第5話 オネェキャラはいつだって最高のアドバイザー
そう。問題はそこなのだ。本当なら告白イベントはもっと後に控えて置くつもりだったのに、間違えてしてしまったせいで、その予定がパァになったのだ。
例えるなら、キャラの台詞を読むのに〇ボタン連打し続けてたら、選択肢のところでも間違えて押してちゃって、選ぶ予定のない選択肢を選んでしまった時に近い。
あれ、本当に地味に大ダメージなんだよなぁ。もう1回同じ台詞を読み直さなきゃいけなかったりするし。気が滅入る……。
「どうすればいいと思います?」と思わずこぼしながらテーブルの上に、ぐでん、と倒れる。瞬間、「行儀が悪い」とフロイド王子が顔をしかめる。うるせー。気になる女の子を素直にお茶会に誘うこともできない人は黙っててくださーい。
すると、
「も~、仕方ない子ねぇ。こうなったら、私が一肌脱いであげるわよ」
「え。ジェイアール王子がですか」
嘘、マジで? 驚いた体を起こす。と、「ふっふっふっ」とジェイアール王子が笑い出した。
「女の子と男の子が仲良くなる為にすることって言ったら、"アレ"しかないに決まってるじゃない」
「"アレ"?」
って、なんだ? と首を傾げる。
フロイド王子とルイス王子もわからないのか、不思議そうに彼らもジェイアール王子を見ている。
注目が集まる中、ジェイアール王子が口元に手を当てる。そうして、にまぁ、とその口が大きな弧を描いたかと思った。
次の瞬間だった。
「"デート"に決まってるじゃない! シンデレラちゃんとトーチの2人で、デートするのよ!」
オネェ、最高かよ。
誰もがあ然とする場の中で、そんな感想がビュンッ! っと高速で、私の頭の中を突きぬけて行った。
*******
――数時間後。グリム王国内南地区、学園前通り商店街。
「ご、ごめんね。トーチ、忙しいところ、買い出しの付き合いなんかさせちゃって」
「いえいえ。そんなことありませんよ。困っている女性を助けるのは、この国を守る兵を務める者として当然のことですから」
にこりと、トーチが私に微笑返しながら、腕の中の紙袋を抱え直す。グリム王国近衛師団の制服を身に纏い手には黒い手袋が装着されている、そんな彼の様相にはどこか似つかわしくない紙袋達が、彼の腕の中でガサリと音を立てて揺れる。
ちなみに荷物はそれだけじゃなく、いくつかの買い物袋もその腕にはぶら下げられている。その姿を一言で例えるなら、バーゲンセール帰りの主婦、といった感じであろう。王子側近の姿とは思えない風体である。
思わず「お、重くない?」とおそるおそる尋ねてしまうのも致し方ないことだろう。「腰の剣の方が重たいぐらいですよ」と、私の問いにトーチが返してくる。
「それに、女性にこのような荷物を持たせてしまう方が、心が重たくなると言ったものです。せっかく荷物持ちとして呼んで頂いたのですから、ご遠慮なさらずにこのトーチをお使い下さいませ、シンデレラ様」
にっこり。純粋な、下心の一ミリも感じられない微笑が、私に向けられる。
な、なんて神々しいまでに純な笑顔……! こ、ここまで完璧な慈愛の精神に溢れた笑み浮かべる人間を、私は見た事があっただろうか。いや、ない! トーチ・トライアン、貴様を除いてはな!
(は~~~~っ、今日も推しの笑みが尊くってしんどい)
もうこの笑顔だけでご飯十杯は軽くいけますわ~っ、と心の中で手をすりあわせながらトーチを見やる。もちろん、そんな私の涎に汚れまくった本音に気づいていないトーチは、再び前に向き直り、私と隣並ぶ形で道を歩いていく。
(もう本当、オネ……じゃなくて、ジェイアール王子、ありがとう! 推しの素敵笑顔がこんな至近距離で見れただけで、もう私、大満足です!)
今なら死んでもいい! いや、もう一回死んでるけどさ! そんなことを考えながら、私は数刻前、ジェイアール王子からされた提案を思い出した――。
『デート⁉ トーチとですか⁉』
驚きで声をあげた私に、『そうよ』とジェイアール王子は頷き返した。そうして頬に手をあてながら『男女の仲を深めると言ったら、やっぱりデートよねぇ~』と、なぜかうっとりと、どこか楽しそうに言葉を続ける(オネェ属性のキャラって、他人の恋愛を楽しむ人が多い気がするの、なんでだろうなぁ)。
(デート……、私と、推しが、デート……!)
