第12話 推しとのお約束は絶対守りましょう

 モブ達が驚いたように動きを止める。私も驚きで、閉じていた目を開いて丸める。

 そうして何事かと、笑い声がした方へ――、トーチがいる方へと顔を向けた。


「お、推しって……。なんですか、その理由……、はは、俺を好きな理由が、推しって、はは……っ! まさか、そんな事を言われる日がくるなんて、あははははははははは‼」


「はーっ、おかしいっ」とトーチが腹を抱えながら笑う。大声で。


 今度はこちらが、ぽかんと口を開けてしまう番だった。

 え、あれ、トーチ・トライアンって、こんな大声で笑えるキャラだったの? マジかよ。これが俗に言う、『公式は明言してないけど、それっぽいニュアンスを言ってるので公式です』って、ファン考察のスレッドとかで書かれる系のやつか。おい、心の中のカメラマン、お前の出番だ。シャッター切りまくれ。


 な、なんだなんだ、とモブ達がどよめく。

 が、その中でもしばらくトーチは笑い続けた。そうしてひとしきり笑いきった後、「まったく、」とその目の縁溜まっていた涙を指で拭った。


「……おかしな方だとは思っていましたが、まさかここまでおかしな方だったとは」


「本当なら、貴方は王子と『くっつくべき方』の筈なんですけどねぇ」とトーチが、くつくつと笑う。

 え、くっつくべき方って……。どうしてトーチがその事を……。


「――Ms.シンデレラ」


 聞こえて来たその呼称に、ハッと我に返った。

 呆然としていた意識を目の前の現実に慌てて戻し、声の主を……、トーチを見やる。


「今この瞬間から、その場所から1ミリも動かないと、そうお約束頂いてもよろしいでしょうか」

「え……」


 1ミリも動かないとって、どういうこと……? いや、それよりも今、また『Ms.』って……⁉ 


 突然の予想外のそれに、目が手になる。でも、そんな疑問は次の瞬間に吹っ飛んでいた。

 なぜなら、『お約束』というその言葉が、私の頭の中で繰り返されたからだ。


 お約束。トーチとの……、トーチからの……、お約束?


 ――……推しからの、直接の、お約束の……、お願いごと、だ、と……⁉


「できますかな?」そうにっこりと、いつも通りに微笑むトーチ推しと目があった瞬間、パアァンッ! と思考回路が全て、宇宙彼方にすっ飛んで行った。


「ぜ……、是が非とも‼」


 推しとのお約束! いいとも! しますとも! いえ、させてください! させて、くだ、さい!!!!


 ギャーーーーーーッ! と心の中で悲鳴があがって鳴り止まない。推しと直接お約束! これ、リアルだったら事務所案件ですよ⁉ 事務所お通し案件ではございません⁉

 推しからの、直接の『お願い事』! これを断る推し女が、この宇宙上のどこにいまして⁉


「ありがとうございます」とトーチが私の返事に笑った。――にやり、とその口の片端を持ち上げて。


(……あれ)


 なんか、今の笑い方、いつものトーチと違っ――……、私がそう心の中呟いた時だった。


「……さっきから聞いてりゃ、推しだとか、約束だとか、ふざけたことばっかぬかしやがって……っ」


「お前らっ、自分達がどんな状況にいるのか、忘れてんじゃねぇぞ!」そうモブ集団の怒号が周囲に鳴り響く。その声にハッと私も自分に向けられた刃を思い出す。


「どれだけお前らがふざけた事を言ってもなぁ、数ではこっちのが上なんだよ! ちっとばかし、俺達を気圧せたからって、いい気になってんじゃねぇ!」


「おらぁっ!」と、モブが1人トーチに向かって駆け出す。

 と、同時に周囲の他のモブ達も、時間を取り戻すかのように一斉に動き出す。


 まずいっ! と私の身に降りかかりそうになる刃を前に、再び目を瞑る。今度こそダメだっ、と絶体絶命の4文字が脳内を横切る。


 が、ザシュッ! と音がしたかと思うと、「ぐあっ」という声と共に何かがドサドサッ、と倒れた音がした。


 え、と思わず目を開ける。


 飛び込んできたのは、私を襲おうとしてきたモブ達が地に伏せている姿だった。皆、意識を失っているのか、手にしていた武器を落とし、ぴくりとも動くことなく、静かにその場に倒れている。


 周囲のモブ達があぜんと、その光景に目を向けてる。誰もが一体何が起きたかわからない、という顔をしている。

 その中で静かに、はらりと、私の手と足を結んでいた紐がほどけた。驚いて自由になった体に目を向ける。


 ――と、そこで誰かが自分の肩を抱いている事に気づく。


 肩の上。そこにあるのは、見覚えのある黒い手。

 それは数刻前、街中で私の隣にて大きな荷物をいくつも持ち、抱きかかえていた、あの手で――……。


「――誰が、どんな状況にいる、だって? あ"ぁ?」


 先刻まで、少々距離が離れた場所から聞こえて来た声が間近くで聞こえた。柔らかな物腰の敬語だった筈の声。それが濁音混じりの柄の悪い口調になって、私の頭上に振ってくる。

 それにつられ、顔をあげる。すると声の主の顔が、私の肩を抱く人物の顔が飛び込んでくる。


「もういっぺん、言ってみろや? なぁ?」


 そう言いながら、その人物――、トーチ・トライアンが、モブ達に向かって、その口角を大きく釣り上げながら、にやりと笑って見せた。


(……キ、)


 キターーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

 トーチ・トライアン』、きましたーーーーーーーーーーーーーーー!!!!

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