第9話 モブおじさん+倉庫+ヒロイン=?
「――い、本当にこの女で合ってるのか」
「あぁ、間違いねぇよ。街中であのトーチ・トライアンと歩いてるところを見たからな。それにこの制服。少し汚れちゃいるが、こりゃ、あの貴族校の制服だ」
「絶対に、コイツがシンデレラとかって女であることに、間違いはねぇよ」そんな会話の声が聞こえて来るのと、私の意識が再び浮上したのは、同じタイミングでのことだった。
(街中……、トーチ・トライアン……、シンデレラ……)
聞こえてく会話の中から、拾った単語を、頭の中で呟く。
あぁそうだ、私は今、街中でトーチと一緒に買い出しをしていて……、それはジェイアール王子達の提案で……、買い出しとは名ばかりのデートで、でも実際はデートとは名ばかりの二人きりのふの字もない、公式による愛の阻みが起きてて……。
あ、うん、だんだん思い出して来たぞ(悲)
目覚めて早々、悲しみに暮れさせられるって、どんな意識覚醒イベントだよ。もっといい現実見せてくれよ――、しくしく、と心の中で悲しみの涙を流しながらも、閉じていた目を開ける。
瞬間、飛び込んできた光景に、私は首を傾げる事となった。
「ここ、は……」
(一体、どこ?)
そこはうす暗い、どこかの建物の中らしき場所だった。
周囲はそこそに広く、天井も高い。うす暗いのは、窓や出入口と思われる場所のシャッターが全ておろされているかららしい。何かの積み荷らしき木箱の山もいくつかあり、しかし長年放置されっぱなしとなっているのか、その表面にはほこりが被っているのが見える。
シャッターの隙間から漏れるように差し込む日の光に当てられ、埃達がふんわりと、細かな粒になって私の前を飛んでいった。
(どこかの倉庫――……かしら、この感じ)
こんなに大きな倉庫がある場所、と言えば、街の中央というよりは港側の方に限られてくる筈だ。この街は、商業に盛んな街なので、近くには他国から様々な品を運びいれてくる貿易場となる港が存在している("この世界の父"も、生前はそれを生業としていたわけだし)。きっと、ここは、その港の中のどこかにあたる倉庫なのだろう。
……と言っても、その『どこか』が、はたしてどこなのかは当然の如くわからない。
と、いうより、そもそも街中にいた筈の私が、なんでこんなところにいるのかって方が、わからないんですけど……⁉
「おや、お目覚めですかな、お嬢様」
「!」
かけられた声に、ハッとして声がした方へ顔を向けた。
そこにいたのは、幾人もの男達だった。ザッと見渡しただけでも両手で帰ぞ切れない人数の男達が倉庫内に散らばるようにして立っている。
その内の1人の男が、私の方へと歩き寄ってくる。見るからに筋肉的なタッパのある身体つきの男。無精ひげが生えており、その髪もお世辞にも整えられているとは言えない、ボサボサで汚い風貌の男だった。
「お嬢、様って……」
「いやはや、こんな手荒な真似をしてしまい、申し訳ございませんねぇ。ですが、こうでもしなきゃあ、俺達のような盗みで稼ぐ輩が、ご貴族様なんて偉ぇ身分の方を我が家にご招待することはできねぇもんでしてね」
「いやー、随分と眠りになっているものでしたので、使った薬が悪かったのかと少々心配しちまいましたよ」と男の1人が私の方に向かって手を伸ばしてくる。
反射的に逃げようと体を動かすも、そこで体が動かない事に気づいた。驚いて自分の身体を見れば、腕と足が縛り付けられた状態で、椅子に座らされているのが目につく。どうやら、私が逃げ出さないように、あらかじめに縛りつけておいていたらしい。
「おっと。逃げようとしても無駄ですよ」と、男が私の顔を掴んで自分の方に向き直させた。ぐにっ、と、乱暴な手つきで、頬をわし掴みされる。
(ちょっとっ、ジェイアール王子にしてもらった化粧が崩れちゃうじゃん!)
