第11話 生半可の気持ちで推しの女(ヒロイン)なんてやれっか!

「え」と声をあげたのは、はたして蹴り上げられたモブおじさんか、それとも他のモブ達か、はたまたはトーチ推しか。


 私の肩を抱くモブおじさんの腕に全体重を預け、勢いよく両足を振り上げる。要領としては、ブランコで立ち漕ぎをするあの感じだ。


 しかし通常の立ち漕ぎと違うのは、ブランコを押し出す為にあげた足をおろす事は考えずに、そのまま力強くぶん上げることだ。ブランコが戻らずに、大きく一回転してしまうイメージで。自分の身体を支えるモブおじさんの顎めがけて、足をぶち上げる。


 結果、ガコンッ! と嫌な音と共に、モブおじさんの顎に私のつま先が当たった。いや、当たったというかめり込んだ。めり込ませた。


「ごぶへっ」とモブおじさんが変な声をあげて、私の肩から手を離す。そのまま、ズシャアアアアアアア! と激しい物音をたてて、どでかい図体を床上に倒す。


 手を離されたせいで、私もどすんっ! と床上にしりもちをつく。が、そうなる事は事前に予想できていたので、尻が割れるような痛みにも涙目になるだけで、すぐに立ち上がる事ができた。


 そうして「うらぁっ!」というかけ声と共に、運動会でするうさぎ跳びの要領で、モブおじさんの腹めがけて飛び上がった。


「ぎゅえっ」と私の全体重による攻撃に負けた、モブおじさんが顎を抑えながら泣き声をあげる。それに追撃する形で、ゴスゴスゴスゴス! と、モブおじさんの腹のど真ん中目掛けジャンプをし続けながら怒鳴る。


「よくも! 推しの! 尊顔に! 傷を! 推しの! 尊顔! だぞ! ごら! わかってんのか!」

「ちょっ、ぐぇっ、やめ、げうっ」

「推しの! 綺麗な肌に! 傷なんぞ! つけやがって!」


 死ぞ! 推しの顔に傷なんてつけるモブキャラは死ぞ! アンタなんぞ、モブおじさんでも何でもないわ! 全国の推し女の逆鱗に触れやがって! その行い、万死に値する!


「ぐふっ」と再び声と涎を吐き出したモブおじさんに、「お、お頭っ」と他のモブ達が騒ぎ出す。


「な、なんだよっ、あの女っ」

「おい、あんな力があるなんて聞いてないぞっ」

「あいつ本当に貴族の女か」

「シンデレラって、もっとか弱い女の筈じゃ――……」


「はぁん⁉ 誰が、金があるだけのか弱くって、ひ弱で、目の前の悲しい現実を前に打ちのめされる事しかできないような、貧弱精神しか持ちえてないオツムの弱い世間知らずな貴族の娘っ子ですって⁉」


「え、いや、誰もそこまでは言ってな……」とモブおじさん達がどよめく。が、ギッ! と睨みつければ、皆一様に「「「「ひぃっ」」」」と声をあげて固まった。


「――えぇ、そうですよ、そうですよ。そりゃあ、"この世界"の"私"は元貴族で? 大事に育てられて? それでいて、いざ目の前で悲劇が起きた時は、嘆く事しかできない、どうにかするような力もない、か弱いか弱い"お姫さま"ですよ」


 ゆらりと、めらりと、自分の中で何かが沸き起こる感覚がする。フツフツと、燃えがある何か。ぐるりと、モブおじさん達を見回す自分の拳に、力がこもっていく。


 大量のモブおじさんの中で、ぽかんといているトーチの顔が目につく。綺麗に切りそろえられた髪色と同じ色をした瞳が、ただ茫然と、口と共に大きくあけられたまま固まっている。


「幼い頃には結婚の約束をした"運命の相手"だっていて? しかもそれが、この国のイケメン王子達の誰かで? 決められた恋愛ルートがきちんと敷かれていて、絶対的に幸せな将来が約束されてる、そんな、そんな何もかも御膳立てされたような立派なこの世界の"お姫さまヒロイン"ですよ」


