか?」
「うーん。あると言えばあるんだけど、今はもうみんな共通言語で話してるしなー。私も、フェアリー語なんてあやふやだしさー」
だとすれば、安心材料の一つにはなりそうだった。ここが異世界だとしても、意思疎通が出来るならやりようがあるかもしれないからだ。
「このあたりに人がいるところはありますか?」
「あるよぉ。あっちに行けば村があるよぉ」
フェアリーが指した方を見たが森が続いているだけだった。すぐ近くではないのだろう。
地図をもとに考えれば、フェアリーはここから東に行けといっているようだ。
「ありがとうございます。あ、これを差し上げます」
福良はポケットからチョコレートを出してフェアリーに見せた。
謎の生物を相手にしているのだからもっと警戒するべきかもしれないし、なけなしの食料を渡してしまうなど愚かな行為かもしれないが、質問に答えてもらったのだから礼はしておこうと思ったのだ。
「何これ?」
「チョコレートですよ」
「ふーん」
近づいてきたので、福良は包みを解いて中身を渡した。直径三センチほどの球体状のチョコだが、フェアリーの大きさなら食べ出はあるだろう。
「わ。なにこれ、甘い! 美味しい!」
フェアリーたちが寄り集まり、皆でかじりついていた。
「いいものもらったし、いいこと教えてあげる。人がいるところならあっちに行けばいいんじゃないかな」
フェアリーは、先ほどとは逆の西を指していた。
「さっきとは方角が違うようですが?」
「うん。さっきのは適当だったからね! あっちに行けば道があるよ」
「それはありがとうございます」
「それとね。道まで行けたら道を逸れちゃだめだよ。道は魔物避けになってるからね」
「魔物、ですか」
先ほど倒したのがその魔物なのだろう。どんな理屈で魔物を避けられるのかはわからないが、道の方が見通しはよいだろうし多少は安全なのかもしれなかった。
「じゃあねぇ」
フェアリーたちはふわふわと去って行った。
「もう少し聞いた方がよかったでしょうか……」
だが、何もかもがわからなさすぎて、何を聞けばいいのかもよくわからなかったのだ。
「とりあえず動いてみるしかないですね」
ここでじっとしていても何も変わらない。
福良は、とりあえず道に出て、西に向かうことにした。
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