第十話 アスフェロン家
「ふぅぅ、満足ですぅ!」
「そうか、ならよかったよ。」
龍さんのところのチャーシューマシマシのラーメンとチャーハンを食いきったんだ。
それで満足にならなかったら困るというものだ。
大将がまけてくれたから何とか手持ちの金で足りたが、まけてくれなかったら翌日の俺の食事に影響が出ていたかもしれない。
...........まぁソロでブラッドラーメン、じゃないブラッドラットとホーンホースが狩れることが分かったので、自分でファングボアを狩りに行ったり討伐依頼を受けたりすれば金には困らないだろうからどうってことはないが。
満足そうに笑顔を浮かべながらくるくると回っている子供らしい彼女の行動を見て、俺は安堵した。
もうホーンホースに追いかけられた恐怖は振り払えたのだろうか?後は人間不信にならずにいてくれたらいいが。
くるくると回っていた彼女が足を止めた。
そしてこちらに向かってトテトテ歩いてくる。
しょ、小動物にしか見えない。
「あの、今日は何から何までありがとうございました。」
「あ、いや、別にいいと言っただろ?俺はたまたまあそこに居合わせただけで─」
「でも貴方が来てくださらなければ、私はきっと軽症ではすまなかったと思います。」
「............ 」
彼女の言っていることは間違っていない。
もし俺があそこに行かなかったら、彼女はよく見積もって重症、最悪死んでいたかもしれないのだ。
そんなことを言われたら、何も言い返せなくなる。
「なので、お礼として私の家に来てくれませんか?最高のおもてなしをするので!」
「...........そういうことなら、お邪魔させていただこう。」
「やったぁぁ!じゃあ決まりですね!早速行きましょう!」
と言って承諾したや否や彼女は俺の手を引っ張って走り出した。
それにしても、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
クラーラ、なんていう馬鹿力なんだ!?
本当にこの子ホーンホースに襲われそうになって泣いていた子か!?
三十代のおっさんを涙目にするぐらいの力って、中々のものだと思うんだが?
クラーラの馬鹿力に耐えながら俺達は街に戻ってきた。
はぁ、やっぱり落ち着くなぁ、ここは。
ギリギリギリギリギリギリ
痛い!クラーラ、もう少し優しくしてほしいんだが?
「あともう少しですよ?早く行きましょう!」
「いや、あのな?クラーラ、俺はまず討伐依頼を達成したことを報告しないといけなくてなぁ─」
「そんなの明日でいいじゃないですか!さぁ早く早く!」
「うおっ!?って、まったく...........」
そう言って俺はまたクラーラに振り回されるのであった。
「はぁ、はぁ、はぁ、よ、ようやく着いたか...........」
「さぁ、上がってください♪」
クラーラが道に迷ったり他の店に興味をもって連れてかれたりと色々あったが、何とか、何とかクラーラの家に着いた。
長かったぁ、ご飯を炊いている時間より長かったぞ。
「ただいまぁ、です!」
大きな声で帰宅を宣言するクラーラ。
その声を聞いて俺は膝に付いていた手を腰に当て、背中を伸ばしながら家を見た。
...........いやでかいな。
洋式なのは俺が泊まってる宿と変わらないんだが、こんな見上げるほどの高さじゃない。
回りには塀があり、正面には中々立派な門がそびえ立っている。
クラーラって、もしかして貴族のお嬢様なのか?と疑問に思ったのもつかの間、背後から殺気を感じた。
「──シッ」
「“抜刀じゅ─”」
「止めてください!」
とっさに抜刀術を繰り出そうとした俺だったがクラーラの制止の言葉を聞いて直前で止める。
視線を上に向けると、俺に殺気を向けたであろう人間が目を見開いて針を投げる直前のフォルムで止まっていた。
まぁ、クラーラが俺を庇うように立っていたら驚きもするだろう。
「お嬢様、どこの馬の骨かも分からない者を屋敷に入れるわけには─」
「この人は私を救ってくれました!お礼はしないといけないです!」
「はぁ、そんな使命感は感じなくても........... あら?」
クラーラと会話をしていた人が会話を止めた。
..........ん?
改めてはっきりとそいつを見てみると、人間じゃない。
頭にはもふもふの猫耳を付けていて、腰辺りだろうか、そこから細長い尻尾のようなものがフニャんフニャんと揺れ動いている。
獣人?しかも、この声............
