第5話 蟻だけ倒してレベルMAX


 ジークフリートは今日も母親の目を盗み、台所から角砂糖をひとつ持ち出した。

 甘い物が好きなジークフリートだったが、唾を飲み込んで角砂糖を嘗めるのを我慢する。


 近所の公園まで来て、地面を観察していると⋯⋯


「あ、あったあった」


 目的の物を発見し、しゃがみこむ。

 蟻の巣だ。


「へへ、よしよし」


 懐から包み紙を取り出して開き、角砂糖を地面に置く。

 しばらくそのまま放置していると⋯⋯数十分後、大量の蟻が角砂糖にたかり始めた。それを確認したジークフリートは


「よし、始めるか」


 開始宣言をしてから、蟻が集まっている場所をくるりと囲むように浅く地面を掘り、そこに水を流し、蟻が逃げられないように細工する。


 その後⋯⋯


 プチ


 プチ


 と蟻を潰し始めた。


 慣れた手つきで、勢い良く次々と蟻を潰す。

 逃げ惑い始めた蟻たちは、四方八方に走り出すが、ジークフリートが作った簡易の掘がその行く手を阻む。


 ジークフリートは効果的に蟻を潰し続ける。


 しばらくすると⋯⋯


「10コンボボーナス!」


 とジークフリートの頭の中に、声が響く。


「よーし! 頑張るぞ!」


 ジークフリートがさらに蟻を勢い良く潰し続けると、脳内に新たなボイスが響いた。


「100コンボボーナス! マーベラス!」


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯



_______________





 ジークフリートが自分の能力に気が付いたのは偶然だった。


 母親に荷物を運ぶようにお願いされた彼は、その荷物が重くて取り落としてしまった。


 その下にたくさんの蟻がいた。


 その時に、「10コンボボーナス!」と頭に響いたあと、「レベルアップしました!」と続けて声が響いた。


 驚いたのは、その時荷物を持ち上げた際、少し軽く感じたのだ。

 何か蟻が潰れたこととの因果関係を感じ、その後色々と研究した結果は⋯⋯。


 ①蟻を殺すと、何かしらのポイントが入る(彼は便宜上それを『経験値』とした)。


 ②一定時間内に連続で蟻を殺すと、そのポイントにコンボボーナスという恩恵がある。


 ③ポイントが一定に達すると『レベルアップしました!』と脳内にボイスが流れ、自分の肉体が強化されるり


 ④これは自分以外の人間は知らない、経験上感じている者がいるかもしれないが、もしかしたら選ばれた人間のみ、この声が聞こえるのかもしれない。


 ということだ。


 その後、彼はそのポイントを効果的に得るために蟻を殺し続けた。



 すると、相変わらず頭の中に『コンボ』や『コンボボーナス』の声はするものの『レベル』が上がらなくなった。


 彼は思った。


 おそらく俺は⋯⋯蟻だけを殺してレベルMAXになったのだろう、と。


_______________



 これ以上自分を強化する事はできない、と感じた彼は、その力を活かすために冒険者になろうと思った。


 冒険者登録をしにギルドに訪れた彼は、人相の悪い一人の男に絡まれた。


「おい兄ちゃん、お前みたいな奴が冒険者なんて務まるわけねぇ、俺に授業料を払えば鍛えて、ノウハウを教えてやるぜ?」


 そういって凄んだ顔をジークフリートに近づけてくる。


 男の体躯は大きく、鍛えられた腕は丸太を連想させる程に太かった。


 野次馬の一人が


「あーあ、『新人つぶし』のクライブが、また新人に絡んでいるぜ」


 と言っているのが耳に入った。


「必要ない」


 クライブを無視して、ジークフリートはカウンターへと向かう。


「おい、ちょ、待てよ」


 そういって肩を掴んできたクライブの手を、ジークフリートは軽く振り払おうとした、が。


 ダンッ!


