やたら転生を繰り返す男。また転生するついでに、あらゆる「最強」を駆逐する
長谷川凸蔵@『俺追』コミカライズ連載中
第1話 剣聖
円形の闘技場を囲む観客から、怒号のように響く歓声。
しかしアレスにとって、それはまるで別世界で叫ばれているかのように、遥か遠くに感じられる。
こんな精神状態に追いやられるほどの苦境に立ったことが無かった。
──前世を含めて。
彼は「剣聖」として前世を過ごした転生者だ。
その記憶と能力を引き継ぎ、この世界に生を授かる事、はや十六年。
これまでの十六年、そりゃあちやほやされた。
両親も、幼なじみ達も、アレスが剣を振るのを見れば「すごいすごい」と褒め称えた。
「剣は前世で極めちゃったし、今回は魔法でも勉強するか」
と、今回の人生では魔法まで極めていた。
そんな中、たまたま立ち寄った街で行われた剣術大会に、幼なじみの女の子に乗せられて
「ヤレヤレ、目立つのは嫌いなんだけどな」
とか言いながらも、優勝商品が「転生」に利用できる希少品だと知り、参加したのだが……。
順調に勝ち進んだ決勝戦。
それまで不戦勝が続き、ノーマークだったはずの男。
実際対峙したときも、それほど脅威は感じなかった。
だが、彼はアレスを、まるで子供のようにあしらってきた。
ヨモギーダ=モブーン。
正直最初は「ぷっ。変な名前」くらいの印象しかなかった。
実際、幼なじみと一緒に笑った。
しかし実際に交えた彼の剣は、前回、今回含めた人生においても別格だった。
「はあ、はあ、はあっ……」
猛攻を何とか捌いたものの、このように、息を乱す事さえ今まで無かった。
しかも、ヨモギーダはまだまだ本気を出しているようには見えなかった。
だって、アレスの猛攻を捌きながら、鼻をちょいちょいほじっていたのだ。
「もう、諦めて降参したらどうだ? 俺は弱いものイジメは嫌いでな」
ピンっと鼻から取り出したものを弾きながら、挑発的に行われる降伏勧告も、既に三回目。
アレスはヨモギーダを睨めつけながら、首を横に振り、自身の愛刀である聖刀『
アレスのプライドは、既に崩壊寸前だった。
伝説の名刀を腰に佩いている己とは違い、ヨモギーダの刀は、なんと木刀。
恐ろしい技量の差。
……だか。
アレスには、奥の手がある。
『次元斬』
前世で、魔王に異次元空間に閉じ込められた時に発現した、全てを切り裂く太刀。
居合いの型から神速での抜刀が可能にする、不可避の攻撃。
欠点は、観客が多数いるこの場で、次元を斬ればどうなるかわからないというただ一点。
アレスが逡巡していると……
「アレス! 負けないで!」
幼なじみの少女レナの声が、アレスの耳に届いた。
その声に背中を押されるように、アレスが剣気を聖刀に込めた。
……しかし。
ゾクリ。
次元斬の行使を決めたまさにその瞬間、アレスの背中を冷たいものが伝わった。
今まで鼻をほじりながらも、恐ろしいほど静かに対峙していたヨモギーダが、ここに来て初めて『殺気』を発したのだ。
「おいおい、こんなとこで……良いのか? そんな技を出してしまって?」
自信ありげに、どう猛な笑みを浮かべたヨモギーダを見ながらも⋯⋯怒りがこみ上げてきた。
さっきよりもヨモギーダの指が、深々と鼻に入っていたからだ。
「舐めやがって⋯⋯!」
怒りに声を震わせながらも、相手の態度は『はったり』だと判断する。
次元斬を歴史上発動したのは、アレスしかいないはず。
つまりこれまで以上に『剣気』を込めたアレスに、なにかしらの技を使うのだろうと適当にあたりをつけてきたのだろう。
「そうやって余裕かましてろ! いくぞ!」
アレスは剣気をこめた聖刀を一度鞘にしまい、技を放つ為に抜刀しようとした、が。
瞬間、聖刀の柄に衝撃が走る。
あまりの威力に、剣は抜けず、鞘へと押し込まれた。
相手が何かしたのか、ヨモギーダを見る。
何も変わってはいない、動いていない、いや──鼻から指を抜いている!
聖刀を見ると──柄頭に鼻くそが付いていた。
込めた剣気は霧散し、次の瞬間──
「ポコッ」
っという、コミカルな音がした。
だが音からは想像できない程の衝撃が、アレスの頭部を襲った。
目眩がひどく、態勢を維持できない。
アレスの身体が
「ったく、わざわざ鞘にしまわないと使えないような欠陥品の『次元斬』、俺に通ずるわけがないだろう」
視線を上げれば、己の頭上にあるのはヨモギーダが振ったのであろう木剣。
恐ろしく速い一撃──情けないけど、剣聖の自分が見逃しちゃったね。
そんな事を考えながら、アレスは震える声で呟いた。
「ばかな……『剣聖』の僕が……」
意識をさらに朦朧とさせながらアレスは倒れていく。
倒れながら、アレスはヨモギーダの呟きを耳にした。
「『剣聖』なら、悪いけど俺も既に経験済みだ。──前前前世でな」
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