第4話 すごいすごい言われる男

 ローレシア・バルハラントは自分が凄い人間だと自覚している。

 しかし、それは不遜であるわけでも、ナルシストだからでもない。


 周囲の評価だ。


 周囲の人間が、彼の事をそう評価するので、彼もまた、自分はそうなのだろう、と思っている。


 ローレシアは有力貴族の息子であり、多くの人間と接している。

 彼は行動力があり、様々な人達とのふれあいを大事にした。


 日々接する人々が、己の事を手放しで「凄い」と評価するのだから、彼は「自分は凄い」という事を自覚できた。


 そんな彼には、実は隠された能力があった。


 彼は人に「凄い」と思って貰えば貰うだけ、その能力が高まるのだ。


 それを初めて自覚したのは、彼がまだ子供の頃。

 お手伝いのアンナとのやりとりだ。



────────────────



 アンナが思わずため息をついた時、この別邸の主人であるローレシアに声をかけられた。


「どうしたんだい、アンナ、もしかしたら悩み事かい?」


 そう声をかけられ、アンナは驚いた。


(凄い、この方は凄い、私がため息をついていた、それだけで私が何か悩みごとを抱えている、その事に気がつくなんて)


 ローレシアのその洞察力に、心の中でまずは二回凄いと思ったアンナは、悩み事を相談する事にした。


「実はトイレ掃除が大変で。便器の中だけでなく、外も汚れがひどいのです」


 ローレシアはその言葉を聞いて、ほとんど考える時間を置かずに即答した。


「それは、男性が立って用を足すから、飛び散っているのが原因なのではないのかい?」


 と指摘した。


(凄い、この方は凄い、本当に凄い、私が長年メイドとして働く中でやっと気がついた答えに、すぐにたどり着いてしまった)


 アンナは信者が神の降臨を見たような心境で、ローレシアを見つめた。


「は、はい、その通りです。しかし、男性が立ってするのは普通の事ですので……」


 アンナの言葉に、ローレシアは首を振った。


「アンナ、それが普通だと誰が決めたんだい? 法律に『男性は立って用を足せ』とでも書いているのかい? よし、この屋敷では男性も座って用を足すことにしよう」


(……SU・GO・SU・GI! ローレシア様SU・GO・SU・GI! 発想柔軟すぎー! 発想を柔軟にするその柔軟剤、どこで売ってるんですかー!)


 アンナは思った。


 しかし、ローレシアの提案には一つだけ欠点がある、と感じた。


「しかし、トイレは密室です。本当にルールが徹底されるかどうかわかりません」


「ドアだ」


「えっ?」


「トイレのドア、その下から30センチほどを切り落とそう。そうすれば足の向きで、座って用を足してるか、立ったまま用を足してるか、外からでも一目でわかる」


(凄すぎ祭りだ! ワッショイ! ワッショイ!)


 アンナの心の中で、多数のアンナによる凄すぎカーニバルが開催中だったが……。


「そして、僕だけ、立って用を足す」


(⋯⋯あれ、どういうこと?)


 参加者達の凄すぎダンスがピタッと止まり、凄すぎカーニバルは一時中断された。

 アンナはそのまま、疑問を口にした。


「しかし、偉い方がやらないなら、徹底しなくていい、と思ってしまうのでは」


「いや、立って用を足すのは僕だけの特権、他の者が立って用を足すのは厳罰を与える。そうすれば、貴族と使用人、その立場を改めて明確にできる。つまりこれを、僕の立場をより一層高める事に利用するのさ」


(凄すぎの宝石箱! 凄すぎは永遠の輝き! みんな祭りは再開よ!)


 とアンナが思っていると。


「じゃあ、これをドアを加工するお金に使って」


 そう言うと、ローレシアはポンとお金をアンナに渡した。


「そして、綺麗なトイレが維持されたらみんなに報奨金を配ろう、罰だけだと重苦しい雰囲気になるからね」


(凄すぎカーニバル、大量の資金を頂きました!)

 

(みんな、凄すぎってるかーい!)


(おー!!)


 アンナの心の中で行われる『凄すぎカーニバル』は止まらなかった。



__________


 そんなやり取りをしてアンナと別れたあと、ローレシアはふと自分のステータスを確認した。


『結構あがりました』


 そう、わりとアバウトに表示されていた。


 それが、さっきのアンナとのやりとりのおかげだと気が付いてしまうくらい、ローレシアは凄い奴だった。



 ちなみに、しばらく屋敷では覗きが問題になった。


 

──────────────────


 今日も凄いが街をこだまする。


 ローレシアが歩いた。


 さすがローレシア様! 背筋伸びすぎ! ピーンじゃ足りない! ピピピピーンだ!


 ローレシアが石に躓きそうになる。


 さすがローレシア様! あの石をもってしても転ばない! 転ばせる事ができない! 凄い! 凄い!


 転んだ。


 なんという事だ! 我々庶民に対して親近感を感じさせるその行動! お茶目さ! かき立てられる保護欲! 凄い! 凄い!


