第10話 は?(威圧)

(きたぁーーーーー!!!! 来ました! キャラ好感度最大アップイベント! いやもう好感度イベントじゃない! これきたら、ほぼほぼ恋愛ルート確定だよ! キタコレ、キタコレ、キタコレーーーーーーーーーー!)


 それでは、説明しよう! 『モブに襲われ系』イベントとは何か!


 その名の通り、ヒロインが何かしらの要因でモブに襲われるイベントの事である。要因はその時折々だが、このイベントが起きる時、それは大抵特定のキャラクターの好感度が満たされている事が多く条件とされている。


 なぜならこの時、ヒロインを助けてくれる相手は、ヒロインの事を少なからず大事に思ってないといけないからだ。その上、大体こういう時は攻略したい対象の所為で何か大事件に見舞われる事が多い。故に必然的に、ヒロインを助けにくるキャラはその時の攻略したい対象に絞られる。

 

 つまりこれが発生すれば、もうほぼほぼ、そのキャラとの恋愛ルートが発生したと言っても過言ではないイベントなのである!!!!


 あ、もちろん、大抵って言うだけで例外もあるからね。

 共有ルートの序盤辺りで出て来た場合は、まだ出てきていない攻略キャラとの出会いフラグ or 特定キャラの好感度激あげイベントな事が多いから、要注意だぞ☆


 でもなんにせよ、フラグは経ったということ! それもこの話の流れで行く感じ、相手はただ1人、トーチ・トライアン君に決まってる!


(つ、つつつつつつつつ、ついにっ、推しとの恋愛フラグが……! ルート建設の兆しが……!)


 禿げ散らかせとか言ってごめん、モブおじさん。アンタは神だったよ、その髪の毛、一生ふさふさであれ。かみだけに。


 ふぉおおおおお、と心の中で涙を流しながら、思わずモブおじさんを拝む。「な、なんだこの女」「急に喜び出したぞ」「Mか?」「こわ」「きも」と周囲のおじさん達がどよめきながら、若干私から距離を置いていってる気がするが、そんなこと気にしてなんていられない。


 ふっ、言いたいだけ色々言ってなさいな。

 今なら、なんと言われても痛くも痒くもないからね!


「っ、この女……っ、自分の立場があんまりよくわかってねぇみたいだなぁ⁉」

「!」


 シャキン、とまた歯が空を切る音がしたかと思うと、今度は頬のあたりに刃が押し付けられた。


(げっ。まずい、モブおじさんの怒らせちゃった)


 胸倉を掴まれ、ぐいっと持ちあげられる。頬に触れるか触れないかの位置でキラリと、銀の刃が光る。それを目にしながら、流石にこれはまずい、と冷や汗を心の中で流す。


(い、いやでも、きっとトーチが助けにきてくれる筈だからっ!)


 ――本当に? と小さな声が私の中で聞こえたのは、そのときだった。


(本当に? 本当に……、トーチが助けにきてくれるの?)


 それが自分の声だと気づいた瞬間――、それは、大きな影となって私の中に沸き起こった。


(だって、おかしくない? 告白をしても振られて、好感度をあげようとしても会話を阻止されて。それなのにイベントだけ起きてるって、それって、本当に大丈夫なの?)


 ここが本当にゲームの中なら、バグどころなんて騒ぎじゃない。順序を伴って起きる筈の事が、それをすっ飛ばして起きているのだ。

 今朝の茶会だってそう。あれだって、私がトーチなんて攻略対象じゃない相手に告白してしまったせいで起きた、本来なら起こりうる筈のない異例のイベントだ。


 もしこれらが、私が本来発生させる予定じゃないものを建設しようといている結果のものなら、ここにトーチが来る可能性は、どれくらい?


 すでに私のことを振っている彼が、私のことをなんとも思っていないであろう彼が、"私"を助けに現れる可能性は――?


