第2話 恋愛と書いて固有ルート、固有と書いて恋愛ルートと読みます
恋愛、と書いて、固有と読む。
それは乙女ゲーム好きの人間たちならば、わかってくれる感覚だと、私は思っている。
『乙女ゲーム』。それは、全世界の乙女の為に作られた、イケメンだらけの夢の世界。
主役――という仮の姿を借りたプレイヤー達が、幾人者イケメン達と交流をはかることで様々なフラグをたて、特別な関係に発展させ、次々と様々なイケメン達と素敵なエンディングを迎える事を目指すゲームの事である。
要は、女性向け恋愛ゲームという事だ。
ちなみに女性向けと一口に言っても、その中には様々なジャンルがある。
乙女ゲームは、プレイキャラが女性である事を絶対必須条件とした恋愛シュミレーションゲームとなっており、厳密には『イケメン男子と恋したい女性向け』という限定的な客層がしっかりと設けられている。
時折、昨今流行り女性向けソシャゲと同じ扱いを受けることがあるが、向こうはあくまでイケメン達との交流やそれを眺めるだけのゲームとなっている為、恋愛云々とはまた話が違い、ジャンル畑違い、一線を確かに画した、しかし似通ったものがあるジャンルであるのも確かで、そこがまたこの界隈の一般的認識を混ぜこぜにさせてる要因と――うんぬんかんぬん。
閑話休題。
えー……、とにもかくにも。『固有ルート』とは、そんな乙女ゲーム世界において、攻略対象であるキャラと繰り広げる特有物語の事を指す言葉だ。
基本的に乙女ゲームは、まず前半の共通ルートで、物語の世界観とイケメン達の特徴を掴み、そこで好きなキャラの好感をあげ、固有ルートを解放するのが、常のプレイスタイルとなっている(無論、そうではないものもあるけど、今回は割愛するわ)。
ま、固有と言っても、大体は攻略するキャラの名前を当てはめて呼ばれることが多いから、固有とわざわざ言う人間は少ないのだけど。
フロイド王子で例えるなら、フロイドルートって感じね。
え? でもそれって『乙女ゲーム』での話でしょって? 現実とは別物でしょって?
えぇ、そうでしょうとも。でも、ここではその『乙女ゲーム』の話こそが、現実なの。
なぜならここは、乙女ゲーム『シンデレラと3人の王子様~12時の魔法が解けたあとで~』の世界なのだから――!
******
ここがゲームの世界だと気づいたのは、"この世界での父"が亡くなってからの事だ。
"この世界"の父は、生前それなりの中流の爵位のある貴族だった。しかし父が経営していた貿易商が、災害で多くの船と取引商品を失った事をきっかけに崩壊。家は没落への一歩を辿る事となった。
当然ながら父はどんどんと病み、最終的に家が完全に没落する前に、一人娘の私を残して先に旅立ってしまった。
そうして唯一の家族である父に見捨てられ、どうして私も連れていってくれなかったのかと泣いていた時。
私の継母であり、父の資産目当てで嫁いできていた女が漏らした一言が、私の頭に雷を打ち込んできた。
――『いつまで泣いてるんだい、シンデレラ。めそめそ、みっともない。あの男も資産じゃなく、こんな面倒な娘を一人残していくなんてね。厄介ったらありゃしない』
仮にも自身の夫である人物が死んだというのに、この言いがかり。驚いたのは言うまでもない。
今思い返しても、人間性が腐ってるんじゃないかって思う。あのオバさん、本当は人間じゃなくて、土から蘇った腐れかけのゾンビか何かだったんじゃないかしら。ドロドロに腐りかかった脳みそでもなくちゃ、あんな人でなしな発言出来るはずがない。
けど、その時、私は別の意味でも驚くこととなった。
だって、その台詞が、とっても聞き覚えがあるものだったから。
なぜならそれは――……。
(
あ、ちなみに『シン3』というのは、ゲーム名の略称ね。