「もしかして、セイジさん?」
「もしかして、マシュさん?」
俺と獣人の女性、もといマシュさんの声が重なった。
「す、すみません。お嬢様中々帰ってこなくて殺気だってまして、、」
「いえ、まぁ使えているご家族の誰かが帰ってこないと誰だってそうなりますから気にしないでください。」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。」
そう謝罪の言葉を口にし何度もペコペコ頭を下げているのは、猫の獣人で、クラーラのご家族に仕えているらしいマシュさんだ。
マシュさんとは昔から交流があって、市場に買い物に行く際道を案内してほしいと頼まれた事から始まった。
きれいなブロンド髪で、ポニーテールが腰まで長いのが一番の特徴だ。
少し切れ目できつい印象を受けるかもしれないが、性格は温厚で、しゃべっていて楽しい人だった。
でも、まさかクラーラと関係があったなんてなぁ。
世界って案外狭いんだなぁ。
そう自分の世界に浸っていると、視界の端で何やら肌色のものがちらちら映ったり消えたりしていた。
何だ?と思ってその方向を見てみると、クラーラが腕を横に広げブンブン上下に振りながら頬をリスのように膨らませなにかを訴えるような目で俺を見ていた。
いったん目の前の可愛い小動物を置いておいて隣を見てみると、マシュさんが口に手を当てながら小刻みに震えていた。
か、可愛いぃぃぃぃぃぃ!
何か、テレパシーを持ってなくてもマシュさんの心の中の声が聞こえたような気がする。
と、マシュさんが俺の視線に気づいたようだ。
こちらとクラーラを交互に見ている。
何となく言いたいことが分かる。
「え、ええと、クラーラ?」
ブンブンブンブン
「えっと、何か聞きたいことがあるのか?」
ふんふん
あ、首をたてに振った。
「何についてか、教えてくれないか?」
ブンブンブンブン
腕の振りの速度が上がった気がする。
「あー、俺とマシュさんについてか?」
ブブブブブブブブブブブブ
おいおい、目に見えない速度になったぞ!?
まぁ、十中八九当たってるってところか。
「えーっとな、俺とマシュさんは昔から交流があって、市場に出かけるときに見かけたら何かと話をしている仲なんだ。」
「そ、そうなんですお嬢様。セイジさんとは仲良くしててですね─」
「私知らない。」
「え?」
「マシュが誰かと市場で会ったなんて知らない。」
「い、いやぁ、お嬢様に聞かれなかったので別に言いかなぁと─」
「しかもそれがセイジさんだなんて!ムゥゥゥゥゥゥゥ、羨ましいですぅぅぅぅぅ!」
と、さっきまでリスのごとく膨らんでいた頬をさらに膨らませ腕を音速の速さで再び振りだした。
いや、クラーラの頬ってどうなっているんだ?
もう膨らみすぎて膨らんだ皮の部分が腕を振るごとにポヨンポヨン動いているんだが。
「はぅあ!?」
そしてマシュさん。どうして鼻血を吹き出しながら悶えているのかな?
二人の性格というか、さっきまで知っていた二人の像が盛大な音を立てながら崩壊していく様に俺の頭がついていかないんだが。
コラそこ、クラーラが可愛らしい行動をするからって鼻血だしながら恍惚とした表情をしない。
コラコラ、クラーラそれ以上頬を膨らませると頬の皮が伸びきってしまうから萎ませなさい。将来すぐに顔がしわしわになってもいいのか?
俺の視線でその事に気がついたのだろうクラーラは即座に自身の頬を萎ませた。
コラ、残念そうな顔をしない。
何ちゃっかり鼻血を拭き取って私出来ますよアピールしているんだ、もう俺の評価は付いてるぞ。
忠告を兼ねてマシュさんの頭をめがけて軽くチョップした。
「アンッ」
いや、何でそんな声を出すんだ?
ほらまたクラーラがリスになりそうになって..........ダメだこの人理解しててやってやがる。
そんなカオスな状況の中、
「おや、クラーラ、クラーラなのか!?」
俺達三人とはまた別の声が上がった。
その方向を見ると、細身ながら芯のしっかりとした初老が走ってきていた。
「お爺ぃちゃぁぁん!ただいまですぅぅ!」
「おぉおぉ、お帰りなさい、クラーラ。」
初老はクラーラの助走付きのバグをしっかりと受け止め、目からは涙を流していた。
「よく、よく無事に戻ってきてくれた、クラーラ。」
「お、お爺ちゃん、少し苦しいぃ。」
「おぉ、すまんの、クラーラ。」
そっと、まるで宝石を扱うように優しく丁寧にクラーラを降ろした初老。
この人、中々強いな。
「して、君は............ 」
そして、彼の注目は俺へと向いた。
その目は値踏みをするかのごとく、かと思ったらすぐにその視線はなくなった。
「セイジ君ではないか!おぉおぉ、会いたかったよ。」
「あ、え?」
突然差し出された手に条件反射で握ってしまったが、俺はこの人とは一度も会ったことがないのだが。
「何故俺、私の名前を?」
「堅苦しくする必要はないよ。君の活躍はこの目で見させてもらっているからね。いつも倅が世話になっている。」
...........ん?倅?アスフェロン?
あ!
「も、もしかして、アスフェロンって」
「左様。ようこそ、セイジ=レイヴァンド君。このカタリスの武器、防具の生産・修繕を担う商会アスフェロン商会こと、アスフェロン家へ。クラーラを救ってくれた君に、最高のもてなしをさせていただこう。」
たまたま助けた少女がこの国を支える大商会の設立者の孫だったなんて、誰が想像つくだろうか?
もちろん、
「は、はい。」
俺も想像つかなかった。
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