第13話 非攻略対象にだって、過去(設定)はある……、から罪なんだよっ、乙女ゲーム!

 説明しよう2! 裏設定とは、これまたその名の通り『裏の設定』の事である! 各キャラが持つ表面的な顔とは別に、1人1人、掘り下げた時にのみ見えてくる素の顔の事を指す言葉である!


 とは言っても乙女ゲームだけに使われる用語ではないので、知る人ぞ知る単語だと思う。例えば、学校一怖い不良が実はめちゃくちゃ動物には優しいとか、そういう展開の奴だ。同類語として、ギャップ萌え、という言葉が当てはまると思う(当社比)。


 そしていつか前述したように、乙女ゲームというのは基本的に共有ルートと固有ルートと呼ばれる、2種のルートでストーリーが構成されているゲームだ。この時、固有ルートの方では当然各キャラとの恋愛発展が行われることになるのだが、そこに加え、共有ルートだけでは知り得なかったキャラの秘密や隠しごとといったものが描き出されるようになってくる。


 要は、共有ルートだけでは見えなかったキャラの『深い部分』が見せつけられるという事だ。例のフロイド王子の『俺様』な性格に纏わる過去の話だって、彼の固有ルートで明かされる彼自身の裏設定秘密と言えよう。


 そして、そんなフロイド王子の裏設定と共に明かされる過去に関わってくるのは、何も彼自身だけではない。

 そこで明かされるのは、彼の最も身近な立場にいる男であり、彼自身に深く関わりのある人物に纏わる秘密。


 私の推し、『トーチ・トライアン』に関する裏設定も含まれているのである――……!


(というか、私今、推しに抱かれてる! 推しに、肩を、抱かれ……ファッ⁉)


 あ、やばい。鼻血出る。


 慌てて、手で鼻を覆い隠す。と、そんな興奮中の私を横に、「な……っ⁉」「こいつ、急に性格がっ」「どういうことだよ」と再びモブ達がざわつきだす。流石にモブ達も、あからさまなトーチの変化に動揺が隠せないようだ。


 が、


「ごちゃごちゃごちゃごちゃ、うるっせぇんだよ、口だけのモブカス共が。悠長にお口開けてる暇あんなら、その手ぇ動かした方がいいんじゃねぇの?」


 ふわっ、と優しく地におろされた感覚がした。あっ、と思ったその時にはもう、肩にあった強い力はなく、代わりに固いコンクリ地面が私の尻を支えている。


 と、同時に、「ぐぎゃあっ」とどこかで、またモブの悲鳴があがる。そちらを見れば、多くのモブが集まる中、剣を構えた状態のトーチが立っている。近くには1人のモブ男が、あおむけになった状態で、頭の上で星を巻いて伸びている。


「数がなんだって? こんな一瞬であっけなく倒されるような奴ばっか集めてよ、お前ら、それで本気でこの俺の首が取れると思ってんの?」


「ハッ、師団長ともあろう者が、舐められたもんだぜ」とトーチが、手にしている剣を鞘に納める。チンッ、と鮮やかな金属音と共に剣が鞘に納められる。


 そうして空いた手で、その手袋を外し始める。

 黒い手袋の下、彼の素の手が現れる。その顔と同じ肌色をした手。骨ばりゴツゴツとした、剣を握る者の手が現れる。


 そしてそんな手の甲に、"それ"は描かれていた。


 それは一言で表すなら、狼。


 赤い、燃える炎のような輪郭で描かれた、黒塗りの狼。闇夜のような漆黒の口が、まるで食らいつく獲物を探すかのように大きく口を開け、今にも誰かに飛びつこうとするかのような躍動感で、トーチの手の甲に描かれている。


「お、おい、その紋様は――」と、モブ達が今までない以上に、どよめく。誰もがその顔を青くさせ、現れたその模様に目を見開く。

 そして――……、


「かつてその残虐的なやり口で、グリム王国全土を震え上がらせてたっつー、伝説の盗賊団『黒狼ブラックウルフ』の奴等の印じゃねぇか……!」


 はい、入りました! モブキャラによる、ありがたいメインキャラクターの裏設定、説明補助台詞------!

 わかりやすい説明をどうもありがとう、モブおっさん!


『黒狼』――、またの名を伝説の盗賊団『ブラックウルフ』


 それは、このシン3の世界観において、特にフロイド王子の過去編を語るにおいては絶対に外せない夜盗集団の名前だ。


 かつてグリム王国の全土にわたって盗みを働いていた集団であり、時には村1つ滅ぼしたり、人を生きたまま焼き殺したりなど、旅商人をいたずらに殺しては生首を街道の木の枝に刺し晒したりと、盗み以外の非道な行いも多く続け、その残虐性の高さで人々を恐怖のどん底に突き落としたと言われている盗賊達となっている。


 え? 乙女ゲームなのに、そんなグロい設定の集団を出していいのかって?