『運命の相手』、その言葉にトーチがハッとしたように肩を揺らした。覚えのある言葉に、思わず反応してしまったらしい。


 そんなトーチを、そして周囲のモブ達を一斉にまた睨みつける。

 そうして、


「でもね、そんなの、知ったこっちゃないのよ!」


 ――ダンッ! ともう一回、地団駄を踏むように私はモブおじさんの上で飛びあがった。

「ぐぶぇっ」とモブおじさんが、再び目を回しながら声をあげる。


「そんなの、"この世界"の勝手な都合でしょうが! そりゃあ前の私は、そんな"この世界"が好きだったけどね⁉ でもねっ、それでもね、それ以上にね! 推しが好きなのよ! 例え公式が止めてきても、それはあり得ないと断言してきても、貴方のそれは間違ってると言われてもね、私が推しを大好きだって気持ちは嘘偽りのない本物の気持ちなのよ!」


 叫んでいて思い出す。あぁ、そうだ、そうなのだ、と。


 例え、トーチが私の事を好きでなくても、この世界が、公式がそれを阻んで来たとしても、私は彼の事が好きなのだ。

 だって手の届かないところにいるとわかっていても、それでもかつての私は貴方を好きになった。例えこの声や思いが届かなくても、彼とのルートが存在しないとわかっていても、それでも私は彼の事を好きになったのだ。


 もちろん、貴方に助けて貰ったから、というきっかけはある。


 でも、だからと言って、貴方に好かれたいとか、そんな理由じゃなかった筈だ。


 私が彼を好きだったのは……、私が、彼を推し続けていたのは――……、


「"この世界"が認めなくても、私は"ヒロイン"である前に、トーチ推しの女!」


 ダンッ! と、モブおじさんの上から飛び下り、地面に着地する。私の勢いに気圧されたらしいモブ達が、私からザッ!と逃げるように距離を取る。


「推しの女ってのはね、推しの幸せを願って生きるし、推しが幸せになってくれるなら、自分の幸せなんて二の次でいいのよ! 推しの幸せが私の幸せ! 推しが息して生きて笑って楽しく微笑んでいるならば、それだけでモーマンタイ! 例えこちらの想いが届かなくても、推しが今日も幸せに生きてくれていればオールのオッケーマン! 推しが好きだから幸せになってほしいし、幸せになってほしいから推しを推す! その為になら、か弱くって可愛そうなお姫さま正ヒロイン、だなんて称号いくらでも投げ捨ててやるし、『運命の相手』なんてそんなもん、踏んで蹴って燃やして灰にして海にまき散らしてやる!」


 忘れていた。


 そうだ、私は何も、トーチと両想いになりたいわけじゃない。


 ただ私が、貴方に救われたあの時のように。

 貴方にも幸せになって欲しかった。


 乙女ゲームという世界に生まれて、それでもヒロインとくっつくことの許されない、メインキャラクターである貴方に。


 "この世界"で"シンデレラ"と結ばれるという結末幸せを知って欲しかった。ただ、それだけだったんだ――。


「こっちは推しの全てを守るぐらいの気概で推しの女やってんのよ! だってのに、自分の身ぐらい自分で守れないでどうする!」


「推しの女、舐めんなや!」――そう、渾身の私の怒鳴り声が、倉庫内に響き渡った。


「シン、デレラ、様……」


 ぽつりと、小さくトーチが私の名を呼んだ。

 黒い瞳が、ぐらりと大きく揺れるような光を宿しながら、私の方を見つめてくる。


 まるで、『どうして……』と、街中で私に尋ねて来た、あの時のように――……。


「な、何わけわかんねぇこと言ってんだ、こいつ」

「お、推し、とかなんだそりゃ」

「もういいっ、お頭の仇だ! この女事、やっちまえっ」


 モブ達が「うぉおおおおおお!」と再び雄たけびをあげながら、私の方に向かってくる。その光景に、げっ、と声をあげる。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って……!」


 確かに、自分の身は自分で守れるって言ったけど、流石にこんな大人数相手にぶちかませる力はないというか、前世ではただのOLで、今世では身体を鍛える暇もない貴族のお姫様に、戦闘系を求める方がおかしというか……! 


 あー! ごめんなさーーーーーい! 色々勢いで言いすぎましたーーーーーーーーーー!

 こっち見んな来るな刃を向けないでーーーーーーーーーーー!!!!!


 襲いくるモブ達の攻撃に、「ひっ」と思わず目をつぶって身をすくませた――、その次の瞬間だった。


「……はは……。は……、あははははは‼」


 そんな、大きな笑い声が場に広がったのは。

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