 それはもう、凄いが凄いを呼ぶ凄いスパイラル、凄いの永久機関、凄い生産工場の二四時間操業。


 おい、全資金を投入して凄いを買い占めろ! 凄いの独占禁止法? そんなの知るか! 全ての凄いはローレシアの為にある! と言わんばかりである。


 そんな、何言ってるか凄くわかりにくいほど、ローレシアは今日も凄い、と同行していたアンナは思っていた。


 今日のローレシアの外出の目的は、骨董屋への買い物だ。


 ローレシアは骨董の目利きもプロ顔負けに凄く、ローレシアが何かを見つけるたびに骨董屋が


「それを見つけるのは凄い!」


 と驚嘆するのだ。


「ようこそローレシア様、今日も気に入って頂ける物があると良いのですが」


 店主は恭しく、ローレシアを出迎えた。


「ああ、見させてもらうよ」


 そう言って、ローレシアは店に陳列された商品を順番に見る。


 すると、一つの剣を見て、それを手に取った。


「これを買おう、幾らだ?」


 店主は凄く驚いた。


 月の紋章が施された、装飾の見事な剣ではあるが、ローレシアは鞘から抜くこともせずに購入を決めたからだ。


「念のため、商品の説明をしても?」


「ああ、買うことは決定しているが一応聞こう」


「はい、ではこちらを抜いてみてください」


 店主の言葉に、ローレシアは剣を抜いた。


 闇夜を思わせる、黒く禍々しい刀身が姿を表す。


「その剣の銘は『ムントレス』。ご覧の通り、この剣は魔剣で、関わる者からあらゆるものを吸収してしまうと言われています、つまり呪われた魔剣です」


「それは、違う」


「えっ?」


 店主の言葉を即座に否定し、ローレシアは剣を鞘に戻してから説明を始めた。


「私には分かる。この剣は過去の使用者の能力を取り込み、適応する者にその能力を再現させる事ができる、つまり『再現トレース』の能力を持っている」


「なぜ、そんな事がお分かりに!?」


「今、この剣がそれを私に伝えて来たからだ。つまり、私はこの剣を振るにふさわしいと認められたのだろう」


「おお……凄い」


 そんな会話をしていると……


「おー! あったあった! おっちゃん、これ幾ら?」


 突如、店へと入ってきた男が、ローレシアから剣をひったくり、店主へと突き出した。


「えっ、あの、これはこちらの方が」


「えーっ、いいじゃんこんなゴミ剣、どうせろくな値段じゃないからさ、俺が相場の倍で買うからさ!」


 そう言ってグイグイ店主に詰め寄る男に、ローレシアは静かに語り掛けた。


「君、名前は?」


 ローレシアの問いかけに男は


「ん? ヨモギーダだけど」


 と答えた。


 ローレシアは凄く冷静に話始めた。


「良いかい、ヨモギーダ。君はこの剣の凄さが理解できないようだ」


「え? そんなことないと思うぜ? 誰よりもわかってると思うが……」


「ふう、らちがあかないな、とにかくこれは私が購入すると決まってる、店主、代金は後で払う」


 そう言ってローレシアはヨモギーダから剣を再びひったくり返し、店を後にした。


 



_________



「おーい! 待ってくれよー!」


 ローレシアが店から出ると、男は追いかけてきた。


「ふぅ、なんだね? もう話は終わりだ」


「そんなゴミ剣、捨てちまえって」


 ヨモギーダはしつこく言ってくる。

 そんな様子を見て、思わず同行していたアンナは叫んだ。


「あなた、さっきからなんなのですか!? ローレシア様は、この魔剣に認められた凄い方なんですよ!」


 その一言に、ヨモギーダは驚愕したような表情を浮かべ……






「お前……凄いダメな奴なんだな」


 と言った。



 それはローレシアに取って初めての経験。

 人にバカにされる。

 ダメな奴呼ばわりされる。


 初めての事に、ローレシアは思いがけず、叫んだ。


「そんなはず無いだろ!? お前バカなのか!? 私は、毎日沢山の凄いに囲まれて、凄いのハーレム王として生活してるんだ! 凄い凄いみんなに言われてるんだ!」


 そう言ってローレシアは、はぁっ、はぁっ、と息をつく。

 ローレシアの言葉に、ヨモギーダは少し沈黙したあと。


「……それって、お前の周りにバカしかいないって事じゃないの?」




 ──薄々感じてた、認めたくない事実。


 『もしかして : 周りが無能』


 何度も浮かんでは振り払ったその言葉。

 でもそれを認めたら、全てが終わってしまうから。

 疑問を浮かべる心に蓋を。

 私の凄さの、再証明を。


 ローレシアは、自然と叫んだ。


「少なくとも、私はこの剣に認められた! 凄い男なんだ!」


 ローレシアの言葉に、ヨモギーダは少し言いにくそうに説明し始めた。


「……それは、剣の才能がない、へったくそな奴でも、それなりに戦えるようにするためのものだ、つまり才能に極端に乏しいものしか使えないって代物だぞ?」


「仮にそうだとして、なぜお前にそんな事がわかるんだ!」


 ローレシアのその疑問に……


「だって、それ俺が作った剣だから」


「……はっ?」


 ヨモギーダは答えたあと、さらに説明を続けた。


「その剣の本当の名前は『ヘタクソード』、カスみたいな奴でもそれなりに戦えるようにと作ったんだ」


「か、カス……」


「まあカスしか使えない失敗作だな。デザインも気に入らないからこれを機に処分しようと探してたんだ」


 ヨモギーダの言葉にローレシアは少し震えていたが、意を決したように……


「ふっ、ふざけるな!」


 と、ムントレスだかヘタクソードだかを抜いた。


「あっ、バカ」


 ヨモギーダがそう発言すると同時に……


 ちゅどーん!


 剣は爆発した。


「あーあ、さっき触った時に、剣を抜いたら起動する、自爆装置オンにしてたんだ、だから捨てろって言ったのに」


 ヨモギーダのその言葉を、爆発の衝撃で瀕死のローレシアは、意識を失いかけた中で聞いていた。


 そして、一部始終を見ていたアンナが


「あの爆発で死なないなんて! ローレシア様ってやっぱり凄い! 凄い!」


 と褒めた。

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