第九話 爆食クラーラ

ダンジョンから帰還して数十分。

俺はというと............


ずずず~、んぐんぐんぐ


「っはぁ、美味しいですぅ!」


「そ、そうか。よっぽどお腹が空いていたんだな。」


ずずず~、ずずず~、もきゅもきゅ


ほぉうふぇふふぇそうですね。んぐっ、あの時ホーンホースに追われてて時間感覚が狂っちゃってましたけど、私お昼から何も食べてなかったんですよ。」


もきゅもきゅ、んぐんぐ、ずずず~


レンゲを空になった深めの皿に置くいい音が鳴り響く。


「あ、大将さん!チャーハンも追加でください!あとお付けのスープは二杯で!」


「あいよぅ!嬢ちゃんの食いっぷりを見ると、っこっちも嬉しくなるねぃ!」


「えへへぇ」


「............ 凄いな。」


「ふぇ?何ですか?」


「いや、何でもない。」


クラーラ、とんでもないくらい食べるね。

そんなこと、目と目を合わせて言えるわけないじゃないか!


そう、俺達はあのあと、ラーメン屋に向かったのだ。

というのも、クラーラと共にギルドに戻る途中の出来事で............



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


グーーーーーーー


ん?何だ?この音。


「はぅっ!?」


奇妙な短い叫びを聞いて隣を見ると、そこには顔から耳まで全てを真っ赤に染めながらお腹を抱えて座り込むクラーラの姿があった。


なんだこの小動物..........可愛い。

っは!?いかんいかん。この子は疲れているんだ。


「............どこか食べに行くか?」


「、、は、はいぃ。」


「何が食べたい?」


「えっと、私ここ付近の食べ物屋を知らなくて、決めて貰えればなと、思ってまして.........」


「そうだな...... クラーラ、ラーメンって食べたことあるか?」


「ら、らぁめん?な、ないです。」


「近くに行きつけの店があってな、行くか?」


「は、はい!食べたことも聞いたことも無かったんですけど、そのらぁめんという響きがとても食欲をそそって...........」


何を言っているんだ?この子は。


暫く歩いて、俺達は、俺行きつけの大将龍光、通称龍さんというラーメン屋ののれんをくぐった。


「おうらっしゃい!って、セイジじゃねぇか!久々だなぁ、おい!」


「大将、お久しぶりです。たまたまこの辺りに来たので、よっていこうかな、と。」


「おうおう、好きに食べていってくれやぁ。んで、そこのお嬢ちゃんは?」


「あぁ、今日の連れでして、ダンジョンでいろいろあって、今お腹が空いているんです。この子の分も俺が出すので、好きに食べさせてやってください。」


「おうおう、分かったぜぃ!嬢ちゃん、ここに来るのは初めてだよな?」


「は、はい。」


「なら、このメニューを使いな!うまいもんたくさんあっから、一杯食いな!嬢ちゃん今が成長期だろ?しっかり食ってちゃんと寝て運動してぇ............ 」


「た、い、しょ、う」


「お、おう、すまねぇ、また熱が入っちまってよ、まぁ、沢山食べてくれや!」


「は、はい!」


という風な事があったのだが、ここからが凄かった。


なんと、この店を知らないクラーラは、一発目にここの通が食べるラーメン、ピリ辛味噌ラーメンチャーシューマシマシを頼んだのだ。


もともと量が多いのもあって、そのラーメンを食べるのに苦労するため、殆んどの人は別の料理を食べる。


また、量を食べられるとしても味がかなり好き嫌いを分ける味なため、この店の通か食べる料理になっていった。


「嬢ちゃん、本当に食えるのかい?」


これを作っている大将が何を言っているんだとツッコミたくなったが、今はその心配に同意する。

だが、


「大丈夫です!私、結構食べる方なので!」


と、元気いっぱいな笑顔を見せるクラーラ。

だが、体型は細く、身長も約156センチしかない彼女が食べきれるとは到底思えなかった。


心なしか周りの席に座っていた客も心配そうに彼女と用意されたラーメンを交互に見ている。


そして、


「いただきます!」


「おう、おあがりよ!」


いつもの大将の受け答えを境に、クラーラは麺をすすり始めた。


ずずず~


俺と、大将、いや、この店にいる客全員の心臓の鼓動が一緒になったような気がする。


「う、」


「「「「「「う?」」」」」」






「うまいぃぃぃぃ!ですぅぅぅぅぅ!」


その言葉を皮切りに、クラーラはその体から想像も出来ないようなスピードでラーメンをすすり、チャーシューやもやしを口に運び、時折水で口の中のものを流した。


「少し塩気が強めで、でもまろやかで、コクのある味噌のスープに、ホロホロとろけるチャーシューの油が合わさって!さらにこの舌全体をヒリヒリとさせるこの独特の辛みが全体の味を引き締めて、それがこのラーメンの麺に余すこと無く絡んで、さいこーですっ!」