 頭の中に、トーチの声が思い出される。あの時、私を振った彼の言葉が。


『あなたの言うそれは、『恋』ではありませんよ。Ms.シンデレラ』


 ――あぁ、そうだ。知っていたじゃないか。


 たとえどんなに頑張っても、人一倍頑張って苦しい思いをしても、それでも届かないものはあるってことを――、私は嫌という程に前世で知っていたではないか。


 脳裏に思い浮かぶ、厭味ったらしい上司の姿。どれだけやっても減らない仕事。苦しい、辛いと言えば、飛んでくるいくつもの罵倒。他の奴等だって頑張ってるんだ、いつまでも学生気分で居られちゃ困るんだよ、と皆の前で荒げられる声。


 苦しいと、辛いと、そう嘆いても周りは憐れむだけで助けてくれない。誰にも届かないSOS。


 それでも辛いのは自分だけじゃないと、自分ばかりじゃないんだと、そう思って頑張って生きて。大丈夫、私はまだ頑張れてないだけ、もっと頑張ればきっとなんとかなる、って。大好きな人だって、がんばって生きてるから、私も頑張って生きなくちゃって。


 でも、それでも結局、前世の私は死んだ。

 頑張って、頑張って、頑張ろうって思って生きていた筈なのに。


 助けられたと、心が救われたと、そう自分が思っていても、所詮そう私が思っていた『だけ』で。


 結局、誰にも、本当に助けて貰えないまま、私は――、死んだ。


(もし、このままトーチが助けに来なかったら――……)


 私は――、"シンデレラ"に待ってる未来は――……?

 ひゅっ、と予想できない光景に、私の喉が小さく音を鳴らした。

 その時、だった。


「――あぁ、ここにおられましたか、シンデレラ様」


 ガシャンッ! と、激しい物音を立てて、倉庫のシャッターが誰かに蹴り開けられたのは。


      ******


「探しましたよ、シンデラ様。お迎えに参るのが遅くなり、大変申し訳ございません」

「トーチ・トライアン……!」


 ざわりと、男達がざわつきながら、開かれたシャッターの方へと一斉に顔を向けた。

 そこには、外からの光を逆光に受けながら、確かにそこに立つトーチの姿があった。その右腕の中では見知らぬ男が1人、首をしめられ、反対に左腕の先では伸びた状態の、これまた見知らぬ男が1人、その手に首根っこを掴まれる形で引きずられている。


「どうしてここが……っ。まだ、なんの要求も送りつけちゃねぇのにっ」

「……街の方々が、意識のない女性を1人、小脇に抱えながら連れ去る男を目にしておりましてね。少ない目撃情報ではありましたが、すぐに大方の予想がつきましたよ」


「まったく、貴方がたも本当に詰めが甘い。ですから、以前のような事が起きてしまうんじゃないんですか?」とトーチがやれやれと首を横に振りながら、ぽいっと、男達を倉庫内へ投げ捨てる。「ぐぇっ」と首を絞められていた方の男が固い地面と衝突すると同時に声をあげるも、意識を失ったのかそのままぴくりとも動かなくなる。


「こいつら、見張りの……」とおののくように、捨てられた2人から距離を取っていく、モブおじさん達。

 私にナイフを突き立てていたモブおじも、その身をすくませながら、ナイフを私から離し、トーチの方へ振り返る。


 そんな彼らを見まわしながら、「騒がれては面倒でしたので、少々手荒な方法で眠って頂きました」とトーチが、パンパン、と手をはたいた。


「あぁ、ご心配なさらず。息はきちんとしていますから。グリム王国近衛師団の総師団長の名において、流石に一国民の命までは頂戴致しませんよ」


「命までは、ですけど」とにっこりと優しげな、しかしどこかいつもとは違って固い笑顔が、その顔面に張り出される。


(トーチ! 来てくれた!)


 あー! よかったー! と思わず心の中で声をあげる。

 マジで来なかったどうしようって、本気で思っちゃった! はー! 来てくれてよかったー!


(ハッ。というかこれ、やっぱり来てくれたって事は、トーチ恋愛ルート確定イベントか……!)


