第3話 イケメン同士の喧嘩は、ただの眼福スチル

 なんだなんだ、とそちらへ目を向ければ、そこにはやはり見慣れた顔。

 ちょっと幼い丸みのある愛嬌のある顔だちをした、カラメルカラーの髪と赤茶色の瞳をした小柄な少年が、私の首元に抱き着いていた。


「たとえ、シーちゃんがおしゃべりの最中に突然、鼻の下を伸ばしてデレデレし始めたり、急に変な声で笑いだしたり、いきなり身体をくねくねさせ始めたり、奇行が多すぎてちょっと理解のしづらいところがある女の子だろうが、シーちゃんが女の子である事は確かなんだよ⁉ そんな物言いしたら、シーちゃん傷ついちゃうじゃん!」

「あははは。ルイス王子の言葉が、今一番キてます」


 ルイス王子――ただしくは、グリム王国第2王子『ルイス・ウェルヘルム・ヤゴード』王子。


 よくて小学生卒業間近ぐらいの少年に見えるけど、実は今年で御年17歳。この学園一の秀才と言われる程の頭脳を持ち、世紀の大発見レベルの論文をもう何度も大きな学会で発表している経歴も持っている。いわゆる、合法ショ――……ごほん、天才少年キャラだ。


 けど、その性格は若干の天然が入っており、授業用に必要な教材を間違えて1学年上の物を取り揃えてしまったり、ペンと耳かきを間違えて筆箱にいれて持って来たりと、近年の天然キャラではまれに見ぬ、奇天烈な事案を起こしまくっている。

 そんな希少価値の高い純粋天然系キャラな具合故、ファンからは『天然記念物王子』とまであだ名がつけられていたりもする。


 まぁ、かくいう私も、サイズを間違えて購入したぶっかぶかの白衣を着たルイス王子が、得意科目の機械工科学を受けているスチルを見た時は、あまりのキュートさに鼻の中が爆発しかけましたが。いやー、あのスチルは凶器ですわ。合法ショ……、ごほん、天才天然少年バンザーイ。


「え、あ、あれ、僕またまちがったことしちゃった……? ご、ごごごご、ごめんね、シーちゃんっ! 別に僕、シーちゃんの事が嫌いなわけじゃなくって、そ、そりゃあシーちゃんのこと変人だなぁって思う時はあるけど、だからって嫌いじゃなくてね、」

「はいはい、ちゃんとわかってますよー」


 今、さらっとまた変人って言われたな? まぁ、口に出しては言わないけど。


 顔を青ざめて私の首から飛びずさるルイス王子を「どーどー、落ち着いて、どーどー」と宥める。

 そんな私を見て、「ハッ、馬鹿め。そりゃ人にじゃなく馬相手にやる宥め方だ」とフロイド王子が見下すように鼻で嗤ってくる。それぐらいは流石にわかってますー、ただの乙女ジョークですー。


 と、はぁ、という大きなため息が場にあがった。


「まったく」と再び新しい声があがる。

 男性にしては高めのテノール声が、呆れきったような声音で言葉を続けていく。


「ほんっとう、うちの男共はダメダメね。乙女心ってものがよくわかってないんだから」

「……ほぅ? 第3王子の分際で、第1、第2の俺達に物を申すつもりか、ジェイアール」

「ダメな男にダメって言って何が悪いのよ。第1、第2なんて所詮生まれの順番でしかないものに執着して、それを笠に着て威張るなんて、男以前に人として駄目な奴のやることね」


「そんな威張りっぷりが通じるのは、権力目当てのお貴族連中ぐらいよー」と、言いながら声の主――グリム王国第三王子『ジェイアール・ウェルヘルム・ヤゴード』が肩を竦める。さらりと、その肩に乗っていた彼の長い銀髪が肩から垂れ落ちていく。


