第八話 ジョブチェンジ後の初のダンジョン3

[ヒヒィィィン!?]

「これは、凄いな。」


硬い角が地面に落ちる音が辺りに響く。

ご自慢の角を折られたホーンホースは驚いているのだろうか、一歩も動こうとしない。

今だッ!


「“抜刀術”っ!」


右手に持った片手剣を腰に据え、スキルの力で一気に抜き放つ。

そのスピードは、剣を振るった軌道が銀色となって見えるほどのもので、ホーンホースは成す術もなく倒れた。


「ふぅ、間に合って良かった。」


周りに他のモンスターの気配が無いことを確認し、ようやく安心できたところで俺は後ろを向いた。


「えっ、あっ、その」


ボロボロの少女は恐怖のせいか、小刻みに震えていて呂律も回っていない。

相当心にダメージを負っているのだろう。


三十年生きてきた俺は、そういう時どうすればいいか、なんとなく分かっている。

相手の目線に合わせて屈んで、手を伸べる。

そして、安全であることを伝える。


「もう、大丈夫だ。周りに奴らはいないよ。」


「っあ............ 」


俺の一言で安心したのか、その子の目からじわりと涙が溢れだした。

俺は何も言わず、ただただ抱き締めた。

この子が泣き止むまで、ずっと。




「あ、ありがとうございました。」


泣き止んですぐ、少女は顔を真っ赤にしてか細く呟いた。

わんわんと泣いてしまったことが今になって恥ずかしくなったようだ。


分かる、分かるよその気持ち。

おっさんも年甲斐無くはしゃいでしまった時におんなじ風になったから。


「あの、何かお礼を...........」


少女がそう言ってきた。

正直困る。

これが依頼であったら報酬としてギルドに相談、なんてことをしてたかもしれないが、今回はたまたま俺が来ただけだ。

なのに、お礼を貰うなんて出来ない。


「いや、いらないよ。その気持ちだけ受け取っておこう。お礼を貰うために助けた訳じゃないからね。」


大人が使う常用文句だ。

気持ちだけは受け取る。

暁に居たときも大抵この台詞を言ってスルーしていたな。


「えっ、じゃ、じゃあお名前だけでも。」


ふむ、名前.......か。

名乗るほどの者ではないっていうと、さすがにイタいな。

俺はもうそんなことを言う年頃ではない。

まぁ、名前だけならいいか。


「セイジだ。セイジ=レイヴァンド、それが俺の名前だ。」


「セイジ=レイ、ヴァンド........さん。セイジ、さん。」


何かぼそぼそと呟く声が聞こえるが、何を言っているかさっぱり分からない。

最近頻繁にダンジョンに通っていたため、剣がぶつかる音を聞きすぎて難聴気味になっているのかもしれないな。


「あ、あの!さっきは助けてくれて、ありがとうございました。私、クラーラ、クラーラ=アスフェロンって言います。こ、これを!」


急にこちらを向いて自己紹介をしてきた少女、もといクラーラが何かを取り出してこちらに渡してきた。

何故か、渡し片が名刺の交換のそれに見えるのだが...........


「ん?これは?」


見ると、彼女が渡してきたものは黒い板のようなものだった。

いったいどこで何の用途で使えるのだろうか?


「で、では、私はこれで.........」


すると、渡したや否や、クラーラがすぐにここから立ち去ろうとしているではないか。


「いやいや、待て待て。」


「ふぇ!?な、何ですか?」


「君は、クラーラは今自分の状況について分かっているか?」


「え?いえ、何も............ 」


「君の装備、見るからして新品なゆだろうが、色々な場所にぶつかったり、さっきのホーンホースに攻撃されたりしてズタボロだ。そんな状態で今から戻ろうとしても、上の階層のブラッドラット攻撃されて良くて軽症、悪くて重症の傷を負うことになるぞ。」