「「「「「「お、おーー!!!」」」」」」


味の感想を告げながらものすごい勢いでラーメンを食べていくクラーラのその姿に、客から歓声が上がった。


大将はウンウンと満足気に頷いていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


そこから、冒頭へと戻る。

これを踏まえて考えてみると、大人の男が一人で食べきれないという量を完食しさらにチャーハンをも食べようとしている。


............ 一体どこにあんな量の食べ物が行くんだ?


目の前の少女を見た。

彼女はチャーハンがいつ来るのか、まだかなーまだかなーと呟きながら左右にゆらゆらしている。腰まであろう長さのきれいな青い髪もゆらゆらしている。


よく見ると、口元にチャーシューの欠片がついており、またラーメンの汁でかなりベトベトだった。


「ほら、口に色々付いてるぞ。」


「んむっ!?」


俺はテーブルから紙を取りクラーラの口を拭いた。

流石にあのままだと汚くなるからな。


「うぅー、この扱い、まるで私が子供じゃないですかぁ。」


「いや、クラーラは子供だろ?」


「うぅー、あまりに正論過ぎて何も言い返せません。」


「おうおう!お待ちどう!チャーハンだぜぃ!ちゃぁんと汁も2つ付けてあるからな!」


「わぁ、ありがとうございます!」


「おうおう!」


ルンルンと大将は調理場へと戻って行った。


手慣れた手つきで皿の配置をセッティングしていくクラーラ。

君、本当にここに来たことないの?

ってかラーメンとか全てを知っているんじゃないのか?


俺は頼んだ酢豚を口に運びながら彼女の食事を観察する。


うん、この酢豚もうまいな。

パプリカが入っているため彩りが豊かだ。

さらに肉として朝出されたものと同じくファングボアが使われている。

酸味の効いた餡が食材の旨味を引き立てている。

パプリカが嫌いな人がいるが、何故なのだろうと思うほど、この酢豚のパプリカは旨かった。


酢豚を堪能していると、クラーラの方のセッティングも終わったようだ。


「いただきますっ!」


「おあがりよ!」


クラーラは先にスープから手をつけた。

ほう?中々分かっているじゃないか。

先にチャーハンに手をつけたくなるが、ぐっとこらえてスープを飲む。

これが俺のルーティーンである。


「ふぁぁぁ~、ほっとしますぅ。お肉に使われている動物の出汁の味がします。ふわふわの卵も優しいお味です。もしかして、このスープに使われてる出汁ってトルネードチキンの骨だったりします?」


「おっ、嬢ちゃんいい味覚もってんねぇ!」


と、調理場から身を乗り出す大将。

いや、大将、貴女身を乗り出すとその大きな実が............


あぁ、案の定店の客は大将の、彼女の胸に目線がいってしまっている。

かくいう俺もその一人であった。

男のロマンには抗えないんだよ。


「アタシんところは養鶏場やっててな、そこでトルネードチキンを育ててるんだがなぁ、いかんせんアイツら狂暴でよぉ、年がら年中竜巻起こして近所迷惑だったもんで、昔アタシが力で制圧したら、そのあとアイツら、竜巻を一切起こさなくなったんだ。そしたらよぉ、卵も鶏肉も骨も、全部マイルドになったんだ!だからよぉ、そのスープは何とも言えねぇまろやかな味になってんだぜぃ!」


「はへぇぇぇ。」


これは、クラーラは分かってないみたいだな。


「そもそもトルネードチキンはメスが産む卵を守るために一生をかけて台風を作り出すんだ。その時見た目は何も起きてないように見えるが、トルネードチキンには相当なストレスがかかる。だから大抵のトルネードチキンは肉が固く、卵の味もそこまで上手くならないんだ。だが、大将が力で養鶏場が安全なことを示したから竜巻を起こす必要がないと判断して竜巻を起こさなくなったんじゃないか?それで、親鳥にかかるストレスがなくなって美味くなったんだと思う。」