だって、『シンデレラと~』なんて、タイトルが長すぎるんだもん。いちいち、全部言ってたら、Twitterで感想を述べることすらできなくなっちゃうわ。
シン3は、その名からもわかるように、シンデレラをモデルにした乙女ゲームだ。
幼い頃、お城の舞踏会で、"王子様"と結婚の約束をした貴族の娘『シンデレラ』。しかし、それから十年後、父の商業の失敗により、シンデレラの家は没落してしまう。
数少ない資産と家を意地悪な継母に取り上げられたシンデレラは、継母の妹がやってる学園『フローリア』に押し付けられる。そうして、彼女は雑用係としてこき使われる日々を過ごすこととなる。
そんな時、彼女はその学園で、かつて結婚の約束をした"王子様"と再会する。
けれど、なぜか、王子様は3人もいた。幼い頃の記憶の為、どの"王子様"を相手に結婚の約束をしたのか忘れてしまった、シンデレラ。はたして、シンデレラは本当の"王子様"を、真の愛を手にする事ができるのか――。
と、いうのが、シン3の大まかな内容である。
まぁ要するに、西洋ファンタジーな世界の学園を舞台に3人のイケメンを攻略していくゲーム、ということである。
製作会社は、いくつもの名作乙女ゲームを生み出してきた会社『オトメット』。第1作、いわゆる無印版と呼ばれる作品から始まり、後続シリーズに加え、リマスター版や、攻略対象ルートやイベントを追加したリメイク版と、数多くの同作品が作りあげられている。乙女ゲーム界では名を聞かぬ日々はない、大人気ゲームシリーズの一つと言えよう。
そんなゲームに私が入れ込んだのは、前世の私が社会人となって今しばらくの事だった。
『日本』という、小さな東の国の平々凡々な一家に生まれた私は、これまた平々凡々と育ち、その年、ついに大学を卒業し、社会へと旅立った。
が、世間の酷い荒波は、平々凡々な人間にはあまりにも酷な事案だった。
毎日毎日仕事づくめの日々。家と職場の往復以外、外へ出ることはなくなり、朝になれば仕事で、昼も仕事で、夜も仕事。たまの休日も、職場から持ち帰った終わらなかった仕事をやって。とにかく、仕事仕事仕事仕事。
え? これから何十年、この苦しさが続くの? 何これ、世の中クソじゃん、ファッ〇じゃん、言いたい事も言えない世の中にポイ〇ン、と口から出ていきそうになる魂をなんとか喉元で押し込める、そんな毎日を過ごしていた。
そんなとき、たまたま足を運んだ近所のゲーム店で出会ったのが、シン3だった。
正直最初は、ただの癒しを求めてのものだった。好みのイケメンがいる、ふぅん、恋愛ゲームか、ふふふ、私もこういうイケメンに頭撫でられるような人生送りたかったわ、うふふふふふふふ……、と暗黒的思考を口からこぼしながら手にした事を覚えている。
けれど、全ルートをプレイし終えた時、私は泣いていた。
なぜなら、そこに広がっていたのは、単なるイケメン達とのイチャつきラブロマンスなんかではなかったからだ。
父が亡くなり、天涯孤独という厳しい環境に身を置かれたシンデレラ。急に頼れるもの全てを失い、世間の荒波に放り出され、しかしそれでも健気に自分の力でなんとかしていこうとする彼女の、強さと弱さ。その塩梅の取れた、妙にリアルな心情描写が涙を誘う。社会人の荒んだ心と涙腺を大いに刺激し、大洪水の大嵐を生み出していく。
そしてなにより、各固有ルートで明かされる、3人の王子が抱えた心の闇。
貴族、王族という華々しい世界で生きる3人。しかしそれ故に生まれる"王子様"としての重圧。それぞれにそれぞれの葛藤と悩みがあり、誰にも言えない苦しみを抱える3人。しかし、主人公との交流の中で、各々の答え見つけ出し、時には国家を揺るがすような大事件も乗り越え、最後には愛しい人と微笑あってハッピーエンド。