「ひっ!?で、でも、私かえらなくちゃ。家にも午後には帰るって、言ったのに。」


「ふむ、なら、俺が送ろう。」


「え、い、いいんですか?」


「あぁ、俺も丁度目的を達成したからな。」


こんなボロボロの子を一人で帰させるわけにはいかない。

目の前で誰かが傷付くのを見たくはない。


暁のサポーターとしてやってきた俺は、ある程度、相手の実力が分かる。

そして、この子はこのダンジョンに、ましてや四階層に挑んでいい実力を持っていない。


確かに魔法は並のものを使えるようだが、装備や武器が全て新品であったことからして、初心者なのは間違いない。


どういう経緯でここに来たかは知らないが、今のこの子じゃブラッドラットに出くわした時に無事では済まないのは目に見えている。


「っ、」


上着の右端辺りを軽く引っ張られるような感覚を覚えた。

見ると、クラーラが不安そうに辺りをキョロキョロしながら俺の服をつまんでいた。


よっぽど怖かったんだろうな。

俺はあえて気づかない振りをして三階層へ繋がる階段を上った。




それからしばらくして、道中ブラッドラットが出てくるも、俺が抜刀術を使ってクラーラの視界に入る前に倒していったため、特に何事もなくダンジョンから帰還した。


俺達は門番の元へと歩く。


「ダンジョン攻略お疲れさまでした。それでは、カードを。」


俺はポケットに入っていたカードを結晶にかざしたら、


「セイジ=レイヴァンド様ですね。............ おや?一人で攻略をされていたようですが、その女の子は?」


「あぁ、実は............ 」


そして、おれはダンジョン内であった出来事を門番に伝えた。


「なるほど。では、そちらの方も、カードを。」


「は、はい。」 


クラーラは門番に促され、あせあせとカードをポケットから取り出すと、結晶にかざした。


「クラーラ=アスフェロン様...........おや、アスフェロン家の方でしたか。............ん ?ダンジョンに入る際、❲十の剣❳の方々と入られたそうですが、彼らは?」


「............ あの人達は、私を置いてきぼりにして、逃げました。」


「............なるほど。これは問題ですね。」


「クラーラ、これは一体どういうだ?」


「えっと、実は............ 」


そこから告げられたことに、俺は怒りを隠せなかった。


クラーラは最初、初めて冒険者としての活動をする際にどこかのパーティーに入ろうとして、たまたま仲間を募集していた❲十の剣❳というパーティーにはいったそうだ。

ダンジョンに入り、三階層のブラッドラットを倒していくところまでは上手くいっていたそうだが、四階層に入ったとき、ホーンホースが突然現れ、彼らは迎撃したが返り討ちにあった。

その時、いきなり現れたホーンホースに放心状態となってしまったクラーラを残して、彼らは三階層へと戻って行ったらしい。

............ 入り口を塞き止めて。


「そのパーティーの情報収集をしていた人が、ホーンホースは五階層から出るって、言っていたのに、四階層から出てきて、ビックリしちゃって。」


クラーラの方を見ると、彼女の頬を涙が伝っていた。

ホーンホースに追いかけられていた時のことを思い出したのだろう。


「............ 酷いですね。ホーンホースは基本四階層から出ると、ギルドのこのダンジョンに関する本に記載されているはずですが、その情報係はそれを見るのを怠っていたようですね。さらに、パーティーメンバーを囮として自分達だけ逃げたとなると、それはギルドのの規則に違反するものとなりますので、❲十の剣❳の方々は冒険者の称号の剥奪、その後国の法律によって罰せられるでしょう。」


門番から彼らの処遇を聞いて、俺は腕を組みながら妥当だなと考えていた。


ギルドは、基本自由に誰とでもパーティーを組んでいいとしているが、パーティーメンバーを囮にしたり、また奴隷の様に扱ったりすることを禁止としている。


冒険者は確かに自分の命を一番にしなければならないが、仲間を見捨てることはあってはならない。


隣を見てみると、クラーラはすこし複雑そうな顔をしていた。

俺はクセで頭を手でポンポンとしてしまった。


「そんな顔をするな。これはギルドで決められていることだし、それを破ったそいつらが悪い。確かに処遇が厳しそうに聞こえるが、これが妥当なんだよ。」


と言ってまた彼女を見ると。


「へ、ふぁ、ふぁい。」


と、顔をほんのり赤くしながら言った。


「はははっ、お二人は仲が良い様ですね。」


「出会ってからそこまで時間は経っていないがな。」


「おっと、ならこれ以上は言わないでおきましょうかね?」


「?」


甲冑を被っている門番の表情は見えない。

だか、どことなくニヤニヤしているように感じた。

何故だ?


「ん”ん”っ。セイジ=レイヴァンド様。」


「は、はい。」


「今回は本ギルドに所属するパーティーのメンバーを救出してくださりありがとうございました。今回の事件はギルドに報告しますので、❲十の剣❳の処遇についてはご安心ください。尚、セイジ=レイヴァンド様の今回の活躍も評価に入れさせてもらいます。もしかしたら、ランクアップのチャンスを手に入れられるかもしれませんね?」


「あ、ありがとうございます。」


「良かったですね!セイジさん!」


門番の話を聞いて喜ぶクラーラ。

まぁ、俺にとっては、君が無事に帰れることが一番喜ばしいことなんだが。










ジョブチェンジというよく分からないスキルを手にした翌日、俺はランクアップのチャンスを掴んだ、様な気がする。

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