 ということは、あんなこと言いつつも本当は、少なからずトーチも私を想って……⁉ と浮かんが考えに、カッ! と目を見開く。


 と、トーチぃ~~~~~! 私の推しぃ~~~~~! 愛しい貴方の女はここです、ここぉ~~~~~! 助けて~~~~~~しゅき~~~~~~っ! 


「とぉ~~~~~ちぃ~~~~~~っ」とガタガタと、縛られている事も忘れて椅子の上で体を揺さぶる。なんか感動で目の前と鼻の中がぐじゅぐじゅになってる気がするけど、気にしないで! 単純に恋愛ルートフラグが嬉しいだけだから!


 トーチが私の方に目を向ける。と、途端、その顔が険しいものに変わる。どうやら、私が縛りあげられているに気づいたらしい(あと多分、泣いてることにも)。


 瞬間、


「――貴様ら、このお方がどなたと存じての所業か」


 冷え冷えとした、冷たい声が倉庫内に響き渡った。

 まるで、一瞬で場を凍りつかせる事のできる魔女の吐息のような、冷たく、固い声。それが男達の声を一蹴するように、静かに、しかし確実に周囲に響き渡る。


 ハッと男達が息を飲み、声の主であるトーチを見る。先刻までの厭らしい勇ましさはどこへやら。その目は皆、恐怖の2文字で揺らぎ始めている。


「このお方は我がグリム王国、次期国王であらせられるフロイド・ウェルヘルム・ヤゴード第一王子、その奥方になられるご予定のお方だ。未来の国王の奥方に手をあげるとは……、貴様ら、無事で済むとは思ってはいまいな」


(あ、やっぱりそっちが理由でしたかー)


『未来の国王の奥方』――、そう聞こえて来た言葉に、ヤッパリネー、と感動の涙と鼻水が一瞬で引っ込んだ。


 ぐぅっ、結局こんな時まで、フロイド王子が理由とか、揺るぎなさすぎか、この忠犬側近め……っ。いや、いいわ。もうこの際、トーチが助けに来てくれたことが重要だから、理由には目を瞑るわ、うん。


 それにしても、下賊民に対する師団長口調のトーチ推し台詞……! ゲーム本編内ではフロイド王子に纏わるイベント越しでしか聞けなかったこれを、まさかフロイド王子経由なしの、生で聞く事ができる日がくるとは! 


 なんて幸せなの! 天国はここにあった! ありがとう、モブおじさん! 貴方の犠牲は忘れないわ!


 はぁはぁと荒くなる鼻息を私が頑張って抑えながら、私がハート目でトーチを見やるのと、私のすぐ目の前のモブおじさんが「っ! お前らっ、やっちまえっ!」と小物感やばい台詞を吐いたのは、同じタイミングでの事だった。


 瞬間、周りのモブおじさん達が雄たけびをあげながら、トーチに襲いかかっていった。

 が、ちらりと、彼らをトーチが見た次の瞬間、彼らは地に伏せる事となった。


 なぜなら、トーチが腰の剣を一瞬で引き抜くと、それを使って襲い掛かって来た相手を全員薙ぎ払ってしまったからだ。


「ぎゃっ」「ぐあっ」とモブらしい声をあげながら、薙ぎ払われたモブおじさん達が倒れる。その様子を見たトーチが「こんなものですか」とつまらなさそうに口を開く。


「これなら、街の子供達の方が、もっと頭の使った戦い方ができると言ったものですね」

「~~~~っ! お、お前らっ、何をしてるっ、相手は一人だぞ、やれっ、やっちまえーっ!」


 モブおじさんの怒鳴り声に、どこにいたのか、「うぉおおおおお!」とモブおじさん達が倉庫の至るところから湧き出て、トーチへと襲い掛かっていく。


 しかしどれだけ数が居てもトーチの実力には敵わないらしく、次から次へ、あっけなく倒されていく。1人、また1人と、「ぐっ」「がっ」「ぐげっ」と使いまわしも甚だしいモブ声をあげながら、虚しく倒されていく。


(さっすが! トーチ! グリム王国近衛師団、師団長の名は、伊達じゃない!)


