第6話 正ヒロインにだって、めんどくさい過去(設定)はあります
「学園長に抗議すべきでは?」と不愉快そうに顔を顰めながら、トーチが訊ねてきた。
んあっ! いつも笑顔の推しの、めっちゃ貴重な不機嫌顔! やばいっ、これこそ本当に写真撮らなきゃっ! ここで切らなきゃ、いつ切る心のシャッターよっ! 脳髄からDNAにまでこの貴重な顔を焼きつけるのよ!
が、荒ぶる心をトーチに見られるわけにはいかない。流石に私も、そこまで空気の読めない女ではない。
静まれ、オタクとしての私、推し女の私。頬の内側を噛んで、必死にそれを表に出さないように堪える。
「んー、まぁ、そこはそのー、私もいけないのでぇー……」
「なんせ、窓を割って逃走の罰ですからねぇ。そりゃあ、それなりの罰にもなるというものですよ」と曖昧に笑いながら、言葉を返す。なんだか血の味がしてきた気がするけれど、気にしない気にしない。推しに変な目で見られない為になら、口内炎の一つや二つにだってなって見せましょう。
窓の一件はどうやらトーチも知っていたらしい。「それはそうかもしれませんが……」とちょっとだけ、何とも言いづらそうな複雑な声音で頷き返してくる。が、それでも思うところはまだあるようで、首を横ふると、「ですが、」と不服そうな声音で言葉を続けてきた。
「本来ならばシンデレラ様もあの学園に通う一生徒の筈でしょう? お
「……まぁ、"生徒"と言っても、所詮は名目上のお話ですから」
トーチの質問に、小さく心の中でため息を吐く。そうして、"
――そう。本来ならば、"私"もフローリア学園の生徒ではあるのだ。
家が傾き、父が亡くなり、数少ない財産と家を取り上げられた継母に"私"は、前述のシン3の説明時にも語ったように、彼女の妹にあたる人物が学園長を務めている学園――……、王立学園『フローリア』に押し付けられた。
学園フローリアは、王立とつくように、国が経営をしている全寮制の貴族校だ。多くはの生徒が貴族の出である事は言うまでもなく、フロイド王子達王族の出まで通うような、国内随一の名門校となっている。
私もうちが傾くまでは一生徒としてそこに通っていたのだ。しかし、家が没落し、父が亡くなってからは事情が変わってしまった。
しかし学園長としては、家が潰れたから、はいさようなら、だなんてそんな理由で生徒を退学させたくはなかったらしい。しかも、相手は仮にも親族の子なのだ。そんな相手を追い払うように退学させれば、世間の目からどう見られるかわからない。
だが貴族ではない子を一生徒と平等の扱いをするのは嫌。結局身請け人として私を引き取り、保護という名目の下に学園内で雑用をやらせることにした。さすれば、世間からは家を失った可愛い姪を引き取った素晴らしい人格者にも見てもらえるしね。
さっすがは学園長。幾百人もの貴族の子らの通う、学園の長を務めるお人は考える事が違いますなー。はっはっはっ。フ〇ック。
(まぁ、引き取ってもらった恩義は感じてはいるけれど。引き取ってもらわなくちゃ、今頃『灰被り姫』ならぬ『家なき姫』にでもなってただろうし)
え? お前も大概ネーミングセンスクソじゃないかって? あらやだ、それは言わないお約束☆ うふ☆
「寝食できる住まいがあれば、私はそれで充分です」とトーチに言葉を返す。瞬間、「シンデレラ様……」とトーチが、しょんぼりとした子犬のようにその目を軽くうるませた。
「なんてお健気なお言葉を……。くっ……! もっと早く、我が主フロイド様が貴方様の現状に気づいていれば、このような事は決してさせなかったと言いますのに……っ」
トーチが悔し気に呟きながら、何かを堪えるように空を仰ぐ。「あぁ、王子っ、貴方の未来の奥方に、何もしてやる事ができぬこの不甲斐ない、不出来な部下をお許しくださいっ」と空に向かって悔しがるトーチに、あっ、やっべ、と心の中で呟く。
(トーチのフロイド王子スイッチ押しちゃった)
『フロイド王子スイッチ』。通称、主への想い猛進爆走スイッチ。
前述したように、トーチというキャラは、フロイド王子の側近だ。いざ、という時は拳でもって王子を止めるような漢気のあるキャラではあるが、それはさておき、少々王子の事を過度に信頼しすぎている面がある。
進む固有ルートによってはそれが最大の敵となって、シンデレラと攻略キャラの前に立ちはだかる時もある程だ。まぁ幼い頃から長年、全身全霊をもって仕えて来た主なのだ。他の従者達にはない、妄信的な部分が合っても致し方ないのかもしれない。
まぁ、私も推しのそんなところを好きになったわけなので、仕方ないんですけどねー! はー! 画面越しで見ていた、推しの主大好き好き過ぎる長台詞が、今、目の前に!!!!! ここが楽園だった!!!!!
(……けどこれ、一度なると長いんだよなぁ)
「主の愛しい人を守れぬこの手に、一体なんの意味があるか……」と未だに天に向かって嘆き続けるトーチの姿に、チラチラと周囲から視線が集まり始めているのを感じる。
流石にこの状況のまま、人通りの多い商店街を歩く勇気は私にはない。「そ、そんなことないですよ! トーチはすっごい私の役に立ってくれてますよ!」と慌てて、トーチの言葉を遮るように言葉を言い募ぐ。
「今だって、その、お忙しいなか、買い出しにお付き合いしてくれてるじゃないですか」
「それはそうですが……」
「昨日だって、お洗濯物のお手伝いをしてくださりましたし、いつもこれ以上ない程に、助けてもらってばかりですよ」
「昨日」と私の言葉に、ぴくりと、トーチが肩をゆらして小さく呟いた。
お? なんだこの反応は。もしかして、昨日の告白事件の事を思い出しましてってか? もしやもしや、押して押して参ればいけるやつか? ん?????
「そ、それに、私はまだ、フロイド王子の奥様ではないというか、その、まだわからないと言いますか……」
「私が本当に奥様になりたい相手は、むしろその……」と次第に、言葉が尻すぼみになっていく。
あ~ん、ダメっ! 肝心なところが
でも、昨日の事、少しはトーチも気にしてくれてるみたいだし、きっと言いたいことはなんとなくでわかってくれるのでは……、なんて思いながら、えへ、えへ、とチラチラと視線を送ってみる。
が、
「何を仰いますか、シンデレラ様。確かに、今はまだ、正式にシンデレラ様はフロイド王子の奥方ではありませんが、それも時の問題でございましょう。王子が国を継ぎし時、その時、王子は貴方様を奥方としてお迎えに伺う筈です」
「あ、いえ、そういうことじゃないんですけど」
「そもそも、本日のこのお手伝いも、フロイド王子の御命令。あの王子が自ら他者を気に掛け、このような命を出すなど、初めてのことなのです。これこそが王子が貴方様の事を想っている、何よりの証拠となりましょう」
「貴方様はあの方の心を動かした唯一のお人なのです。もっと自信をお持ちください、シンデレラ様」そう言ってにっこりと、いつも通りの微笑を、トーチは顔に浮かべた。
あ、ダメだ、この推し。かったいバリア貼ってきやがった。
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