第十一話 クラーラ、または、マシュはどうかね?

複数人の足音が響き渡る。

天井に吊るされたシャンデリアの光を綺麗に反射する床は大理石で出来ているのだろうか?


そもそもこれほどの豪邸に入ったことのない俺からしたら床や壁が全て豪華なものに見えてしまうため、どう考えても無駄だろう。


前を向けば真っ白の壁が、横を向けばどこまで続いているか分からないほどの長い廊下が、上を向けば美しいガラス細工の施されたシャンデリアが、下を向けば光を反射するほど丁寧に、傷ひとつなく磨かれた床が見える。

これだけで俺がもの酔いしてしまいそうだ。


「どうかね?我が屋敷は。」


「す、凄いですね。凄いとしか言いようがありませんよ。冒険者として活動してきた自分はこんな豪華なところに出向いた経験が無いですから。」


「ほほほっ、驚いてくれて何よりだよ。財力を示すためにはどうしてもこういう風にしなくてはならないのでな。」


「?もしかして、こういう家は好きではないのですか?」


「セイジ君、もう少しフレンドリーにしてほしいのだがね?...........私は現役を退いた身、老いぼれたジジィにはこんなキラキラした家はちと堅苦しいのだよ。」


「あぁ、やっぱり現会長と親子なんですね。」


「やはり倅も同じことを言うたか。アイツは私と性格や考えることがほんっとぉぉに!似とるからのぉ。私のように、家族に構えず妻から見放されるようにだけは、ならんでほしいのだがなぁ。」


「えっと、離婚されたので?」


「ほっほ、私のひとつの過ちよ。アスフェロン商会を作ったはいいものの、仕事が次々と舞い込んで、知りもしない他人と話を無理やり合わせ、クレームに対応し、心がすり減っていった。妻に倅を任せきりで、ろくに愚痴も、相談事も、世間話でさえ聞いてやれず、愛想をつかされてしまった。私は、妻に別れようと言われても、何も思えなかった。」


彼の拳を握る力が強くなった。

よっぽど後悔しているんだろうな。


「そして、私と妻が分かれてから倅は変わってしまった。」


「変わってしまった、とは?」


「倅は私と妻が別れた理由を金がなかったからという風に勘違いしてしまったんだ。今は倅も理由を理解しているが、それまでの人生を勉学のみに費やさせ、友人の一人すら作らせなかったことを、私は後悔している。そういう道を選ばせてしまったことをな。これがもうひとつの私の過ちよ。」


「............そう、だったんですか。 」


「.....すまんのぅ、こんな老いぼれのくだらない過去の話を聞かせてしまった。」


「いえ、くだらないことはないですよ。ですが、悲しいな、と思いまして。」


「ほっほ、慰めてくれるのか?」


「次の機会があるとすれば、飲みながら愚痴の一つや二つぐらいなら聞きますよ。」


俺はそう言いながら手をクイッと動かし、酒を飲むポーズをとった。


「ほほ、それはいいな。今度我が屋敷に眠っているウィスキーを持ってくるかの。」


そう言って初老は扉を開ける。


「さぁさぁ、長いこと歩いて疲れただろう?どこでも、自由に座ってくれ。」


と言って、初老は部屋の奥の椅子に座った。

俺も勧められるがままに少し赤みがかったソファに腰かけた。


うぉ、凄いな、座っただけでこんなに違うとは。多分革で仕上げられているだろうソファだが、座ると雲の上にいるかのような柔らかさを感じた。

気を抜いたら寝てしまいそうだな、気を引き締めないと。


そう思いつつ、俺は初老に対し正面に座るよう、座る位置をソファの真ん中へとずらした。

すると、


「えいっ」

「では、」


「え?」


「ほほっ、成る程。」


右にクラーラが、左にマシュさんがさも当然のように座ってきた。

しかも肩と肩がくっつきそうなぐらい近くに。


「あの、お二人とも、ソファは広いから、もう少し距離をあけないか?それにマシュさん、貴女ここのメイドですよね?何当然のように客人面してるんですか?」


「わ、私は..........こ、ここがいいので。」


「お嬢様がここに座るなら、と思いまして。」


「えぇ、でも─」

「まぁまぁ、セイジ君いいではないか。」


「は、はぁ、そう言うのでしたら。」


いや、良くはないが、別に何もいわれないなら仕方がない。

う、隣から女性の柑橘系の香りが..はっ!?俺は何を考えてるんだ!


「っ..........」


「ほほぅ?これは中々面白いな。」


ん?何が面白いんだ?


「さて、では改めて、私はルフォン、ルフォン=アスフェロンという。これでもアスフェロン商会の設立者で元会長でもあった。堅苦しいのは好きではないのでな、気軽にルフォンと読んでほしい。」


く、釘を刺されてしまった。

くっ、社会に出てから目上の人には必ず敬語を使ってしまう癖でどうしても呼び捨ては難しい。

だが、


「...........分かったよ、ルフォン。じゃあ、知っていると思うが、俺はセイジ=レイヴァンドだ。冒険者をやっている。息子さん、ミトスさんとは親しくさせてもらっている。」


「うむ、これからも倅と仲良くしてやってほしい。」


満足気にルフォンが頷いた。


「は、はいっ!」


すると、隣にいたクラーラが手を上げながら勢いよく立ち上がった。

ここは学校ではないからそんなことしなくていいぞ。


「ええっと、あの、私はクラーラ=アスフェロンっていいます!父ミトスの娘でルフォンお爺ちゃんの孫です!」


「ははっ、知っているよクラーラ。」


「お嬢様はこの流れに乗らなければならないとお思いになったようです。」


「ちょ、マシュぅぅぅ!」


クラーラが自己紹介を終えると、マシュさんが付け加えをした。

よっぽど恥ずかしかったのか、クラーラはバカと何度も言いながらマシュさんをポカポカと殴っていた。


もちろんクラーラの殴りは痛みなどなく、ダメージは無いはずなのだが、その小動物のような行動からマシュさんは顔を、特に鼻の辺りを手で隠していた。

そして地面には赤い液体が濁流のごとく流れ............

貴女また鼻血出してるんですか!?

いい加減慣れてください!


そしてルフォンはというと、


「ほほほっ」


と自分の孫の可愛らしい行動にほっこりしていたのであった。




マシュさんの鼻血が止まり、クラーラの暴走が止まると、ルフォン俺に話しかけてきた。


「セイジ君、改めて、クラーラを救ってくれて、ありがとう。」


と言って、頭を下げてきた。


「いや、礼には及ばないよ、ルフォン。俺はたまたまあのダンジョンに行っただけなんだよ。」


「だがその偶々がなければクラーラは死んでいたかもしれない。」


「...........分かったよ。だけど、お礼をどうかとかは言わないでくれよ?お礼はクラーラから既にもらってるからな。」


「クラーラから?」


「あぁ、ここに来て俺をもてなすことが彼女のお礼だそうだ。」


「ほほっ、クラーラらしいな。」


「いっつもこんな感じなのか?」


「いぃや?あの子は普段は大人しくてな、学校では物静かで本しか読んでおらんらしい。だから、あの子が友人として誰かを連れてきたことなんてなかった。」


「お、お爺ちゃん!」


「そうなのか?まったくそうは思えなかったが。」


「まぁ、そう言うことなのだろうな。」


「うん?」


「............これは苦労しそうだな。」


どう言うことだろうか?ちっとも理解できない。だがルフォンは何かを知っている様子だ。

何故俺は理解できないのだろうか?


「ところで、セイジ君達は食事はとったのか?」


「あぁ、クラーラと俺はすでに食事は終わったぞ。マシュさんは分からないが。」


「マシュは市場に行くついでに必ずどこかで何かを食べに行っているらしいからな、心配はしなくていいだろう。」


「はい、今日もすでに食事は終わらせてあります。」


「してセイジ君、君達はなにを食べたんだ?」


「クラーラからお任せって言われたからな、龍光っているラーメン屋に─」

「龍さんのところにいったのか!?」

「うぉっ!?」


龍光というワードに食いついてきたルフォン。


「もしかして、ルフォンって龍さんのとこの常連?」


「あぁもちろん。私はあそこが出来てからすぐに通い始めたからな。最近は行けてないが、どうだった?店主は元気か?」


............出来てから最初って言ってたよな。


「多分、先代のおやっさんのことを言っているんだよな。あの人はもう亡くなったよ。二年前にな。」


「何と............ そうか。して、今は誰が?」


「おやっさんの孫娘が今は二代目としてやってるよ。」


「そうか、そうか。もう少しで今しなければならない仕事が終わる。その時にでも言ってみるか。」


ルフォンはどこか寂しく、懐かしむような目をしながら上を向いていた。

...........そう言えば、おやっさんの数少ない友人の内の一人だったって、大将言ってたっけ。


「ほほほっ、話は変わるのだが、クラーラはいったい龍さんのところで何を食べたんだ?」


「あぁ、クラーラは............ 」


急なルフォンの質問に答えようとしたが、すんでで止めた。

果たしてクラーラのあの凄まじい食べっぷりを話してもいいのだろうか?と。

だが、家族なのだからいいだろうと判断した俺は、ルフォンに向けて全てを話した。


「実はな─」




「やはり私の孫娘だ!味覚は私と同じだな!だが、あのラーメンを最初に頼み完食してしまうとは。それに加えてチャーハンも、あの子の胃は本当にどうなっているのやら。」


「やっぱり、クラーラの食べる量の異常さに気づいていたんだな。」


「共に暮らしていれば嫌でも気づく。昼食は勿論多いが、朝食の量など私の三倍だぞ?毎回クラーラの食べる姿を見ると、どこにそんな量が行くのか考えてしまうんだよ。」


と、遠い目をするルフォン。

食費がとんでもないことになってそうだな。

お金の面では助けられないが、俺は彼に同情した。


「はぁ、して君はそんなクラーラを見てどう思った?」


ん?いきなり何を言っているんだ?

クラーラをどう思ったか?そうだな、


「んー、あの身体から想像もつかないほどたくさん食べることには驚いたが、それ以外は年相応の可愛らしい女の子だな、とは思ったな。」


「ふむ、そうか。」


ん?ルフォンは自身の顎に手を当て何かを考え出した。


「マシュについては?」


「え、マシュさんですか?んーと、話してて楽しいなとは思いますけど、それが何か?」


「そうかそうか。」


すると、俺の答えに満足したのかうんうんと頷きながら俺の方を見た。








「セイジ君、君の結婚相手として、私のクラーラ、または、マシュはどうかね?」




そして、唐突に爆弾を放り投げてきた。

勿論、



「ふぇ!?」

「なっ、ななななな、」


隣の二人も慌て始めた。

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