 やっぱり私の推しは最強だった! いけいけー! やっちまえー! と、心の中で声を荒げながら、トーチを応援する。


 あぁ今なら、ラーメン屋とかの片隅にある小さなテレビで、プロレスを観戦して騒いでるおっさん達の気持ちがわかる。

 生前は見かける度に、うるせぇジジィ達だな、テレビぐらい家で見なよ、って思ってたけど、目の前で自分の好きな選手が戦ってたら、そりゃあ声のひとつやふたつぐらいあげたくなりますわな! ごめんね、悪態ばっかついちゃって! いつか機会があったらラーメン奢らせてくれや! ないと思うけど!


「くっ……、こうなりゃあ奥の手だっ」


 私の前のモブおじが、悔し気にそう呟いた。

 ――かと思った次の瞬間、


「こいっ!」

「え」


 ぐいっ、と腕を掴まれたかと思うと、無理やり立たせられる。ガタンッ! と私が座っていた椅子が、その突然の衝撃に負けて後ろに倒れた。


 がしりと太い腕が私の方を抱く。そうして「動くなっ!」とモブおじさんが怒鳴った。


 瞬間――、覚えのある冷たく鋭いものが首筋に当てられたのを感じた。


「動くなっ、トーチ・トライアン! それ以上、動けば、この女がどうなるかわからねぇぞ!」

「い……っ」


 チリッ、と鋭い痛みが首を走った。何か、薄い紙で指を切った時に似た痛みに似たそれ。少しするとじんわりと、その痛みがした場所が熱を持ち始め、少しだけど血が出ていくのを感じる。


(こ、この男、"シンデレラ"を盾にするつもり……⁉)


 いや、確かにこういう展開でならあり得なくもない展開だ。なんせ大概の乙女ゲームは、非戦闘要員と書いてヒロインと読ませてくる。それ故に敵サイドに捕まったヒロインが人質に……! なんて事は、告白イベントの次によくある展開だ。


 まぁだってほら、ヒロインが戦えたら恋愛ゲームの意味がなくなっちゃうしね。守られてなんぼのヒロインですよ、はい。


「! シンデレラ様!」


 トーチがハッと目を見開く。が、私の首元にあてられたナイフが目についたらしく、「くっ、」とうめきながら、剣を構えたまま動きを止める。


「貴様ら、なんと卑怯な……っ」

「ハッ! 盗賊に卑怯もクソもねぇですよ、師団長様。よしっ、お前ら今だっ、やれっ!」


「ぐぉおおおおお!」と声をあげて、再び立ち上がったモブ達が、トーチに襲い掛かる。トーチが顔を顰めて剣を構えるも、私の事を思い出してか、すぐさま動きを止め、されるがままに攻撃を受ける。


「っ……!」

「トーチ!」


 誰かのナイフらしきものがトーチの頬をかすったのが見えた。赤い一線が、彼の左目ギリギリのところに生まれ、赤い血をたらりと流す。

 サァ……っ、と私の顔から血の気が引いていくのがわかった。目の前の光景が信じられず、目を見開き固まる。


 そんな私の反応に、私にナイフを押し付けるモブおじさんがニヤリと笑う。「ひっひっひっ」っと下品な笑いの声を、その口からあげる。


「流石の師団長様も、己の主の女に傷がつくのは見過ごせないようだなぁ。安心な、嬢ちゃん。今、ここであいつを殺すつもりはないさ。殺すのは、ある程度痛めつけて楽しんだ後でだ。その後は、お嬢ちゃんも可愛がってや――……」

「…………お……、」

「――あ? なんか言、」

「推しの、尊顔に……っ、何さらすんじゃボケェエエエエエエエエエエエエエ!!!!」


 ――瞬間、私の渾身の蹴りがモブおじさんの顎にクリティカルヒットした。

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