 ジェイアール王子、御年16歳。グリム国1番の美しき王子様。


 その美しさは、天から与えられた才として崇められており、彼が生まれた時にはあまりの美しさの前に天から祝福の鐘の音が聞こえて来たとまで言われている程だ。実際、その端麗な顔だちは、女である私ですら羨み憧れを覚えるものがある。

 その上、彼自身も美への追及が素晴らしい。己への美の追求はもちろん、国内には彼がプロデュースしたファッション店や化粧品店などがいくつもある。己を美しく、他人をも美しく。常に理想の美を求め、一ミリだって怠らない。――いわゆる美人系オネェキャラだ。


 立場は第3と、この3人の中では1番低いけど、でも年が近い所為か、今のように物怖じる事無く言いたい事を言ったりもする。そんなんだからか、ゲーム本編内では、俺様王子の暴言や、天然爆弾王子のフォローをするのはいつも彼の役目。そのさまに、オカン王子、だなんてあだ名がついてる事は、言わなくとも簡単に察して貰える事だろう。


 私もプレイ中は何度もオカンと呼んだことか。おかげで、どれだけ良い雰囲気になっても、オカンとしてしか彼を見ることができなくなってしまったのは、ここだけの話である。


「ふんっ」とフロイド王子が鼻を鳴らす。

 そうして見下すようにジェイアール王子を見返すと「それこそ、それの何が悪い」と自分のティーカップに口をつけた。


「俺は己がもつもの全てを有効的に活用しているだけだ。あるものは使うべきだろう。笠を着ようにも、着れる笠もない奴にはわからない感覚かもしれないがな」

「……わかっちゃいたけど、ほんっと、昔からアンタとだけは反りがあわないのよねー。なんでしかしらねー」

「奇遇だな。俺も、貴様みたいな女言葉で喋る男なんぞとは気が合わないと思っていたところだ」

「ちょ、ちょっと二人共、ケンカはやめてよぉ」


「ケンカするなら、お茶会のあとにしないと、せっかくのお茶が台無しになっちゃうよ~」と火花を散らす第1、第3王子の間に割り込むルイス王子。

 うーん、確かにケンカはよくないけど、その止め方は色々とまちがってる気がするんだぞ☆


(それにしても、まさか大好きな乙女ゲームのイケメン達が騒いでる光景をこうして、生で感じて見られ日がくるなんて、予想もしてなかったなぁ)


 まぁ、騒いでるって言っても、全然甘い空気も仲良しな空気もない、めっちゃギスギス光景なんですけどねー。

 でもまぁ、このぐらいのケンカは共通ルート序盤でならありがちなことよ。キャラ同士の関係性を掴むために、序盤で全揃いしたキャラがわちゃわちゃ騒ぎたてるのは、乙女ゲーム界の日常です。


 いやー、眼福眼福。実にお茶が美味しく進みますわなー。おほほほほ。


 ……ちなみに一応言っておくど、皆はこの世界が『乙女ゲーム』の世界である事を知らない。


 そもそも私だって、前世の記憶が戻るまでは、ここがゲームの世界だなんて、そんな事一切合切知らずに育ってきたわけで。つまり裏を返せば、思い出しさえしなければ、一生気づかずに"この世界の私"として過ごしていた可能性があったわけである。

 ということは、私が「ここは乙女ゲームの世界なんです!」と声高々に言ったところで、誰も信じない可能性が高い。下手をすれば、父親も家も失くし、頭のイかれてしまった可哀想な女の子、と思われてしまうことだろう。


 ――え? 今もそう思われてるだろって? ヤダナー、ソンナコトナイヨー。気ノセイ気ノセイ。


 とにもかくにも、ならば下手に野暮な事は言わない方が賢明というものだ。

 大体、それを言ったところで何がどうなるというわけでもない。前世の私はとっくに死んでるわけで、今さら願ったところで向こうには帰れないわけだしね。


 ……まぁ、死ぬ間際に机の上に出しっぱなしにしてしまった、イベント用の同人原稿の所在が気にならないかと言われたら嘘になるけど。うぅ、処理するの、たぶんお父さんかお母さんだよね……。原稿見られた恥ずか死ねる……(もう死んでるけど)。


