第2話 賢者

 あるものは、「魔王」と。

 あるものは「最強賢者」と。


 レックスは前世で人々に、様々な肩書きで呼ばれた。


 あらゆる魔導、魔法、術式を極めた「神狼眼シンロウガン」の持ち主。


 その術式から繰り出される身体の強化をも合わせ持ち、魔法戦闘はもちろん、近接戦闘も彼に敵うものはいなかった。

 彼は前世で己に並ぶ者がいないのを嘆き、好敵手を求めて五百年後へと転生した。


 五百年も経てば、己に並ぶ使い手が誕生しているのではないか、という淡い期待を込めて。


 ……しかし。


 五百年後の世界は、むしろ、魔法において劣化していた。

 五百年前なら「神狼眼」を見るだけで、戦意を喪失するものがほとんどであった。


 それが今ではレックスが己の瞳の名を伝えると、「ストレス溜めやすいの?」と『心労眼』と間違えられたり、「近くが見えないの?」と『真老眼』と間違えられたりした。


 人々のダジャレのセンスも、五百年前より劣化していた。


 人々のあまりの不甲斐なさに危機感を覚えた彼は、十六歳の春、前世で自身が設立した「超賢者スーパーかしこいもの学院」へと入学した。


 この学院なら、さすがにそれなりの遣い手が育っているのではないか、と。


 しかしそんな期待も、儚く打ち砕かれた。


 入学試験で彼が「火球」の魔法を使うと、試験官は「こ、これは伝説の魔法『ヘルフレイム』!」とか騒いでいた。


 ヤレヤレである。


 そんな彼は夏休みを利用して、とある遺跡へと来ていた。


_________


「レックス様、そんなに速く歩かないで下さい!」


 前世から付き従う、悪魔メイドのヨーナが、後ろからほぼ全力疾走で付いて来ながら文句を言う。


「え? 速いかな? ちょっとだけ身体強化して、普通に歩いてるだけなんだけど」


「レックス様の普通は、我々とは違うんです! いい加減に覚えて下さい!」


「あちゃー、俺また、しでかしちゃってたか!」


 申し訳なさそうに、レックスはヨーナに謝る。


「全く……レックス様みたいな人に振り回されてもついてくる、そんな女の子、私だけなんですからね……」


 後半やや小声とは言え、普通に聞こえそうな感じでヨーナが呟く。


 だが。


「え? 何?」


 レックスは聞き返した。


 神狼眼には、自分に対して好意を示す発言をされると、難聴になってしまうという副作用があるため、聞き取れなかったのだ。 


「なんでもありません! ……でも、そんな連れないところも……大好き」


「なんでもないのか、よかった」


 わりと重症だった。


「でも急がないと、そろそろ『転生石』が生み出されるころだからなぁ」


 レックスが遺跡に来た目的は、転生石の入手だった。


 約六十年に一度、この遺跡に現れるその石は、転生術の触媒として欠かせないものだ。


 今回も転生するかどうかはわからないが、入手が大変なためにこの機会に手に入れておこうと思ったのだ。


 ちょくちょくヨーナを置いてけぼりにしつつ、その都度怒られ、何度か難聴になる、を繰り返してレックスは最深部へとたどり着いた。


 最深部のドアを開けると、転生石が生み出される台座の前に独りの男が立っていた。


「あれ? 君は?」


 レックスがそう問いかけると、男は振り向いて返事をした。


「俺はヨモギーダ。悪いが転生石は俺が頂く。お前は六十年待つといいさ。俺と争いたくなければ、な」


「へえ……」


 男から発せられる雰囲気に、レックスは満足できそうな戦いの予感を感じた。


(コイツ、かなりできるな⋯⋯)


