第7話 最大大手(敵)は〇〇とは、よく言うけどさぁ……
(うぐぐぐぐっ。なんて屈強な
つけいる隙間どころか、穴すらも見せてこないなんて……! なんとしても、私に自分に向ける好意は間違いであると、認識させてくるつもりか。
その上、さりげなくフロイド王子ルートに事を運ぼうとしているあたりが、末恐ろしい。恋愛<<<越えられない壁<<<<<<<主従愛ってか! まさか、恋敵が
(まぁ、普通に考えて、最近になって存在を知ったばかりの相手と、長年仕え続けて来た主への愛なら、どっちが強いかって言われたら絶対後者なんだろうけどさ)
しかもまた、呼び方が『シンデレラ様』に戻ってるし……。あの『Ms.』はなんだったって言うのさー。おねぇさん、がっくりだぜ。はぁ……。
その上、せっかく、めちゃくちゃに渋るフロイド王子をなんとか説得し、毎朝のお茶会への出席を約束に出して貰ったトーチへの命令も、上手いこと御断りのダシとして使われてしまった。この様子じゃ、きっと、ジェイアール王子施しの化粧にも気づいていないんだろうなぁ。
……"私"って、やっぱりどう頑張っても、トーチの眼中には絶対入れない女なのかなぁ……。
(――いや! でもだからって、推しとの恋愛ルートを諦める理由にはならない!)
こんなところで諦めるような女だったら、トーチの女を私はやっていない。長年後続シリーズが出る度に推しの追記ルートを期待しては、その度に公式に打ちのめされて来た女の精神を舐めるなよ!
鉄と推し女の精神は、打たれれば打たれる程に強くなるってな!
(それに、なんだかんだ言って今が2人きりのデートであることには変わりないしね。これを機にトーチといっぱい『会話』をして、彼との好感度をあげれば念願叶う可能性だって無きにしも非ずなはず)
ぐふふふふふふっ、見てなさいよ、トーチ。あなたの女は、絶対にあなたとのフラグを建設してやるんだから。
推し女の愛を前に、ルートがなんて言い訳は意味がないことをとくと教えてやるわ!
とりあえず「次はどちらへ向かわれますか」と尋ねて来たトーチの質問に答えるべく、私は手にしていた買い物リストを見やりながら「それじゃあ次はあそこの――」と次の買い物予定地の場所の名を挙げたのだった。
*******
――……、とまぁ、えぇ、そう息巻いた時期が私にもありましたよ。
えぇ、はい、そうです、"ありました"ですとも。過去形、ですとも。
なんで過去形なんだ? って? うふふふふ。それはとても簡単な事ですわ、お客様。
だって――……。
「お、トーチ師団長じゃねぇか。今日は第一王子様の付き添いじゃないのか」
「あら、師団長、今日は女の子と一緒に買い物かい?」
「トーチさん! この間の盗賊退治の時は、ありがとうございました!」
「トーチ師団長だー! こんにちはー!」
「またお休みの日に剣術見てねー!」
「師団長、今朝方、うちで買ってった茶菓子はどうだったよ。王子達のお口にはあいましたかい」
これこのように。
1歩道を歩けば、左からトーチ。2歩歩けば右からトーチ。3歩歩けば後ろからトーチ。4歩歩けば前からトーチ。あらゆる方角から、トーチ、トーチ、トーチ。
鳴りやまないトーチコール。ここがライブ会場だったら、満員御礼間違いなしのコールだっただろう。だが生憎、ここは大きな一国の端にある小さな街の中。いるのはライブを観に来た観客じゃなく、この街に住んでいる住人達である。
野菜屋さんの店主のおじちゃんから、町角で井戸端会議に花を咲かせるおば様方に、旅商人と思われる路上で民族雑貨を販売中の青年や近所の子供達らしき集りまで、誰もがトーチの存在を見つけては、声をかけてくる。入れ食い状態、とはまさしくこれのことと言えよう。
あ、ちなみに『師団長』とは、トーチが就いてる役職の名だ。王子の側近と言えど、その種類役割は多々あり、トーチはその中でも王子の護衛を主な任として就いている。
そして、その役割は王子に関する物事だけではなく、この国全体の警備をはかる、近衛師団の師団長も務めているのである!
まぁ、本人曰く、師団長と言っても全体的な指示を出しているだけで、各街の近衛団ごとにまた別の団長が存在しているらしいのだけど。でも、国内全土の近衛師団の全体を把握し、王や王子からの勅令を受け下せる役を担ってるのは、トーチだけだ。
つまり、あの我儘王子の護衛もしながら、この国全土の国民の命と治安も守っているということだ。
マジやばすの極み。実は人間やめてるって言われても、貴方の言葉なら信じられる量の役割だわ。
トーチこそ、王子に直訴して仕事量減らして貰った方がいいと思うんだけど????