こりゃあ、一大事だぜ、旦那! ルートがなくって、原作でもたまに些細な話をする事以外ができなかった推しと、二人っきりでデートですってよ⁉
今夜は赤飯ですな! 誰か! この西洋風な国の中で、小豆ともち米をお持ちの方はいませんかー!
(け、けど確かにジェイアール王子の言う通りかもしれないっ。だって、デートなら『会話』ができる!)
『会話』とは、その名の通り通常の『会話』を意味する言葉である。
が、乙女ゲーム界において、この『会話』というのは非常に重要視される存在だ。なぜなら、攻略対象のキャラとの好感度をあげる為には、『会話』が絶対必須条件なのである。
キャラと行う『会話』の中で発生する様々な問いかけや、些細な出来事に対し、いくつか現れる選択肢の中から答えを選ぶ。見事正解を当てれば、キャラからの好感度をあげ、最終的に攻略ルートに入ることができるのである。
乙女ゲームの基本プレイスタイルは、この『選択肢』でできていると言っても過言ではない(その他のミニゲーム要素とかもあるけど、それはさておき)。
つまり、相手と2人っきりのデートなら、絶対に二人で会話をしなくちゃいけない。
ということは、受け答え次第ではトーチの好感度を上手くあげられる。
昨日の告白の件をどうにかすることもできるかもしれないし、もしかしたら恋愛ルート建設へのきっかけにもなるかもしれない……!
オネェとオカンのミックスは伊達じゃなかった! ときらきらと目を輝かしながら、ジェイアール王子を見あげる。
『デート、な』と呟いたのは、フロイド王子だ。ふむ、と顎をさすりながら、何かを考えるような素振りをする。
『――悪くはない案だな。が、正直にデートと言ったところで、奴はきっと来ないぞ。どう誘うつもりだ』
『しかも、相手がコイツだと知ったら100%来ないだろうな』と、フロイド王子がにやりと意地の悪い笑みを浮かべながら、私の方を見てくる。むっ、私相手だったら100%って、それどういうことですか。私以外じゃなかったら行くって事ですか。ニヤニヤするな、心のシャッター切るぞごら。
『そこは、適当な理由づけをするに決まってるでしょ』とジェイアール王子が、口元をむくませて言う。グロスを塗られ、水分たっぷりの唇が、ぷるんと小さく震えた。
『例えば、買い出しの荷物持ちとか。シンデレラちゃん、今日、確か窓割って逃げてたわよね』
『え。やだ。もうそんな広域にまで噂が広まってるんですか』
『あんだけ激しい物音あげれば、誰だって気づくわよ。全く、女の子が窓ガラスを割るなんて、怪我したらどうするのよ……じゃなくて、それを使うわよ』
『それを使う?』
『あ! そっか! 罰お手伝いだ!』
わかったぞ! というように声をあげたのは、この場で一番の頭の回転率をもつ天才少年、ルイス王子。罰お手伝いって、まさか……、と覚えのある単語に、嫌な予感を覚える。
『シーちゃん、この間もお仕事サボって逃げて、罰としてお仕事の量増やされてたもんね。それを使って、トーくんにシーちゃんのお手伝いをさせるんだね!』
『そういうこと。ルイスは相変わらず察しがよくって助かるわぁ』
『これなら、あの朴念仁でも断らないでしょ』とジェイアール王子が、してやったりという風にフロイド王子を見返す。一枚上手を取られた事が気に障ったのか、フロイド王子が眉間にしわを寄せる。が、反論する術がなかったのか、『ふんっ』と鼻だけが鳴らされた。
確かに。前回も窓から逃げて、屋根から街に出て行こうとしたところを警備兵に捕まって、罰として仕事量を増やされた事はあった(だから、窓が開かないタイプの飾り窓に付け替えられてしまった為、今回は割って飛び出したわけだし)。
紳士なトーチのことだ。女の子が困っている、助けを求めている、となれば手助けしないわけにはきっといかなくなるだろう。
でもそれってつまり――……、
『私に、あのいびりんぼババァのところに帰れって言うんですか⁉』
せっかく、あんのクソババァの魔の手から逃げる為に、窓まで割ったというのに⁉ 今夜は、寒い夜風にあたって寝ることになるなぁって、心で涙しながらも逃げてきたというのに⁉ またあのいびり生活の下に戻れというのですか⁉ 無慈悲な!