(それにまっ、どうせ皆と同じ世界を生きれるなら、皆と同じ立場で、同じようなものを見て生きたいし⁉)


 だって、この世界、私の大好きなゲームの世界なんですよ⁉ 大好きなゲームキャラが生でいるんですよ⁉ コスプレや二.五次元じゃないよ⁉ 本当に本物のご本人様様なんですよ⁉ 

 画面という越えられない壁すらも越えて、大好きなキャラ達と同じ時を刻み、同じ場所に立ち、同じ空気を吸ってるとか、は⁉ 前世云々とかもうどうでもいいわ! 過去を振り返ってる暇があるなら、今あるこの一瞬の時を共に過ごす方が大事よ! 


 彼らと同じものを見て感じる為にも、1人の住人として、慎ましくこの地で生きる! って決めるに決まってるでしょーが! ふんすふんす!


 ――と、いうわけで何も言わず、今に至るのです、まる。

 まぁ、実際言わないで何か不便があるってわけじゃないしねー。むしろ、さっきの王子の時みたいに、どこでどうすれば相手のフラグを建てたり折ったりできるかわかっている分、ある意味で私はこの世界ではやりたい放題な立場なわけですよ。


 ゲーム本編の内容はもちろんのこと、後に出たリメイク版の追記ルート、特別イベントの話だって、私の頭の中には保管されている。アニメ版やコミカライズ版、ノベライズ版の展開の対処だってどんとこいだ。設定資料集限定の特別付録ミニストーリーの予習だって完璧さ。見たか、これがガチファンの力だぜ。


 ま、一種のチートって奴ですなー。死ぬ辺りぐらいで流行りだしていたWeb小説とかいう奴で、よく聞いた単語だ。そういえば、乙女ゲームの世界への転生ものも流行ってるとかって聞いたような気がする。


 あら、私もしかして今、時代の最大ブームメントに乗れちゃってる感じ?

 ブイブイ言わせられる奴? あらやだ、凄すぎてどうしましょ。


 ……だが、そんな私でも、実は一つだけ、

 一つだけ、どーしてもどうにもできないことがある。

 それは――……。


「というか、フロイド。アンタ、シンデレラちゃんとお茶をしたくって、わざわざ彼女を探して学園内をうろついてたこと、ちゃんと言った? ただ首根っこ捕まえて引っ張って座らせるなんて、そんなガサツで強引でダサいことやってないでしょうね?」


 ジェイアール王子が腕を組みながら、ぎろりとフロイド王子を睨みつけた。瞬間、ぴくりと、フロイド王子が髪色と同じ色の片眉を動かす。その光景に「え」思わずと私の口からも、驚愕の声が飛びだす。


「うっそ。なにそれ。そんなの聞いてないんですけど、え、本当?」

「本当だよ、シーちゃん。昨日ね、すっごくいい茶葉が手に入ってねー。それで、シーちゃんも誘おうって事になったんだよー。フロイドったらもう、ずっとそわそわしててさ。僕ら以外の人を自らお茶会に誘うなんて初めてだから、どうやって誘うべきかって、ずっと部屋の中をうろついて、」

「ルイスッ!」


「余計な事を言うなっ」とフロイド王子が声を荒げる。瞬間「ひぇっ」とルイス王子が声をあげて、サッと私の方へ逃げるように寄ってくる。ふにゅんっ、と柔らかなルイス王子のほっぺたが私の二の腕にあたる。


 うへぇっ、素敵天才少年のもちもち肌に直に触れてるぅ~っ! 役得ぅ、異世界転生ばんざ~い感涙


 と、「チッ」とフロイド王子が舌打ちをした。

 そうしてふいっと、私から顔を逸らす。


「……別に、お前に訊きたい事があったから誘ったまでだ。断じて、いい茶葉が手に入って、お前に飲ませたくなったからではない。たまたまタイミングが被っただけだ」


 不機嫌そうにしかめられる横顔。しかし、それが本当に不愉快さから来ているわけではない事は、今の台詞から簡単に察せられる。

 それに、気恥ずかしそうに赤くなった耳が、王子の眩しい金髪の隙間から見えれば、長年このゲームのプレイヤーであった私でなくたって気づく事ができるだろう。


(はい、出ました! フロイド王子特有、俺様ツンデレ台詞~~~~~~!)


 ふぅ~~っ! もう、これだから不器用男なイケメンはよぉ~~~~~人間関係築くの下手過ぎかよ、は~~~~~っ、しゅきっ、と心の中で興奮の二文字が大旋風を巻き起こしていく。


(全く、普段は強引でガサツで、我第一王子ぞ? 第一王子だぞ? みたいな権力誇示な俺様王子なのに、なんだって"シンデレラ"の前では途端不器用になるかなぁ!)


 そもそも、フロイド王子の『俺様』というのは、彼生活環境に付属して生まれた性格のようなものなのだ。そのことは、彼の固有ルートにて明かされている。

 国王の跡継ぎとして育てられた彼は、幼い頃から命を狙われる事が多く、それ故に次第に心の底から人を信じられなくなる。信じられるのは自分のみ。そう幼心に決心してしまった彼は、それからずっと、他者に舐められないように力のある上の者としての振舞いを心がけるようになる。


 そうして出来てしまったのが『俺様』という属性なわけだが……、まさか『俺様』という属性一つにそんな重たい理由が存在するなんて、はたして誰が想像したというか。

 正直、一番彼のルートが涙した。多分どのルートよりも一番何回もプレイした。プレイするがなかったと言えば嘘になるが、でも、それを除いても彼のルートが私は一番好きだ。


 あなたが一番。あなたが優勝。あなたのおもしれー女にはなれないけど、誰よりもあなたの幸せを願っています……!


 と、そんなニヤけた思いが顔に出ていたらしい、ちらりと私の方に顔を向けた王子が、さらに苦々し気に顔を歪めた。そうして、それをまるで誤魔化すかのように、テーブルの上に置かれている自分のカップに手を伸ばすと、乱暴にぐいっと飲んだのだった。


 あらやだ、照れ隠しの仕方が王子にあるまじき、乱雑さ。でもそういうところも"シンデレラ"の前だけって思うと、可愛すぎてしんどい。あ~、砂糖だけじゃなく、語彙力まで溶けちゃいそで困る~。


 しかしまぁ、これ以上、フロイド王子を不機嫌にさせておくのもしのびない。私の腕にしがみついたまま怯えてるルイス王子や、一矢報えてニヤニヤと笑っているジェイアール王子には、彼をなだめるつもりはないようだし。ここは、ヒロインの私がどうにかしなくちゃならないようだ。


(……でも正直、こんな朝方からのお茶会に誘われるなんてイベント、原作にはなかったんだよなー)


 ま、それを言うなら、慎ましいお嬢様の筈のシンデレラが、怒りんぼババァな学園長のいびりから逃げる為に、窓をぶち破るなんて事自体、する筈がないんですけどねー! でへべろん!☆


(そういえば王子、私に訊きたい事があるって言っていたような……)


 もしかしたら、それがご機嫌復旧の糸口になるかもしれない。よし、と心の中で息込み、フロイド王子の方へ向き直る。


「それで、フロイド王子。王子が私に訊きたいことってなんですか?」


 フロイド王子が、ぴくりと、その片眉をまた動かした。かと思うと、手にしていたカップを置き、「あぁそうだったな」とテーブルの上で手を組見始める。

 なんか、やけにもったいぶった動作だなぁ。イケメンじゃなかったら、ウザく感じてたところだぞ? と心の中でこぼしつつ、首を傾げる。

「フロイド王子?」と私が再び、その名を呼んだ時、


「――お前、な?」


 ピシリと、私の鉄のハートに亀裂が走る音がした。

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