しかもなんかこの男の手、じっとり汗ばんで気持ち悪。うぇ~~~~っ。せっかくジェイアール王子に触れられた頬が、こんな小汚いおっさんの手の感触で上書きされるとかマジやばたにえんのむりちゃづけなんですけど~~~~~っ。ひぇ~っ、マジクソゲロ案件毛根禿げ散らかて死滅しやがれ、クソジジィ!
(てか、待って。この人今、盗みで稼ぐとかなんとか……)
そういえば、先刻街中でトーチに話かかけてきた人の中で、盗賊がどうのと言っていた人がいたような……。
まさか……、と私の中にある考えが浮かぶ。
と、サッと私の顔色が変わったのを男が感じたのか、にやりと、目の前の男がその口角を大きく開け始める。
「そう怖がらんでくださいよ。アンタには、ある男を呼び出す為の人質になって欲しいだけんですから。トーチ・トライアン、という名の男、聞き覚えはあるでしょう?」
「この国の近衛師団の全てを統括する男であり、つい先ほどまで貴方と共に街を歩いていた男の名ですよ」と男がにやにやと笑いながら、私の顔を覗き込む。
「実は我々は、少し前までこの街と隣街を繋ぐ街道で盗みを働いていたんですよ。ですが、ある商人の馬車を狙った際に、あの師団長殿と近衛師団共に邪魔されましてね。おかげで、仲間の半数以上がとっ捕まえられてしまいました。今では警備の目も増え、盗みのぬの字もできなくなっちまった。このまんまじゃ、腹の虫も収まらねぇって話だ」
あ、何も訊いてないのに色々喋り出したゾ。こいつ完全モブキャラだな。
いやまぁね、比較的どこにでもいそうな屈強形のモブだなぁってのは、なんとなくわかってたんですけどね。なんとなく特徴が掴みづらい姿形のおっさんだなぁ、とは思ってたんで、はい。
まぁ、そこはさておき。
(つまり、今のこの男の話を要約すると、今ここにいる奴等は全員、いわゆる盗賊一味という奴で、自分達の仕事を邪魔してきたトーチへの逆恨みを晴らす為、人質として私をかっさらってきた、ということね)
そして私を人質にトーチを呼び出し、皆で寄ってたかってボコボコにしようという算段、ということだろう。
1人じゃ出来ない事も、皆でやれば出来るやれちゃう百人力☆ って事か。道徳の授業かよ。
まぁ、やってる事は完全に無道徳行為なんですけどねー。ははっ、笑えな。
「と、いうことで、アンタには、アイツが釣れるまでは、ここで大人しくしといて貰いてぇってわけさ。――もし、ちっとでも妙な動きをしようもんなら、」
「わかってるよな?」シャキン、と小さな音が鳴ったかと思うと、首元に何か冷たく鋭いものが当てられる感覚がする。
思わず目をやれば……、そこには折り畳み式と思われる小型のナイフが。私の首元にあたる寸前のところで止められている。
「っ」
「おっと、怖がらせすぎたかね」
シャキン、とまた小さな音を鳴り響かせながら、男がナイフを折りたたむ。「でも、これで大人しくしてる方が賢明とわかっただろう?」と、そう厭らしく笑いながら私を掴んでいる顔からも手を離す。
「安心しな。箱入り娘のお嬢ちゃん。事が全部終わりゃあ、それなりの待遇をしてやるさ。顔もなかなかの上玉みてぇだしな。こりゃあ、後で可愛がるのが楽しみだなぁ」
「……、」
「なんだ? 恐怖で声も出せなくなっちまったか?」
ゲラゲラゲラゲラ、と男が笑う。と、それを合図にするかのように他の男達も皆笑い始める。下品な笑い声が、広い倉庫内に幾重にもこだまする。
そんな彼らを前に私の体が小刻みに震える。溢れる感情が抑えきれないのが自分でもわかった。
下に俯き、それを堪える。けれど抑えきれないそれが「う……」と小さな言葉になって、私の口から零れてしまう。
そして――……、
「……ォッシャダラァァァァァァアアアアアアアア! 『モブに襲われ系』イベントキタゾコレぇえええええええええええええ‼」
「⁉」
こらえきれない
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