 あ、大丈夫大丈夫。乙女ゲームって、思った以上にグロ設定普通に持ってくること多いから。世界観によっては、主人公が死ぬ系バッドエンドとか普通にあるしね。攻略対象に殺されることもあれば、第三者にやられて攻略対象の腕の中で死ぬこともあるし、なんなら2人仲良く冷めない夢へゴートゥーヘブン☆ とか普通にあるんで。


 バッドエンドでしか見られない特有スチルとかもあるから、ゲーム完全クリア目指して、攻略キャラと幸せになった後に何回も色んなキャラに殺されに行ったりするとか、普通によくやるプレイスタイルだしねー。


 おかげで物理でも精神でも、どんなタイプのグロ設定も、ドンと来いなんだぜ!(吐血)


 そして、ここまでの会話でお察し頂けると思いますが、トーチ・トライアンはそんな盗賊団の元メンバー! 

 つまり盗賊育ち元ヤンの現王国近衛師団、総師団長兼第1王子側近なのである!


「ま、待てよ! 確か黒狼って、今はもう壊滅させられてなくなったって話だろ⁉」


 モブの誰かが声を荒げた。ハッと我に返るように叫んだその男の声につられて、他のモブ達も「そ、そうだそうだっ」とざわざわと声を上げ始める。


「そうだっ、数年前に突然壊滅して消えた筈じゃ……」

「仲間の裏切りで壊滅したって」

「生き残りは1人もいないって話じゃねぇのか⁉」

「いやそれより、なんで黒狼が王国近衛師団の師団長なんてやってるんだよ!」


 お、どんどん出てきますねぇ、推しへの説明が。どやどやと、次々に言葉を飛ばして来るモブ達に、うんうん、わかるわかる、そう思いますよねぇ~、と私も心の中で頷き返す。


(私も初めてプレイした時は、同じような反応を画面前でしたなぁ~)


 固有ルートにて明かされる、フロイド王子とトーチの過去。衝撃の推しの正体。こんなに盛って盛りまくった設定で、それなのにルートがない推しが謎過ぎて、どうして⁉ なんで⁉ のオンパレードだったなぁ。は~、懐かし(え? 共感する理由が何かおかしいって? 気ノセイ気ノセイ)。


 けどねぇ、この衝撃的な設定には、ちゃんとした訳があるのですよ! その訳というのが――……、


「ハッ。――1だって?」


 トーチが、モブ達を鼻で笑った。


「お前ら、本気でそう思ってんの? 自分達で矛盾してる事言っときながら、それに気づいてねぇとか、マジでバカの集まりだな」

「な……っ⁉」

「今しがた自分達で言ってたじゃねぇかよ。ってよ」


「ということは、そのんだろうなぁ?」そう言って、トーチが周囲を見回した。


「ま、まさか……っ」とモブ達がさらに顔を青白くさせながら、トーチを見あげる。そんな彼らを前に、トーチが外した黒手袋を地面に向かって投げ捨てる。


 そうして再び、腰の剣へと手を伸ばす。柄を握り、いつでも抜刀できる構えを取りながら、目の前のモブ達を見下すように笑う。


「――悪辣非道の盗賊団『黒狼』の名を知っても尚、挑める奴だけかかってこいよ」


「売られた喧嘩は買ってやるぜ? グリム王国第1王子御付き王国近衛師団、総師団長の名のもとにな」そう、ニヒルな笑みをその顔に浮かべながら、トーチが剣を抜いた。


        ********


 きゃーーーーーーーーーー! いやーーーーーーーーーーーーー! 推しの悪役面頂きましたーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


(あああああああああああっ! 原作じゃっ、フロイド王子固有ルート過去回想シーンにて影絵シルエット、メインストーリー内では展開の片隅でちらっと一瞬しか見せてくれず、後続リメイク版で追記されたイベントでようやくスチルにてお目通しすることが叶った推しの裏の顔が、大画面フルスクリーン360度VR体験可能の映画館ばりの大迫力で目の前にーーーーーーーーーーーーー‼)


 うわーーーーーーーーっ! 興奮しすぎて、自分で自分が何言ってるかわからなくなってきた! 推しがーーーーー! 私の推しが、クッソイケメンでつらいーーーーーーーーーー‼ ふぉおおおおおおおおおおおおお‼


 語彙力と鼻の血管が崩壊していく中で、それでも目の前の出来事を焼き付けようと、頑張って鼻を手で抑えながら目の前の光景に目を向ける。


 その現状を一言で述べるなら『ザ・無双』。


 紳士面を完全に脱ぎ去ったトーチ・トライアンが、襲い来るモブ達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、の大乱闘無双状態。もっとわかりやすく言うなら、ヤンキー漫画でよく見る、ヤンキー集団の抗争状態って感じだ。


 でも戦ってるのはヤンキー集団vsヤンキー集団ではなく、元伝説のヤンキーvsヤンキー集団って感じだけど。どちらの方が実力が上かなんて訊くのは、無論野暮って話である。


(もーーーーーーーーー! これよこれ! これがトーチ・トライアンの最大のだいご味、ギャップ萌え!)