 軽く手を弾いたつもりが、クライブという男が錐揉みしながらギルドの壁へと叩きつけられた。

 しばらくギルドに沈黙が流れたあと、一人の男がジークフリートに問いかける。


「あのA級のクライブをあんなふうにあっさりと⋯⋯アンタ、どうやってそんな強さを?」


 男の問いにジークフリートは答えた。


「蟻を殺しただけさ」


 それが比喩表現ではないと知るのは、この場では彼だけだった。








 

 S級冒険者カイル、別名「オークスレイヤー」。


 その存在をジークフリートが知ったのは、つい最近だ。


 そして二人には共通のあだ名があった。


「最強の冒険者」。


 いちいち反論はしなかったが、気に入らなかった。

 最強とは「最も強い」の意味である。

 本来の意味を冷静に考えれば──二人も必要ない。


 現役最強の冒険者として、様々なことを噂されるカイルだが、その噂の中でも特に気になる内容があった。


 彼は「オークスレイヤー」の異名通り、オークだけを狩って今の強さを手に入れたという。


 もちろんそんな話は皆、半信半疑だった。


 しかし──己に照らし合わせ、ジークフリートはその話は真実ではないか、と予想した。


 噂を検証するため、彼はオークを一定時間内に連続で十匹退治してみた。


 しかし、コンボボーナスは貰えなかった。


 その結果を受けて、ジークフリートは考えた。


 恐らく「コンボボーナス」の対象は人によって違う。


 ジークフリートはそれを検証するため、その後様々なモンスターや生物を十匹連続で倒してみたが、どれもコンボボーナスは貰えなかった。


 そもそも、特定の生物を、それも決まった時間内に殺すというのは、普通に生活しているとなかなかないことだ。


 だからこそ、みな自分が何の生物に対して「コンボボーナス」を持っているのかが、わかりにくい、ということだろう。


 自分同様、カイルはそれに気が付き、己の強化のために利用した、ということだろう。


 ならば──単純に、自分の方が上だ。ジークフリートは確信を持った。


 なぜなら、コンボボーナスを得る条件である「対象を連続で一定時間内に殺害する」という条件を満たそうとした場合、蟻以上に効果的な生き物はめったにいないだろう。


 コンボボーナスを得る、という点に関していえば、自分は相当有利な立場だ。


 その最終確認と──最強は、一人であるべきだ、という信念の元、ある人物と戦うことにした。


 その相手はもちろん、S級冒険者、カイルだ。



________________


 


 ギルドの酒場。


 カウンターで一人酒を飲むカイルへと、ジークフリートは話しかけた。


「あんたがオークスレイヤー⋯⋯『最強の冒険者』か?」


「そういうお前は?」


「俺はジークフリート」


「ほう⋯⋯」


 すでに噂が耳に入っていたのか、カイルは興味深げにジークフリートを観察する。

 