『嫌ですっ! 絶対に嫌ですっ!』と首を横に振って返す。『あんな横暴な上司のもとでは、もう働きたくないです!』とジェイアール王子に訴える。
『え~? でも実際、学園長のいびりに屈すれば、トーチとデートできるって言われたら、どっちを取るわけ?』
『
おっと、つい本音が。じゅるりと、口の端からこぼれかけた涎を手の甲でぬぐう。
『素直でよろしい』と、私の返答にジェイアール王子が、にこりとグロスが塗られ、ぷるぷる口の端を持ちあげる。
(正直、あの人達に屈するのは、真面目に嫌なんだよなぁ)
無論、原作のシンデレラはそんなことはなく、きっちりと彼女達に言われた仕事をこなしていた。しかし、こなせばこなす程に、そのいびりは厳しいものになり、ルートによってはそのせいで死にかける、といった目にまで行った事もある。
二度目の人生まで過労死なんてのはごめんだ。それも、せっかく大好きな乙女ゲームの世界に転生できたというのに。ここまで来て、過労死だなんて、そんなの絶対に嫌!
(――……それに、もう誰かの言いなりばかりになるような人生は、嫌だし)
でも、背に腹は代えられないとも言う。
推しとのデートの代償は重いけれど、それだけの価値があるのは確かだ――、というわけで、私の意地悪な見受け人と不愉快な仲間達からの逃亡劇はこれにて幕を閉じる事となった。
そうして予想通り、仕事量を増やされた私は、そのなかのひとつ、夕食用の買い出しの荷物持ちとして、トーチについてきて貰うこととなったのだった。
あ、ちなみに、服装コーデはデフォルトの薄汚れた学園の制服(これは、シン3での基本的な主人公衣装でもある。形としては、ブレザー型の制服)だが、顔にはほんのりと化粧が施してあったりする。
薄く顔全体に塗られた無色のルースパウダーに、同じくパウダータイプのコーラルピンクのチークで彩られた頬。マスカラなどの目の化粧品は使っていないけれど、代わりにビューラーを使ってちょちょいっとカールがかけてあり、唇には色つきのリップグロスが、ほんのりと色どりを添えるように塗られている。
化粧盛りな中高生もびっくりな簡素な化粧。だけど、確実にいつも通りの自分とは全く違う事は、鏡を通して確認済みだ。いつもよりもきめ細かく綺麗に見える肌色。ほんのり色づいた頬は、肌全体にふんわりとした柔らかな印象を与え、シンプルに整えられた目元がくっきりと自然体に、しかし強くその瞳の大きさを主張してきている。
ビビ〇バ〇デな魔法使いのおばさんも驚きの、変わり映えだ。
しかし、それもその筈。
なぜならこの顔を監修したのはなんと、この国一の美しき王子様、美の化生ことジェイアール王子なのだから!
『いい? シンデレラちゃん。化粧っていうのはね、自分を変えたい人の為にあるの。理由はどうであれ、可愛くなりたい、美しくなりたい、そういう人達の願いを実現する為にあるの。そこに性別も身分もない。時々、可愛いは女の特権だとか言う奴がいるけど、それは断じて違うわ。可愛いはね、可愛くなろうとした子だけが手に入れられる特権なのよ』
『だから、たとえシンプルな化粧でもね、可愛くなろうと施したものなら、それは人を可愛く見せる魔法になるのよ』そう言って、メイクブラシ片手に、私にむかってウィンクしたジェイアール王子を、きっと一生私は忘れないだろう。ありがとう、オネェ。やっぱりオネェは最高だった。
(……まぁ、実際のところは、単純に私の顔に化粧してみたいって思ってただけってのが、正しいんだろうけどね)
原作でも、ジェイアール王子が"
まさか、ゲーム画面越しに体験していたそれを、こうして生身の体で体験させられることになるとは……。あぁ、今でも肌に触れるジェイアール王子のすべすべな手の感触が、生々しく思い出せる……。本当、異世界転生、バンザーイ、はぁはぁ。
「それしても」と、ジェイアール王子の手の感触に涎をたらす私の横で、トーチが眉間にしわを寄せた。自身の腕の中にある荷物達を睨みつけるように見る。
「この荷量の買い出しを女性に頼むのは、やはりいくらなんでも荷が重すぎる気がします。どう考えても女性1人にやらせる仕事量ではありませんよ」
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