 普段は、丁寧爽やか紳士、な絵に描いた素敵三拍子な好青年の癖に、いざ本性を表すと、途端柄悪戦闘レベルチート級ヤンキーになるとか、なんてギャップ萌え! お前はギャップ萌えの宝庫か、重箱か! とんだダークホースキャラだっつーの!


 そもそもまず、フロイド王子がトーチを側近として強く信頼してるその理由。それ自体が実は、このトーチの裏設定に深い関りがあったりする。


 盗賊団『黒狼』の子として生まれたトーチは、幼い頃からずっと盗賊集団の中で、下劣な扱いを受けながら育つ。そんな自分の生を恨みつつも、逃げる術も先もないトーチは、致し方ない事だと自分に課せられた運命を受け入れ日々を暮らしていく。

 そんなある時、トーチは一人で盗みの仕事をさせられる事になる。盗賊団の大人衆がお遊びとして、子供のトーチに一人で盗みを働かせ、成功するか否か、の賭け事をしたのである。


 盗みの先はとある貴族の家。そこからなんでもいいから金品財宝の物を持ち帰る、それだけの仕事だった。


 もうこの設定の時点で、トーチの女としては万死に値させたい出来事なのだけど……、しかしその出来事きっかけで、トーチは運命の出会いをする事になる。

 忍び込んだ先、そこにいた人物こそが、なんと幼き頃のフロイド王子だったからだ。


 実はこの時、トーチが忍び込んだ貴族の家というのが、王家に仕えているとある家臣の家だった。フロイド王子はこの日の数日前、城にて行われた隣国との会食で毒を盛られ、暗殺されかけた事からしばらくの安全措置として、城から離れたその屋敷で療養していたのである。


 当然、トーチは自分の姿を見たフロイド王子を殺そうとする。フロイド王子も、また自分を暗殺しにきた人間かと思い、諦めの境地で刃を向けたトーチと対面する。誰かに命を狙われる人生にもう嫌気をさしていた彼は、いっその事、もうここで死んだ方が早いと思ったのだそうだ。


 しかしその時、彼らは互いに自分達の目が似ている事に気づく。

 抗えない運命に翻弄され、辟易し、荒んだ目をしている、その事に――。


(そうして、生まれたのが2人の主従関係! トーチは黒狼を抜け、自分と同じ目をしてるこの少年の下に一生仕える事を決めるわけですよ!)


 そうしてフロイド王子も、自分と同じ目をしていたトーチにだけは、心を打ち砕くようになるって寸法よ!


 かーーーーー! 熱いっ! 熱いね、主従愛! 

 生まれも立場も全く違う筈の二人が、その境遇の過酷さから生まれてしまった悲しい共通点を基に繋がるも、最終的にはそれが誰よりも強い絆と信頼に姿を変える! 素晴らしい! 

 こりゃ恋愛が勝てなくても仕方がない! 最高だよ、主従愛! 全トーチの女とフロイド王子の女による、熱いスタンディングオベーションが止まらないね!


(全く、ここまで設定盛り盛りにやらかしといてくれて、それで固有ルートがないとか、本当わけわからなさすギガスですよ、公式様!)


 本当、公式が最大大手とはよく言ったものですわー、と心の中で手を組みながら、トーチ無双を眺め続ける。


 トーチの剣を受け、次々にモブ達が散っていく。文字通り、死屍累々と、辺りにモブ屍達(と言っても、意識を失ってるだけだけどね)が積み重なっていく、けどそれでも相手にする数はなぜか減らない。どこに隠れていたの? と尋ねたくなるぐらいに、どんどんと出てくる。

 トーチも1人では分が悪くなってきているらしく、時折、敵の刃がその身体をかすめそうになっている。


 さらに最悪なのは、向こうの中には、トーチ自身だけではなく私を狙う輩もいるという事だろう。自分に襲い掛かるモブ+私に襲い掛かろうとするモブを相手にするのは、流石のトーチでもそれなりに苦戦を強いられるらしい。

 時折、聞こえる「チッ」と柄の悪い舌打ちに反応した私の鼻孔が、再び血の放流を開始しようとするのがなによりの証拠と言えよう。


(ど、どうしよう……っ。これ、このままじゃ絶対まずい……!)


 でも、トーチからは一ミリも動くなと言われている。それはきっと、私が下手に動く事が、彼の戦いの邪魔になる可能性があるからの筈だ。だからここで私が何かをするのは、帰って現状をさらに悪化させる可能性がある。


(でも、このままじゃ、トーチが……!)


 一体、どうすれば――……! と、ギュッと強く目を瞑った、

 ――そのときだ。


「そこまでだ!」


 その覚えのある声が、その場に響き渡ったのは。

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