 その視線を受けながら、ジークフリートは挑発的に言った。


「なぁ⋯⋯最強の冒険者、は二人もいらない。そう思わないか?」


 その言葉を受けて、カイルは肩を竦めて答えた。


「同感だ」


「ふ、ならば⋯⋯」


 戦うことを了承されたと思ったジークフリートだったが、次のカイルの言葉によってそれは否定された。


「だから、最強の冒険者は、お前でいい」


「なんだと?」


「お前と違って、俺は限界ってものを知っている」


「限界? 限界なら俺も⋯⋯」


 そう、自分は蟻だけを殺してレベルマックスになった男。


 限界なら──強さの到達点なら、すでに知っている。


 だが、カイルの言葉はそのような意味ではなさそうだった。


「俺はな、真の最強にたっぷりわからされた。いずれお前もそうなるだろう。

 あの男は、最強の冒険者、なんてくくりでは語れない⋯⋯そう、ただの、真の最強だ」


「それは誰だ?」


「ヨモギーダ=モブーン。やつの前では俺たちなんて皆、蟻んこだ⋯⋯」


「ほう⋯⋯」


 ならばここに、もう用はない。


 そう考え、ジークフリートは剣を抜き⋯⋯



 カイルの首を、刎ねた。



「ふん、これも躱せないなら、たしかにお前には『最強』の肩書は重荷だろう」


 ジークフリートにしてみれば今の一撃は「俺、マタニティヨガやっちゃいました?」と言いたくなるくらい、速度を抑えた斬撃だった。


 それすら、カイルは反応できなかった。


 周りの人間が事態にざわめき、大声を上げる中⋯⋯


「冒険者は、廃業だ」


 周囲に宣言するように、ジークフリートは呟いた。


 そう──彼は「真の最強」を目指し始めたのだ。


_______________



「ああ、その人ならいつもあそこの公園のベンチでゴロゴロしとるよ」


 そんな情報を聞きつけ、ジークフリートは公園へと向かった。


 すると、一人の男が楽しそうに、瓶から水を地面へと流していた。


「あんた、何してるんだ?」


 ジークフリートの問いに、特に特徴もない、どこにでもいそうな男が振り向いて言った。


「ん? これ? 俺、虫が嫌いでさぁ、蟻の巣を水攻めしてるんだ」


 男は答えると、楽しそうに再び水を流し始めた。


 はたからみれば、いい大人が、馬鹿なことやってらぁと言われかねないその行動だが⋯⋯。


 ジークフリートは身構えた。


(こいつ! まさか俺と同じ「蟻コンボボーナス」持ちか!?)


 と考えたが⋯⋯。



 もし、現在も蟻を退治してコンボボーナスを得ていると仮定した場合。


 相手は、レベルマックスまで強化していない、ということになる。


 となると、有利なのは、自分。

 だが、念のため、確認する。


「もしかしてお前、蟻のコンボボーナス持ち、か?」


 その問いに、男は驚いた顔をして答えた。


「いや、これは完全に趣味」


 いい大人が、馬鹿な事やってただけだった。


 しかし、次の一言は聞き逃せなかった。


「大体、蟻なんてコンボボーナスあっても非効率すぎるだろ、それじゃいくら稼いでもすぐ強化に限界がくるし、そんな弱いやつ向けのコンボあってもなぁ」


 その言葉でわかったのは⋯⋯相手も何かしらのコンボボーナスを持ち。

 しかも、その対象はかなり効率的なコンボが稼げる代物だ、ということだ。


 自分のコンボボーナスが馬鹿にされたことには少し腹が立ったが、興味が優先した。


「ほう、なら貴様のコンボは、なんだ?」


「ん? なんならあげようか?」 


「あげる? そんなことが⋯⋯」


「できるよ、ほい」


 と、男がジークフリートを指さした瞬間⋯⋯


『ココココンボ! コンコココココンボ! コンボ、コココココココンボ、マーベココココンコココンコンボ! コココココンコンボ! コココココ⋯⋯⋯⋯』


「う、うるせぇー!!!」


 頭に大音量で響く、コンボの合唱。


 ジークフリートはあまりのうるささに立っていられず、地面をのたうち回った。


 耳をふさごうと、相手の声は頭に直接響くのだから、防ぎようがない。


「こ、これ、なんのコンボボーナスなんだ!?」


 やっとの思いで叫んだジークフリートに、男が答えた。


「菌だ」


「き、菌!?」


「病原菌とか、あとカビの胞子とかもそうだけど。

 体内の菌が一つでも活動不可になる度、コンボが貰える。ほぼ無限にコンボするぞ」


 無限?


 それはつまり、このやかましい声がずっと続くということだ。


 菌のせいで、頭がキンキンしたジークフリートは


「菌キンキン菌キンキン菌! 何とかしてくれぇ! こんなの辛すぎて耐えられん!」


 と絶叫した。


「ん⋯⋯まあ、お前の今の強さから考えれば、百年くらいそれで強化したら音声OFFが使えるようなると思うから、それまで頑張れ!」


 あ、百年耐えればいいのね。無限じゃないのか、良かった良かった。


「ってなるかーい! おい! これ返す! 元に、元に戻してくれぇ!」


「え、一度変えると、無理なんだけど⋯⋯」


 その言葉を最後に、ジークフリートはあまりの辛さに意識を失った。


『コココンボ! コンコココココンボ! コンボ、ココココエクセレン! コココンボ、ココココンコココンコンボ! コココココンコンボ! コココココ⋯⋯⋯⋯』



 でもうるさいので、すぐ起こされた。





 その後ジークフリートは、あまりのつらさに自ら命を断とうとしたり、人に殺してくれとお願いしたが、蟻によって限界まで強化されてたことが幸い(災い)し、死ぬことは叶わなかった。



 めでたしめでたし。

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