 レックスは目の前の男を値踏みする。


 まず、転生石の存在を知っている、それはすなわち目の前の男も転生者という可能性を示唆している。

 そして転生術自体、かなりの力を持った者しか行使できないからだ。


「ヨモギーダ、ね。俺はレックス。悪いけど、六十年待つほど、のんびり屋じゃあないんだ」


「むしろ、せっかちですよね、レックス様は」


 レックスの発言を、ヨーナが肯定する。

 そんな二人のやりとりを見て、ヨモギーダが嘆息した。


「俺を前に恋人同士でイチャイチャとは、ずいぶんな余裕だな」


 そんなヨモギーダの発言に素早く反応したのは、ヨーナだった。


「こ、こここ、恋人同士なんかじゃありません! ……そうなれたら良いけど……」


「そうだ、恋人同士なんかじゃ……え?」


 離れてるヨモギーダにまで聞こえてきた、ヨーナの呟き。それに対してのレックスのリアクションを見て、ヨモギーダはピンと来たようだ。


「ふん。『神狼眼』か」


「!!」


 ヨーナの呟きより明らかに小さく呟いたヨモギーダの発言に、レックスは警戒心を最大まで引き上げる。


「出し惜しみは、不要みたいだね!」


 レックスが神狼眼を発動した。


 神狼眼の特性によって、あらゆる魔力の流れが、狼が匂いを嗅ぎ取るように知覚できる。


 相手の魔力の流れを感じ取れば、ありとあらゆる攻撃に対してあっさりと最適なカウンターが発動できる、レックスの奥義。


 その瞳をヨモギーダへと向け──レックスは驚愕した。

 その魔力の流れは、形容するなら──清流。


 無駄を省き、静かに流れながらも。

 感じるのは、まるで大河の湛える水量の如き魔力量。


 この魔力の流れから、カウンターを取れるのか? そんなレックスの焦りが、普段は使用しない先手を打たせる。


「術式『ラムダ』!」


 レックスは自身の使える全術式でも最速の攻撃、ラムダを展開する。


 普通なら、反応すら許さない二十七の連撃でもあり、同時攻撃でもある。


 ……しかしなにも起きなかった!


「な……っ!」


「悪いが、書き換えた」


「かっ⋯⋯書き換えた、だと!」


 術式の書き換え。

 レックスには覚えがあった。


 前世で見た、一千年前の伝説の賢者といわれる、ゲゲゲンの研究手記。


 そこに記載された、幻の技。


 前世でも自ら何度か試し、あまりにも繊細かつ高度な魔力操作が必要なため、実戦では不可能と断じたのだ。


 それを、自身最速の術『ラムダ』をあっさりと書き換えられた。

 とんでもない実力差だ。


「なぜ、君がゲゲゲンの技を……?」


 震える声で、レックスが問いかける。


「また、懐かしい名を……まさかお前、見ちゃったのか? 俺の最初の人生で書いた、五歳の頃の日記を」


「えっ……」


 レックスが前世で賢者の研究手記だと思った物は、五歳児の日記だった。


「あの時代、今より魔法関係の技術は発達しててな。術式の書き換えなんて、そこら辺の子供で使ってたんだ、それこそスプーンを持ち始める前から」


「まさか……」


「お前も転生者なら、わかるだろ? この世界の魔法関係はどんどん劣化していってる」


「……」


「あとお前の神狼眼な? あまり使いすぎないほうがいいぞ? 最初はちょっと難聴になるくらいだけど、使いすぎると近くが見えにくくなったり、ストレス溜めやすくなるからな? 昔は『真老眼』とか『心労眼』とか言ってからかわれたりしたんだぜ?」


「……」


「そーいや、五百年前にもいたなあ、そんな眼でイキッてる奴。自分を超賢者とか言って、学校まで作っちゃってさ、イタタタターって感じだったな。笑っちゃうよな! なっ?」


「……」



 そんなやり取りをしていると、台座が光り、青く輝く拳大の石が現れた。


 ヨモギーダはその石を手にとり、レックスへと語りかけた。


「あ、これ、持って行っていい?」


「……はい」


 レックスは静かに頷いた。


 泣きそうなのを我慢しながら。

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