「「ほへぇぇぇぇ。」」


「いや、大将も分かってなかったんですか?」


「アタシャてっきりアイツらが本気出したんだとばかり...........」


「卵を産むときはどの鶏も本気でしょう?」


「あ、そういやそうだな。」


ワッと店中から笑い声が上がった。

時折大将はこう、ポンコツになるときがある。

それも、この店の名物であるのだが、大将本人はそれを知らない。


「セイジさんって、ものしりでふねぇすねぇ、はむはむ。」


「こらこら食べながら話すのはやめなさい。」


ふぁふぁりふぃふぁぁわかりましたぁ。んくっ。んん~♪このチャーハンも美味しいです!あのラーメンのものとはまた違うチャーシューが刻んで入っていて、それがぐんと美味しくさせています!あと、しゃきしゃきのキャベツやふわふわの卵、そしてちょっとピリッとした紅生姜がマッチしてます!」


「そんなに美味そうに食ってくれるとにやけがとまんねぇなぁ。」


大将がいつもは見せないニヤニヤした顔をしながらやってきた。


「んで、嬢ちゃん、何でそのスープを二杯頼んだんだ?」


「あぁ、それは俺も気になっていた。どうしてだ?」


「えぇーっと、ですね。わ、笑わないでくださいね?」


「お、おう。」

「分かった。」


クラーラはそういうと、おもむろにレンゲを手に取り、スープを一すくいした。

それを、


「こ、こうやってしてみたら、美味しいんじゃないかなぁーって、商品の絵を見たときに思いま、して。」


クラーラは、レンゲに入ったスープをチャーハンにかけた。


「えっと、ダメでしたか?」


その時、俺も、大将も、おんなじことを思っていたに違いない。



この子、恐ろしい子だ!


と。


チャーハンに付いているスープ。それは、大将が思い付きで付けたものだった。

だがそれがいいと飛ぶように売れるようになった頃、この店の常連客が、クラーラと同じようなことをしたのだ。

そして、


「大将!これ、めっちゃ美味いっす!」


と大将に言ったのだ。

大将は最初その言葉を信じられなかったようだが、実際に試してみたところ、


「はっ!!!」


と、手に持っていたレンゲを地面に落とす程衝撃的な美味さであった。

そこから紆余曲折あって俺のところにもその情報が来たわけで、俺も試してみたところ、スープの出汁がチャーハンに優しい美味さを足して手が止まらなくなった。


俺はあれから怖くなりこの禁じ手を使っていなかったが、まさかこのラーメン屋を知らないクラーラが所見で、しかも絵を見ただけでこの組み合わせを作り上げるとは、


「将来が待ち遠しいですね、大将。」


「アタシは追い抜かれそうでヒヤヒヤしてるぜぃ。」


「何の話をしてるんです?」


「「いや、何でもない(ぜぃ)。」」


クラーラの才能の片鱗を見たのであった。




「ふぅー、美味しかったですぅ。」


あれから、チャーハンとお付けのスープという組み合わせを食し、止まらないですぅぅ!となったクラーラは、その一皿を食べ終わるまで、血走った目で手を動かしていた。


............この子はどうしてホーンホースに追われていたのだろうか?自分一人で対処できたのではないだろうか?と思うほど、俺はクラーラに恐怖した。


「おうおう、セイジ、悪ぃが、ちと来てくれねぇか?」


「大将、分かりました。」


突然大将に呼ばれたので何事かと思いすぐさま向かう。


「どうしました?」


「いや、そういやお前さんのとこのお付き奴らはどうしたんだ?」


あぁ、その事か。


「一緒にはいないですよ。」


「そうか............ ん?セイジ、今日ダンジョンに潜ったっつったよな。」


「はい。」


「お前さん、傷はどうしたんだ?痛むんじゃねえのか?それとも、治ったの?」


大将、素になってる。俺のことを気にしてくれているのだろうか?


「いえ、治ってないですよ。でも、一人でダンジョンに行けるようになったんです。」


「そ、そう。ならよかった。」


。」


「っ!?お、おうおう!ならいいんだけどよぉ。お前さんには無理をしてほしくねぇんだ。だから、辛かったら言ってくれぃ。」


「はい、頼りにしてます。大将!」


「おう!」


そうして、俺と大将は握手を交わし、店に戻った。




「今回はまけといてやるぜぃ!次も来なぁ!待ってるぜ!セイジ、嬢ちゃんもな!」


「はい。」


「はい!ありがとうございました!美味しかったです!」


「おうおう!」




そうして、俺達は店を出た。




「まぁだ青春アオハルしてんのか?大将とセイジ。」


「そうなんじゃね?あの様子だと。」


「大将も素直になりゃいいのになぁ?」 


「まぁ、乙女だからなぁ?」


「あんだとぉ?」


「「な、何でもありませんっ!」」


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久々に長い。

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