これを涙なしで見ろ、という方が無理がある話である。
なにこれ。
超大作ファンタジー王国物語かよ。恋愛ゲームって、ただイケメン落として恋愛するだけじゃないのかよ。なにこれ、下手な恋愛小説より泣くじゃねぇか。
気がつけば、その時すでに出ていた全シリーズおよびグッズを購入はもちろんのこと、私はこの作品の素晴らしさを訴える為、創作活動を始めた。いわゆる、二次創作、というやつである。
溢れる涙と愛が止まらなかった。自分の胸に収めておくには、あまりにもシン3は私の中に多くの感動を植えつけてきた。
――そうして、忙しい仕事の合間を縫いながら、シン3の二次創作活動を続けた、そんなある日。
ぽっくりと、私は死んだ。
仕事と原稿のし過ぎの、過労死で。
******
「いやでも本当に、さっきは助かりました。もしあのまま、学園長が私が隠れてる方に来ていたらバレていた可能性もありましたし、本当、フロイド王子が学園長を追い払ってくださらなければ、今頃、大変な目に合っていたかも」
「だから、これでも本当に感謝してるんですよ、マジ感謝卍って感じです」とティーカップ片手にニカッと笑う。と、私の対面の席に座るフロイド王子が「まんじ?」とそのお綺麗な眉の間にしわを寄せ返してきた。どうやら意味がわからずに戸惑っているらしい。
大丈夫ですよー、王子、私も卍の意味はよく知らないままなのでー。
なんとなくのニュアンスで話せる言語、日本語。日本語ッテ、凄イネ!
(……とまぁ、おふざけはこの辺にして)
ちらりと、自分用のカップに口をつけながら、周囲――あでやかな緑の葉をしげらせる、庭木達やカラフルな花々で彩られた中庭を見回す。
先刻と、ところかわって、ここは学園内にある小さな中庭。
この学園……、王立学園『フローリア』に通う生徒達が暮らす寮の中庭として設置された場所で、普段から多くの生徒達が集う、憩いの場となっている庭である。
庭の中央にはガゼボと呼ばれる丸い屋根のパビリオンが建てられており、庭全体を見回しながら休むことができる造りになっている。
まぁ、西洋風のお庭とかではよく見るお庭だとご想像頂ければ幸いであるって感じかな。
そんなガゼボで、私はフロイド王子に誘われて、朝食後のティータイムだとかいうものを行っている。香り豊かなお茶に、甘くておいしい茶菓子がキラキラと並ぶテーブル席に着席しながら、彼と共にお茶を飲む。
なぜこうなってるのかって? その答えは実に簡単!
あの廊下での出来事のあと「じゃ、私はこの辺で」と、逃げようとした私を「助けてやった礼に付き合え」と、この目の前の王子様が私の首ねっこを捕まえてきやがったからです☆
今度は窒息して死ぬかと思ったぞ☆ この野郎☆
(プレイ中も思ったけど、この人、本当にシンデレラの前だとただの乱暴君子になっちゃうの、どうにかならないかなー。そっちこそ、王子って肩書きの意味をもう一度見直しなさいっての)
まぁ、イケメンに殺されるなら、ある意味本望なんですけどねー!
えへ、えへー! と心の中で、鼻の下の伸び切った声をあげていれば、「……本当に貴族にあるまじき女だな」と、愉快半分呆れ半分というような声音で、フロイド王子が首が横に振った。
あら、呆れられてしまいましたわ。まぁ、オレサマ系のそういう台詞は、基本的に「この俺に媚びないとは、面白い奴。お前、俺の女になれ」の意だって知ってるけど。
と――、
「もー! フーくんは、またそういう言い方してー! シーちゃんに失礼でしょー⁉」
「おぉうぶっ」
がしり、と突如首にかかる、確か重み。
しかし先刻のような苦しさはそこにはなく、優しくふんわりとした温みが、私の首元を覆うように回された。
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