第9話 7月22日

昨日、むしちゃんの元へ出向きこの廃墟のことを調べていることを伝えた。

しかし、調査は一向に進まない。

そもそもが、100年近く前から存在する建造物の真相を、いち高校生が突き止めるなど無理な話だったのかもしれない。

むしちゃんは否定も肯定もしなかった。ただ、一つだけこう言った。


「この廃墟には、哀しい記憶がある気がする。」


――――――心の靄を抱えたまま、とぼとぼと廃墟を後にした。

気づけばもう夏休みに突入している。本当に、謎だらけの夏だ。

思えば、むしちゃんと出会ったあの日から、現実味がない毎日を送っている。

そう、まるで、夢の中のような。

ふと空を見上げると、どんよりとした曇り空が広がっていた。

今日はなぜだか、曇り空を仰ぎたくなる。……。


………なにか視線を感じる。

キョロキョロと辺りを見渡すと、廃墟への獣道から少し離れた場所にある民家が目に入った。

そこから、一人の爺さんが怪しげにこちらを見つめている。

なんだよ、そんなに見なくてもいいじゃないか。

……………あっ、そうだ。もしかしたら………。

「あ、あのーーー!」

唐突に声を掛けられ、爺さんはぎょっと驚いた動きを見せた。

爺さんに少しづつ近づいてみる。

「ちょっと、お聞きしたいことがあるんですけどもー!」

一通りあたふたしたのち、えっふんと咳払いをして口を開いた。

「な、なにかね?」

「あの、えーと、あそこの獣道を少し行ったところに、廃墟があるのをご存じですか?」

何を言っとるんだこいつは。といった表情を一瞬見せ、すぐに気を取り直し答える。

「あ、あぁ、知っとるよ。」

ビンゴだ。この辺に昔から住んでいる人間ならおそらく本より詳しい。

「それでですね、今あの廃墟についてちょっと調べてまして…。」

「あぁ、それで最近よくあそこに行っとったのかあんた。」

「は、はい、そうなんです。」

……あからさまに警戒されている。ひとまず誤解を解かなければ。

「じ、実は学校のレポートで自分が住んでいる地域について調べよう、っていうのがあって……。」

もちろん全くの咄嗟に出た嘘だ。

…それで廃墟を調査するのもどうかと思うが。

「なんだそういうことだったのか。それで、何について知りたいんじゃ?」

「そうですね、あの廃墟の歴史についてお聞きしたいです。」

「なるほど、歴史、か。…うーむ、とはいってもワシが生まれる前からあるからのぅあれ……。」

「やっぱりそうですよね…。」

「…ただ、ワシが昔から聞いとるのは、神鉄の建設のことじゃ。」

「神鉄…神戸電鉄ですね。えっ、それとどんな関係が…?」

「うむ、その昔、ここらのような山の中に線路を引こうとしたそうじゃ。しかし、こんな所に長い線路を引くのは労力が足りんし、なにより危険が伴う。」

「たしかに、すごい所にありますもんね…。」

「あぁ、そんで政府が目を付けたのは、外国人労働者じゃ。」

「……外国人?…って、まさか。」

「そう、朝鮮人じゃ。」

一瞬の沈黙の後、再び爺さんが話し出した。

「本当に大量の朝鮮人がこの土地に連れてこられて、まぁ……言い方は悪いが使い捨てじゃわな。たくさん亡くなっただろうよ。」

「………って、ことは、…あの廃墟って。」

「うむ、その朝鮮人たちの住居だったものじゃよ。」

言葉を失った。まさか、そんな歴史があっただなんて。

「…まぁこんなところじゃ。…これでいいかな?」

「………あっ、大丈夫です。ありがとうございました。」

……なんてことだ。

働くためだけに連れてこられて、劣悪な労働環境の中、…死ぬまで。

………けど、これが、あの廃墟の歴史なのだ。真実なのだ。

複雑な思いを胸に、曇り空の下、重い脚を引きずり帰るのだった。

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