しかしそれでもトーチは、そんな自分の立場を笠に着るなんて事は絶対にしない。それどころか相手が困っていれば、それが例えどんな身分の相手で、どんな些細な事であれど、助けに入る程だ。
子供が道で転んで泣いてれば助け起こすし、買い物袋を破って中身をぶちまけたおばあさんがいれば、当然のように荷物を拾い上げ、「家までお送り致しますよ」とほほ笑む。聖人君子か。神様か。
呼び掛けて来る声ひとつひとつにだって、歩きながら丁寧に言葉を返している。「店主殿、こんにちは」「えぇ、ちょっと買い出しに」「いえ、あの件が解決できたのは、皆様からのご協力があったおかげですよ」「はい、また今度。ぜひ見に行かせてくださいね」「あぁ!今朝はお世話になりました。王子達も大変お気にめしてくださり」と、飛んでくるコール全てにファンサを行っていく始末だ。
流石私の推し! どんな相手にもファンサを怠らないこの姿勢! 人としての出来具合が、どこぞのプライドチョモランマ級王子とは、全然違いますわー!
が、そんな悠長な事を思っていられたのも、最初だけ。
今ではもう、私の目は遠く彼方を見つめるばかりとなっている。
なぜかって? そんなの――、
(トーチが、街の人達とばかり会話してるせいで、全然"
本当の敵は、
(……まぁ、でも正直、推しが色んな人達に囲まれているのを見るのは、結構好きなんだけどね)
ちらりと、私から少々離れた場所で街の人々と話しているトーチの姿を眺める。
ちなみに、現在私とトーチは街の中央に位置する広場にやってきている。街中にある様々な大通りの合流地点でもあるこの場所は、街中でも多くの人が行き交い、賑わいのある場となっている。
そんな街広場の噴水に腰掛けながら、私は買い出しの荷物達と共にトーチと彼らの会話が繰り広げられるのを眺め続けている。屈強な姿の男達は近くの港の者達なようで、どうやら何度か海辺の騒動でトーチ率いる街の近衛師団に助けて貰ったことがあるらしい。「その後の調子は」と和気あいあいと話し合う声が、私の方に聞こえてくる。
うっ。推しがこんなにも皆に愛されててつらい……っ。
尊い光景過ぎて涙が出てきそうだ。推しへの愛、ぷらいすれす。
(……そういえば、私が初めてトーチを見た時もこんな感じのシーンだったなぁ)
あれは確か、共有ルート内で発生するフロイド王子の好感度あげイベントの一つでの出来事だった筈だ。第一王子である彼は学生でありつつも王子としての務めを全うする為、時々だが視察という名で街内を歩き回ることがあった。
街の人々の暮らしに変化がないかを視察する為のものだが、正直やる事は単なる街散策だ。いつも通りに学園長にいびられ落ち込んでいたシンデレラを見かねたフロイド王子が、無理やり街へ彼女を連れ出すといった、いわゆる散策型デートイベントとなっている。
その時、トーチは斜め後ろから王子とシンデレラの後についてきていた。街の人々が王子とトーチの姿を見止め、頭を下げたり、挨拶をしたりとする。それを目にしたシンデレラは、改めて彼が雲の上の人物である事を再確認する事になるのである。
その時のシーンに、今のそれは、どこか近しいものがある。
(あの時は確か、ツンケンした挨拶を返すフロイド王子とは真逆に、爽やかで紳士的な挨拶を返すトーチの印象ギャップさが凄くて、よくこれで長年付き合えてるなぁ、なんて事思ったりしたっけ)
そのあともちょくちょくとストーリー内に出てきては、学業や王子業をサボってはシンデレラに構おうとするフロイド王子の叱り役になったり、無理な仕事を押し付けられ困ってるシンデレラの手伝いをしてくれたり、いざという時はフロイド王子の代わりにシンデレラを守ったりと、トーチは色んな姿を見せて、シンデレラの前から去って行った。
最初は、なんだろう、このキャラって戸惑った。乙女ゲームって男の人を落とすだけのゲームだと思っていたから、攻略対象でもない彼の存在の意味がわからず、首を傾げたのを覚えている。
でもそうやって色んなトーチの姿を見て、あぁ、この人もまた、物語には外せない大事な人物なのだと、そう認識するまでに時間はかからなかった。
そして、それは確かに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます